第11話 裃水留の小冒険
翌日、夏休みに入ってから、2回目の金曜日。
──の、午後4時。
「こんにちは、水留さん!」
「こんにちは、鼎ちゃん!」
今日は、昨日の帰りに話し合って決定した、鼎ちゃんとのお泊まり会だ。
もちろん、橋月君の家──の、鼎ちゃんの部屋で。
何にも起こらないのはもう予想できちゃってるけど、それでも少し期待しちゃう自分が、やっぱりいた。
──期待してたら、ジーパンなんて履いてこないかな、なんてことも思っちゃったり。
◆◆◆
鼎ちゃんの部屋にて。
「それで、小さい頃に見かけた子猫が可愛くて……捨て猫だったから、拾って帰りたかったんですけどね」
「小さい頃じゃあ、親の許可とかも今以上にいるし、難しいわよね。何歳くらいのときだったの?」
どんな動物が好きか、という話から、鼎ちゃんが小さい頃に見かけた捨て猫の話になったのだけど。
「えっと──小学生、って、あれ?」
「憶えてないの?」
「はい、その辺りの記憶が曖昧で……」
鼎ちゃん、本当に憶えていなさそう。
「仕方ないよ。小さい頃の記憶って、あやふやな所だらけだからね」
「そうですね。多分、もっと小さかったときのことでしょうね」
──通っていたっけ、と小さな声で聞こえたのは、さすがに私の気のせいだろう。
◆
「駅前のデパートのカレーライスが、一番美味しかったですね~」
「そうなのね。橋月君と行ったの?」
「そうですよ」
20分後、話題は変わり、『どの食べ物が好きか』という話をしていた。
──話せば話すほど、橋月君と鼎ちゃんの仲の良さが分かってしまう。
親戚、なんだよね……?
「仲いいのね、橋月君と」
「はい!」
……元気な返事。
橋月君のことを話す時の鼎ちゃんって、本当に嬉しそうにしているのよね。
──もう、聞いてもいい頃合いかな?
「ねえ、鼎ちゃん」
「なんですか?」
「鼎ちゃんって、橋月君のこと、好きだったりするの?」
「──!」
気づかれてしまった、と言わんばかりに、どんどん真っ赤になっていく頬。というか顔。
すんごく純粋な子なのよね、鼎ちゃんって。
「わ、私は、その……」
「いいのよ、隠さなくて。……見てたら分かっちゃうわよ」
「そう、なんですか?」
「耳まで真っ赤にしてれば、そりゃ分かるわよ」
『ええ!?』と言って、慌てて両耳を髪で隠す鼎ちゃん。
「悪いことじゃないんだから、堂々としてなくちゃ。橋月君、好きなんでしょ?」
「……はい、好き、です」
まだ頭の中の混乱が治まりきっていないのか、たどたどしい口調で話している。
「まだ伝えてはいないの?」
「はい……伝えてしまったら、普段の生活ができなくなっちゃうかも、と思って……」
「それは『断られたら』の話でしょ? 橋月君は断らないと思うけど……」
「断られなくても、問題になってしまうので……」
──親戚だから、ということかな?
「そういえば、なんとなく聞いてこなかったんだけど、鼎ちゃんと橋月君って、どんな親戚なの? はとこ、とか?」
「え、えっと……遠い親戚、です、はい」
「遠い親戚? はとこよりもっと遠いの?」
はとこくらいの間柄かと思っていたのだけど。
「わ、私もよく分かっていなくて。そうだ、そろそろ夕ご飯の準備をしませんか!?」
「え? ああ、もうこんな時間なのね。よし、美味しいものを作るわよ!」
「は、はい!」
なんて具合に、鼎ちゃんの誤魔化しに乗ってあげたけど。
──明らかに怪しい。
何か隠してる、そんな気がする。
気がするだけだから、これ以上は聞かないけど。
◆◆◆
夕ご飯には野菜炒めと肉じゃが、それとお味噌汁を作って、ずっと居間にいた橋月君も入れた3人で食べた。
食べ終えて、時刻は午後8時。
一番最初にお風呂に入っていいとの許可(というほど堅苦しいものでもないけど)をもらったので、2階の鼎ちゃんの部屋に置いてあるバッグから着替えを取り出して、1階の脱衣所へ。
「鼎ちゃん、恥ずかしがり屋なのかな?」
一緒にお風呂に入ろう、と誘ってみたのだけど、丁重に断られてしまいました。ぐすん。
まあでも、女同士でも裸は見せたくない、っていう考えの人もいるし、仕方ないか。
Tシャツを脱ぎつつ、つい2時間前の会話を思い出す。
「……鼎ちゃんと、橋月君、か」
結果だけ言えば、間違いなく、あの2人は付き合うだろう。
嫌、というわけではない。それこそが、あの2人にとっては最良なんだろうな、と分かっている。
分かっている、のだけど。
『こんなに簡単に、別の人を好きになっちゃっていいのかな』
「そうよ、こんなに簡単に、違う人のことを好きになるなんて……ん?」
私、今、誰と話していた?
──私の心の声?
いやいやまさか、そんなことあるはずが──。
『じゃあ、空耳?』
「そうね、きっと空耳──って、え?」
一瞬だけど、少しだけ開いている両開きの鏡の、左側の鏡に映る私の口が、勝手に動いていたような。
き、気のせいよね、うん。
『ふふふ、気のせいじゃないんだな、これが』
「──っ!?」
『あはは、驚いてる、驚いてる! いいねいいね、その反応!』
驚きすぎて、声が出ない。
た、助けを、助けを呼ばないと──!
