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映し鏡と現世の!  作者: イノタックス


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10/18

第10話 新庄と、橋月の。

俺が(なぜか)橋月の家で留守番をした翌日、8月の第一木曜日。

昨日のお礼をしたいと滝宮ちゃんが言ってくれたらしく、俺は昼食に呼ばれ、橋月宅に来ていた。

時刻は正午過ぎ。クーラーの効いている居間で、俺はのんびりと休んでいた。

扉を挟んだ台所では、橋月と滝宮ちゃんが昼食を作ってくれている。


「私まで呼んでもらって、なんか申し訳ないような……」


居間のテーブルの一角には、裃さんが座っていた。

青色の生地に灰色で模様が入っているTシャツと、下はジーンズ、という服装。

裃さん、普段はズボン──女子はパンツというんだっけ──を穿くのが多いらしい。


「滝宮ちゃんも会いたがってたんだし、気にしなくていいと思うぜ」

「それは分かってるんだけどね……なんかさ、気にしちゃうのよ」

「橋月と滝宮ちゃんのこと、でしょ?」

「……まぁ」


目を逸らしながらも、肯定する裃さん。

最初から分かっていたこととはいえ、少しばかり悲しく──っと、なんでもない。


「橋月、気付いてる様子無いもんねぇ」


夏休み一日前から──期間にすると十数日間。

ほとんどアプローチしていなかった裃さんにも原因があるとはいえ、最初の段階で気づかない橋月にもそれ相応の原因はあると思う。思いたい。


「ねえ、新庄君」

「なに?」

「前から気になってたけど、橋月君と仲良いよね、新庄君って」

「ま、かなり仲良い方だとは思うよ」


経緯が経緯なだけはある、というか。


「経緯? そう言えば、新庄君と橋月君ってどうやって知り合ったの?」

「うーん……聞いて面白いことではないからなぁ」

「教えてもらえない……?」


ナチュラルな上目遣い、卑怯だと思います。はい。


「誰かに話すようなことじゃないんだけどな……」

「そこをなんとか! お願い!」

「……約束してくれ」

「へ?」


裃さん、何のことか分からないといったご様子。


「これから話す内容は、絶対に橋月には言わないでくれ。あいつが忘れたことも、話すことになるからな」

「う、うん!」


力強くうなずく裃さん。

隠すようなことでもないし、話してみますか。


◆◆◆


あいつを見るたびに、不思議だな、と思ったことを憶えている。

一人きりだったのに、俺とは違い、生き方を模索していた。

まるで、物語の主人公のような行動力で。

まるで、『日陰も楽しいものだ』と言わんばかりの心持で。


◆◆◆


『今日の算数、難しかったー』

『明日休みだし、どっか行かない?』

『行く行くー! どこにしよっかー?』


近くの席の女子二人が、そんな話をしていた。

おれは、女子の会話を聞くのが苦手だ。

そいつらのことがきらいだから、なんて理由じゃないけど。


『ねぇ、男子誘う?』

『誘っちゃう? 誘っちゃう!?』

『誘っちゃおー! ねーねー、明日空いてる?』


そう言って、女子が誘ったのは近くのおれじゃなく、おれから2つはなれた席に座っている、女子の間で人気の男子とその友達。

分かってはいた。だけど、やっぱり少し悲しい──っと、なんでもない。


『やった、空いてるって!』

『決まりだね! ボウリングでも行く?』

『行こう行こう!』


そう言って、女子2人、男子2人のグループは、ランドセルを背負って教室を出ていった。

教室に残っているのは、おれだけ。


「外、暗いなぁ」


時刻は午後5時。金曜日だからいつもより遅いけど、授業はとっくに終わっている。

それでも、今の今まで帰らなかったのは、ちょっとした理由があって。


「じゃまは、できないもんなぁ」


今日は、お父さんとお母さんの結婚記念日なのだ。

お昼にデートする予定だと聞いていたから、前もって『友達と遊んでくるから、お父さんとお母さんもゆっくり遊んできてよ』と言っておいた。

もちろん、真っ赤なうそだけど。


「……」


もしかしたら、今日突然友達ができて、遊びに誘われるかもしれない、そう思ったけど、そんなことはなかった。

当たり前だ。小学2年の時にできた友達は全員ちがうクラスになっちゃったし、おれは自分から話しかけられるタイプじゃないから、友達はほとんど──ううん、ゼロだ。

嫌われているわけじゃない、おれが誰かの『1番』になれなかった。それだけのことだ。


「……帰ろう」


ランドセルを背負って、おれも教室を後にする。


◆◆◆


春だけど、この時間になるとさすがに暗い。

ちょっとこわいから、いつも通る道じゃなくて、街灯がちゃんとついている道で帰ることにした。

少しだけ遠回りだけど、安全第一だ。


「……あれ?」


街灯の下に、うずくまっている人がいる!

黒いランドセルを背負っているから、たぶんおれが通っている小学校の男子児童だ。

駆けだして、数メートル先のその児童の元へ行く。


「ねえ、どうかしたの?」

「──っ!?」


声にならない悲鳴を上げて、児童は俺から数歩遠ざかった。

やばい、かなりおどろかせちゃったかな。


「ごめん、おどろかせるつもりはなかったんだ。……って、あれ?」

「……」


なんか、どこかで見たことあるような──って、あ!

目の前の男子、おれと一緒のクラスの──えっと、なんていったっけ。


「新庄くん、だよね」

「あ、うん。……あ、その声、たしか……橋月、だっけ?」

「──あ、そ、そうだよ」

「……?」


なんか、名前を呼ばれただけでまたおどろいている。

どうかしたのかな……って、当たり前じゃん!


