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8 バケモノ

 

 

 

「だから、お前を生かしているんじゃないか……まあ、見ていろ」


 クロスの言葉の意味を呑み込めずに、ダークエルフは紅い眼を瞬かせていた。


「【来い。大人しくしろよ?】」


 言葉に服従の魔力をかけて従わせる。ダークエルフは素直に立ち上がってクロスを睨んだ。


「そのようなことをせずとも、野蛮な人族とは違って儂は見境なく襲わぬ」


 そう吐き捨てる。

 リリィシアが杖で床を叩いた。すると、純白のドレスに杖を抱えた装備から一変して、武装姿となる。これが聖騎士(クルセイダー)としての彼女の装備だ。長い杖の代わりに、光魔法の刻まれた長剣が光った。


「大丈夫だ、こいつは反抗しない」

「ただの牽制ですわ」


 クロスはダークエルフを伴って、部屋を出た。

 数日前まで、王城の廊下はどこも兵士の死体で埋め尽くされ、返り血で濡れていた。だが、今は綺麗に片づけられている。


「ごしゅじんさまっ!」


 回廊を磨いていた奴隷の一人が顔をあげて笑顔を作った。

 鶏ガラみたいに痩せた少女の奴隷だ。見た目だけなら、ダークエルフと同じくらいだ。そういえば、隣の檻にいたか。

 何人かの奴隷には肉まん売りではなく、城の清掃を任せている。死体処理を嫌がって怖がる者には無理強いせず、地下牢で大人しく(・・・・)してもらっている。


「床みがきが終わりましたっ。次はどうすればいいですか?」


 この子供の奴隷はよく働く。彼女に限った話ではない。自由にしても良いと言ったにも関わらず、彼らのほとんどはクロスに黙って従っている。


 奴隷の大半は、生まれながらにして奴隷だ。

 今更、自分で生きようとは思えないのだ。自由が与えられていても、それを謳歌する術を知らない。彼らにとって、理解ある主と好条件の職場が与えられることが一番楽な道なのだ。


 自分で生きていく力はない。


 結局、他人に世話をしてもらうのを待っているようなものである。そして、それに気がついていない。

 気がつかなければ、自由民になったところで一緒である。

 逃げたいときに逃げても良いと宣言し、肉まん売りと清掃くらいしか命じないクロスは、主として好条件だろう。まあ、死体処理だが。


「与えた仕事が終われば、さがってもいい」


 そう言うと、奴隷の少女は困ったような顔をした。指示がなければ動けないのだ。

 クロスは大して気にせず、ダークエルフとリリィシアを伴って、城のバルコニーへ出た。奴隷の少女もどうすればいいのかわからず、後ろの方で立っている。


「なにをしようと言うのだ」

「まあ、黙って見ていろよ」


 ダークエルフが首を傾げた。

 バルコニーから見えるのは王都の風景だ。

 城の庭に植えられた木々の向こうに広がるのは、三十万人が住むと言われる都。堅固な城壁に囲まれており、その中に様々な人々が生活している。

 人口が密集した結果なのか、上へと積み上げられるように重なった建物が目立つ。その間から、神殿が所有する塔がニョキリと顔を見せていた。


「【魔道具(アイテム)召喚 冥鏡オシリス】」


 魔道具召喚を詠唱すると、右手に魔法陣が展開される。現れた漆黒の鏡を掴んで、クロスは微笑した。

 黒い鏡にはなにも映っていない。だが、そこに手を触れた瞬間、闇が揺らめくように色彩が変わった。


「【我、刻みしは屍者の呪縛 発動せよ 死揮者の狂奏(ダークホール)】」


 魔力の流れを察知して、ダークエルフが目を見開いた。そして、彼女は街に向けて目を凝らす。


「ダークエルフの目なら、見えるのでしょう? クロス様が撒いた魔法の成果ですわ」


 リリィシアが陶酔した様子で言い、クロスの腕に自分の腕を絡めた。クロスは煩わしく思って払い除けるが、彼女は気にしない様子で肩にもたれかかってくる。ちょっとばかり鬱陶しい。