『あ、自己紹介がまだだったね。私は裃水留、よろしくね、現世の私!』
「あ、ど、どうも……うつしよ?」
『そう、現世。私は鏡の中の世界の住人だから、現世の私とは違う存在だからね』
「えっと……」
何が何やら。
他の誰かじゃなくて、私の姿だから、なのかな、少しだけ安心した。
とりあえず、この状況は夢の中の話じゃない、ということだけ確認して、話しかけてみる。
「えっと……いつも鏡に映っていたのは、あなただったの?」
『面白い質問ね! えっとね、私じゃないよ。その証拠に、真ん中の鏡の私は話していないでしょ?』
「あ、ホントだ……」
真ん中の、一番大きな鏡に映る私には、なんの異変も起きていなかった。
確認して、左側の鏡を見て、気付く。
──ひとりでに話しだした私が映っているのは、鏡に映る鏡の中、つまり──。
『2番めの鏡の中に、私の姿があるでしょ?』
「……本当に、鏡の中の住人なのね、あなた」
『信じてもらえたみたいだね。……さてと、本題に移ろうか』
2番めの鏡の中の私が、私に問いかける。
『橋月君のこと、もうそんなに好きじゃないんでしょ?』
「……なんで分かるのよ」
『分かるわよ、現世の私の態度を見ていたら、ね』
──そんなに態度に出ていたのだろうか。
というか、どこから見られていたの!?
『気づかなくても無理はないよ。私たち鏡の中の住人は、現世の自分が映っている鏡なら、どこでも出没することができるからね』
「な、なるほど」
──プライバシー皆無ですか、そうですか。
『で、今は別の人のことが気になってる』
「……そうだけど、悪い?」
つい、口調が強くなる。
──悪いことだって、自分が一番分かってるのに。
『うーん、私は別に、悪いことだとは思わないけどなぁ』
「──え?」
同意されるものだとばかり思っていたから、少し面食らってしまった。
「いやいや、簡単に別の人を好きになるなんて、悪いことで──」
『少し、思い違いをしてるよ』
「思い違い?」
一体、どこを──。
『現世の私は、橋月君のことを『世界で一番』好きだったの?』
「せ、世界で一番かと聞かれると……」
『答えにくいでしょ?』
そこだよ、と鏡の中の私は告げる。
『世界で一番好きな人なんて、見つけようがないんだよ。実際に世界中の人『全員に』会わなければいけないんだからね。もちろん、そんなことは現実には不可能よね?』
──ここで『思い違いをしているのよ』──。
子供に諭すように、鏡の中の私は微笑みながら、そう言った。
『一番好きだと思っていた人は、あくまで『今まで出会ってきた人の中で』一番好きな人なだけなのよ。だから、何かのきっかけで別の人のことを好きになっても、全く問題ないの。『悪いこと』じゃないわ』
「そ、そう……かなぁ」
『まだ納得いかないみたいね』
そりゃあ、まあ。
今まで本気で好きだったんだから、それが本気じゃなかったなんて事実、認めたくない、というか。
『本気じゃなかった、なんて誰も言ってないでしょ。──現世の私、よく聞いて』
「う、うん」
鏡の中の私の声のトーンが、いくらか低くなる。
『あなたが今、『一番』好きな人はだれ?』
「──っ!」
『それが答えよ。だから──その人のために、頑張るのよ、現世の私』
「……うん!」
力強く頷く。
橋月君のことを好きだった私は、確かにいた。
でもそれは──過去のこと。
今の、私は。
『言って。あなたの一番好きな人は、だれ?』
「私の、一番好きな人は──」
◆◆◆
お風呂上がり。
「……まだいたのね」
『私自身と話せる機会なんて、そう無いからね』
脱衣所にて。
鏡の中の私はいなくなったものだと思いこんでいたので、ほんの少しだけ驚いた。
「お風呂に入ってる間に、決めたことがあるの」
服を着ながら、鏡の中の私と話す。
『うんうん、聞かせてよ』
すべてお見通しだと言わんばかりの目で──実際そうなんだろうけど──私に訊いてくる。
「橋月君と鼎ちゃんのこと、応援するわ」
『お、いいねぇ。……応援するまでもないと思うけどね』
「別に、何か行動するわけじゃないし、それでもいいわよ」
裏で手を回すようなこと、私にできるわけがないし。
「……ありがとね、あなたと話せて、悩みが一気に消えたわ」
『それはどうも。さて、そろそろ出ないと橋月君たちに不審に思われるわよ』
「そうね、それじゃ、また会いましょう」
『うんうん、またね~』
そう言うと、鏡の中の私は──鏡に映る私になった。
なんとなく近づいてみたけど、もう勝手に話し出したりはしなかった。
「──よし!」
脱衣所の扉を開け、廊下へ出る。
(大丈夫、きっと大丈夫よ)
鏡の中の私と話したことを思い出しながら、確信する。
もう私は、こんなことでは悩まない。
私は、あの人が好きだから。
◆◆◆
『映し鏡と現世の!』
第11話 『裃水留の小冒険』
◆◆◆