「ご、ごめん、呼び捨てで呼んじゃって」

「……へ?」


同じクラスの人とはいえ、まったく話したことのない人なんだから、呼び捨てじゃ失礼だよな。

おれなんかに名前を呼ばれるのも、いやだろうし。


「えっと、さっきおどろいたのは、呼び捨てで呼ばれたから、じゃないよ」

「え……そうなのか?」

「うん。──僕の名前を憶えている人がいるなんて、思わなかったから」

「……?」


同じクラスの児童なんだし、憶えていても不思議じゃないと思うんだけど。


「って、あれ、その子猫は──」

「ここに捨てられてたんだ」


街灯の下で、段ボールに入って、悲しげな声で鳴く子猫。

確かに、捨てられたみたいだ。


「飼ってあげたいけど、僕の家は厳しいから……」

「それで悩んでたのか。うーん、おれの家も、たぶん飼えないだろうし……」

「たぶん?」

「うん」


拾って帰りたいけど、結構大きな問題がある。


「ついこの間、飼ってた犬が死んじゃったんだ。だから、すぐには飼えないと思って」

「……そういうことなら、仕方ないかなぁ」


そう言うと、児童──橋月は立ち上がって、子猫に声をかけた。


「ごめんね、飼えなくて。きっといい飼い主が見つけてくれるから、心配しないでね」


──不思議なやつだ。

さげすむ意味じゃなくて、尊敬の意味で、そう思った。


「じゃ、帰ろっか、新庄君」

「──え、あ、ああ、うん」

「……? どうかしたの?」

「い、いや、なんでもないよ」


クラスで孤立気味だったおれなんかに『帰ろう』と言ってくれた橋月が、まぶしかった。

それと同時に。


──どこかうつろな目をした橋月が、気になった。


◆◆◆


翌日。

橋月──クラスメートと話せた昨日のことで、おれは少し浮かれていた。

『孤立した存在じゃない』──そう思うだけで、ここまで楽しいとは思わなかった。


「あ、橋月!」


登校中の橋月を偶然見つけ、声をかける。


「ああ、新庄。おはよう」

「──え、ああ、おはよう橋月」


呼び捨てで呼ばれたから少し戸惑ったけど、きっと橋月なりに近づこうとしてくれてるってことだろう。

おれも呼び捨てだし、構わない。


「あ、そうだ! 昨日の子猫、今朝見たらいなくなってたよ。誰かが拾ってくれたのかな」

「……子猫?」


──まるで、昨日の子猫のことを憶えていないような態度と返事。


「ほら、昨日捨てられてた子猫だよ。……憶えてないのか?」

「……ごめん、忘れちゃった」

「そ……っか。それなら仕方ないな」


本気で忘れているみたい。

とぼけているわけじゃないみたいだし……でも、昨日のことをもう忘れているなんて、おかしい。

『おれのことは憶えているのに』。


──何か、特別な事情があるのかな。


「あれ、なんで新庄のこと、知ってるんだっけ……」

「く、クラスメートだからだろ! そんなことより、早くいかないと遅刻しちゃうぜ?」

「そう……だね、うん、行こっか」


なんとなくごまかしながら、おれと橋月は学校へと向かった。


◆◆◆


「……はぁ」


やっと学校が終わった。

結局、いつも通りの学校生活だった。

誰にも声をかけられないまま、授業を受けて、休み時間を過ごして、放課後。


「橋月、どうしたんだろ……」


登校中にはちゃんと話せていたのに、学校ではまったく話せなかった。