「なん……だと……? おい、貴様。それが同胞にする仕打ちか!」


 ダークエルフはバルコニーに身を乗り出して街を指差す。彼女はクロスを振り返り、憎々しげに睨んだ。


「貴様らが奴隷どもに売らせた妙なパンは……魔法陣の種か」

「そうだ。パンじゃなくて、肉まんだけど」


 ダークエルフの言葉を肯定して、クロスは鏡を覗き込む。


「あのパンを食した人間は――」

「はい。食べれば、その者は第四階級の中級アンデッド喰種(グール)になりますわ。噛みつかれた者は配下となり、下級のアンデッド化します。早急に王都を掌握して、且つ、使い勝手の良い手駒を増やす必要がありました。いつまでも城に引き籠っているわけにも参りませんので」


 リリィシアがダークエルフの前に顔を寄せる。なんの感情の揺れもない菫色の瞳を見て、ダークエルフの方が気圧されていた。


 いろいろ実験した結果、下級のアンデッドは死者から作っても充分だった。

 しかし、中級以上のアンデッドは生者から作った方が良いという結論に至った。上級アンデッドは魔力の消費も激しく、時間もかかるため、量産が難しい。それに、素材となる人間に魔力も必要だった。


 とはいえ、下級のアンデッドたちを統括する第六階級の死霊(リッチ)程度は造っておく必要があるだろう。そのうち作ろうと思っている。


「最初はどうなることかと思いましたが、短時間でここまでの魔法を完成させるなんて。発想も素晴らしい。やはり、クロス様はわたくしが求めていた理想のお方です」


 リリィシアの歓喜に反して、ダークエルフの表情が歪む。


「正気ではない。人族は同胞で殺し合う生き物だが……これは……」


 魔族と呼ばれるダークエルフにも、理解し難いと言いたげだ。


「あ……あ、ぁッ!」


 程近いところで呻き声が上がる。奴隷の少女が痛みで泣きながら身体を押さえていた。


「ああ、食べてしまわれたのですね。つまみ食いなんて、悪い子」


 少女の身体中に模様のような魔法陣が刻まれていく。漆黒の魔力が彼女を包み、蝕んでいった。


「い、や……たすけて。たすけて、ごしゅじんさま」


 少女の頬に涙がこぼれた。

 こんな姿を見ても、クロスはなんの感情も動かない。それが不思議でありながらも、自然な気がしていた。


「残念だったな。せめて、自分で選びとっていれば、少しは違ったかもしれないのに」


 解放されたとき、クロスに依存せず、自分で生きていく道を選んでいれば、このような結果にはならなかったかもしれない。

 もっとも、奴隷が逃げたところで金がなければ生きていけない。その前に、アンデッドの巣になった王都で生きていくのは、物理的に難しいだろう。


「たすけて、よ……い、いたい……いたい! こんなの、こん、なの……」


 少女の身体から徐々に水分が抜けていき、干乾びた容姿に変わっていく。骨格が変わり、前のめりに。手が前足のように垂れ下がる。


「悪魔……バケモノ……!」


 最期に意識を手放す前、少女はクロスをそう罵った。

 自分の姿の方が、よほどバケモノであるというのに。


 ――来るな、バケモノ!

 ――今のうちに殺せ! あんな力を野放しにしたら、いつ反抗されるかわかったもんじゃない!


 今でも消えずに、クロスの内に刻まれ続ける記憶と重なる。


 魔王を倒した途端に掌を返した世界。

 持ちすぎた力を異常に警戒され、神殿から追われた。人間の王国はこぞってクロスたちに懸賞金をかけ、他の冒険者に狩りを命じた。

 村に行けば石を投げて追い返された。勇者の一行を庇った者も一緒に弾圧され、見せしめのように殺されていった。


 クロスはこの世界に召喚され、望み通りに魔王を倒した。

 だが、ゲームのようにハッピーエンドでは終わらなかった。


「俺をバケモノにしたのは、お前たちだよ」


 綺麗に終わるのは物語の中だけ。

 その続きなど、ないほうがいい。

 ページの外側に、優しい世界など存在しないのだから。

 

 

 

 スタイリッシュ飯テロ。

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