話しかけなかったおれが悪いのかな、やっぱり。


「新庄君、どうかしたの?」

「うわっ!? ……って、橋月か」


急に声をかけられたから、少し驚いた。

──新庄『君』?


「本当にどうかしたの、新庄君?」

「い、いや、なんでも……ない」


やっぱり、君付け。

今朝は呼び捨てだったのに……少し悔しい。


「ほら、暗くならないうちに帰ろうよ」

「あ、ああ。……なあ、橋月」

「なに?」


真っ直ぐに俺の目を見る橋月。

うーん、口調も少し違う気がするんだけど……やっぱり気のせいなのかな。


「……いや、なんでもない。さて、帰るか」

「うん!」


橋月と二人で、帰り道を行く。


◆◆◆


橋月とちゃんと話した日から、数日が経過した。

その数日で、おかしな点を二つ見つけてしまった。


一つは、『朝の橋月は、おれのことを必ず呼び捨てにする』ということ。

昼間と放課後──夕方は、『君付け』なのに、だ。

もう一つは、『朝以外の時間帯は、捨てられていた子猫のことを憶えている』ということ。

朝は間違いなく忘れているのに、夕方にそのことを話すと『いい飼い主に拾われたのかな』なんて言うのだ。


橋月はやっぱり何か複雑な事情を抱えている、そう確信したおれは、橋月が朝出てきた家──橋月の家へ来た。

今は、橋月の家のチャイムを鳴らして、誰か出てくるのを待っている最中。──なのだけど。


「だれも出てこないな……」


辺りは暗いから、家の明かりは確認できる。

なのに、誰も出てこない──ん?


「なんだこれ……?」


玄関の床に、何か液体のようなものがこぼれていた。

暗いからよくわからないけど、赤みがかった色の液体。

玄関前のライトが当たる位置にも、赤い液体が落ちている。


「──って、これ……!?」


血、だよな、明らかに。

ほんの少しだけど、鉄の匂いがする。


「ま、まずいんじゃ……橋月は!」


あいつは、無事なのか!?

で、でも、おれ一人がどうにかできることじゃないだろうし……。


「……そうだ!」


帰って、電話で担任の先生に連絡しよう。

先生なら、どうにかできるかも。

そうと決まれば、急いで帰らなくちゃ。


◆◆◆


『なんだと!? ……本当なのかい?』

「はい、間違いなく血でした」


家に帰り、橋月の家の玄関に血が落ちていたことを、電話で担任の先生に伝える。


『分かった、すぐに警察に連絡しよう』

「け、警察──ですか?」


そこまで大ごとにしなくても、と思う気持ちもあるのだけど。


『橋月君の身体に、いくつかあざがあるのを学校側で確認しているから、虐待の可能性もある。念には念を入れて、ってことだよ』

「わ、分かりました。お願いします」


虐待──いや、まさかそんな。

でもあいつ、自分の家に帰るのをすごく嫌そうにしていた。


──おれも向かおう。


◆◆◆


「もう少しで、橋月の家に──っ!?」


自転車で橋月の家へ向かっている最中、というか着く直前。

──銃声が、一発。


「ま、まずい──!」


橋月の身に何か起きたんじゃないか──頭によぎったその考えを必死にかき消して、ペダルをこぐ。

待ってろ、橋月。



「大丈夫かい、宴君、宴君!」


大人の、橋月に呼びかける声が聞こえる。

自転車を橋月の家の庭に放り出して、玄関へ──って、人が倒れてる!

──そんなことより、橋月だ。


「おい、橋月!」

「──! き、君は?」


橋月に呼びかけていたのは、警察官だった。


「先生に連絡した児童です。……橋月は、どうしたんですか」



警察官からの話だと、父親が自殺する瞬間を直視してしまって、魂が抜けてしまったかのようにずっと呆然としているらしい。


「大丈夫か、おい、おい!」


警察官は、救急車と他の警察官を呼びに行った。


「おい、橋月、橋月!!」


必死に呼びかけても、返事はない。

でも、息はしてる。生きてはいる。

だから、おれは呼びかける。


「橋月、頼む、返事をしてくれ……」


どんな言葉をかけても、橋月の目はうつろなまま。


「……橋、月」


結局。

橋月は、救急車に乗せられて病院へと行ってしまった。


◆◆◆


退院した橋月は、おれが呼びかけていたことを憶えてはいなかった。

父親が自殺する瞬間を見て、気絶してしまった、という風な記憶を持ったらしい。

俺は、それに対して、特に何も言わなかった。

言ってしまったら、橋月が混乱してしまうかもしれない。

そう思ったからだ。


余談になるが、現在、つまり高校2年になった橋月は、すっかり子猫のことを忘れていた。

というか、あの直後にはもう、忘れていたようだ。

あの一件以来、俺のことは呼び捨てで呼ぶようになったし、『朝の橋月』が前面に出ている感じだ。

どんな事情があったのか、俺にはもう分からない。


結局のところ、あいつは『抜け出せた』のだろうか。

あの日から、ずっとそのことばかりを考えている。

抜け出せたはずなのだ。──しかし、あいつはあの一件をはっきりと憶えてはいない。

そんな思考のループを抱えていた俺は、鏡の中の俺によって、その答えを知ることとなる。


答えは──『否』。

尤も、『救われたか』と問われれば、答えは違うのだろうけど。


──救われていたなら、嬉しいなぁ。


◆◆◆


「ほら、聞いて面白い話じゃないだろ?」


15分間ほどだけど、ずっと話していたから口が疲れた。

さて、こんな話を聞いて、裃さんはどんな反応を──。


「……ひぐっ、ひっ、ひぐっ」

「──へ?」


な、泣いてるんですけどぉ!?

どどど、どうしたらいいんだこれ。


「ご、ごめん、こんな話を聞かせちゃって……」

「違う、違うの……」


自信を落ち着かせ、ゆっくりと話し始める裃さん。


「そんな過去があったなんて、全く考えずに訊いちゃったから、申し訳ないな、って気持ちと、重い過去を背負ってるのに、そのことを全然外に出さないで過ごしてる橋月君と新庄君が、すごいな、って……」

「重い過去を持ってるのは、橋月だけだと思うけど……」


俺は結局、『救おうとした』だけだ。

救えたか救えなかったかは分からないけど、それだけは確かだ。


「……すごいね、新庄君も」

「すごい……って、どこが?」


何もできなかった俺の、どこがすごいと言うのだ。


「他人を救おうと一生懸命になれるところ。……本当に、すごいよ」

「そ、そう……かい」


ま、褒められるのも悪くないし、素直に褒められときますか。

そんなことを話していると、居間の扉が開いて、美味しそうな匂いが漂ってきた。


「おまたせしました、オムライスと唐揚げです!」

「うおっ!? 想像していたのよりももっと豪華だった!」

「えへへ……新庄君と裃さんには色々とお世話になっているので、少しでもお返しができれば、と思いまして」


冷凍ではなく、油で揚げた唐揚げのようだ。


「二人で作ったのか?」

「ああ、そうだぜ。俺も少しは料理できるからな」

「これで少し──? まあいいや。早く食べようぜ!」

「ああ、そうだな。それじゃあ……」


全員で手を合わせて、せーので一斉に。


『いただきまーす!』


◆◆◆


こんなに楽しいんだ。

こんな笑顔で、過ごしているんだ。


──きっと、救われているはずだ。


◆◆◆


『映し鏡と現世の!』

 第10話 『新庄と、橋月の。』


◆◆◆

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