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63 精霊隷属

 

 

 

 その魔王は言った。


「待ち侘びたぞ、勇者よ」


 と。


 特に意味も考えず、クロスは魔王の言葉を聞いていた。


「神託による我が役割は、此処で遂行されよう」


 青年の姿をしたダークエルフだった。魔王と言うからには、もっと大きくて刺々しくて派手な衣装でも纏っているのかと思えば、存外普通。

 簡素なローブを纏い、一振りの黒剣を持っている程度だ。褐色の肌や真紅の瞳と言うダークエルフの特徴さえなければ、冒険者と言われても信じそうだった。


 まあ、そんなことは、どうだっていい。

 魔力の波長から魔王であることは間違いなかった。これを倒すために、クロスはこの世界に召喚されて、四年も旅を続けてきたのである。


「【其は地へ 地から空へ 疾風(かぜ)よ、舞いあがれ 神鳥の飛翔(ブレイブバード)】」


 風魔法で先制攻撃を撃ち込んだ。

 空気の塊が大きな鳥の形を成し、大気を裂く。


「【魔道具(アイテム)召喚 雷槍ゲイボルグ】」


 作った隙で自分が一番得意な得物を召喚した。クロスは爆風に合わせて跳躍し、長槍の矛先を魔王に向ける。


「【我が眷属たる精霊たちよ 我が声に集い 我が声に従え――】」


「汝も、――」


 大きな黒い触手のようなものが、クロスの風魔法を払い除けた。

 闇魔法の一種だろう。一瞬で視界を遮るものがなくなり、辺りも無風となった。


 目が合った魔王の唇が動いた気がした。


「汝も、きっと抗えまい」


 そう言ったように見えたが、なにも言っていないようにも見えた。


「世界は」


 唇の動きを最後まで見る前に、クロスは槍に魔力を込めた。


「【神々の鉄槌(クロスサンダー)】」


 なにもかもを粉砕し、消し飛ばす第七階級の魔法。

 勿論、その一撃で魔王との決着がつくはずもない。だが、魔王の言葉を聞いたのは最後だったように思う。

 仲間から魔力供給のバックアップを受けながら、ギリギリの死闘。この世界に来て、魔法のレベルはカンスト状態まで極めていたつもりだったが、魔王の力は想像以上に強かった。

 火山の魔力を操るだけあり、他の魔族などとは比べ物にならない無尽蔵の力を有していたのだ。


 戦いが終わるころには、辺りはほとんど更地。いや、クレーターのようになっていた。恐らく、山半分程度は消し飛んだだろう。被害が少なくて済んだのは、この地に張られていた結界のお陰だったようだ。


 魔王との接触は、それだけだ。

 死闘ではあったが、呆気ない。


 あまりに呆気なくて。

 虚無感さえあった。


 その虚無感は、クロスが勇者であった四年間を嘲笑うように。

 そして、嘲笑うように世界はクロスを裏切って。

 嘲笑うように、怒りのぶつけようがない場所へと再び召喚された。


 それは、あまりに呆気なくて、あまりに滑稽で。


 ――世界は。


「今更」


 今更になって、あのときの魔王の言葉が気になったのは、再び火山を訪れようとしているからだろうか?


「これより先は、我らが聖域」


 少しぼんやりしていたようだ。

 デュラハンの言葉に、クロスは意識を目の前に向けた。


「久しぶりだな」


 火山へ続く森の奥。

 そこに現れたのは、石の門であった。

 いや、門と形容するにはあまりに粗末。崩れかけた石の柱が二本立っているだけだ。遺跡の跡のようにも見えるが、ただの石だと言われれば納得してしまう。

 そのような代物。


「ここが火山への入り口なのですか?」


 リリィシアの問いに、デュラハンが沈黙で返した。

 聖域と呼ぶ割りには廃れた印象を受けるからだろう。


「前と、あんま変わらないな」


 別に魔族の衰退によって、このような門になったわけではない。クロスが訪れた百年前と、あまり変わっていない。


「これは閉門の姿だからな」


 アスワドが前に出て、門に触れた。

 消えかけているように見えるが、石の柱には薄っすらと魔法陣の模様が描かれている。アスワドが目を閉じ、呪文を詠唱すると、ほんのりと明るい光が灯った。

 魔法陣が光を放ち、呼応するように石柱が輝く。

 魔族の魔力にしか反応しない特殊な結界だ。クロスやリリィシアでは、門を開くことが出来ない。


「ねえ、ご主人様ぁ~?」


 今まで大人しくしていたイスファナが、クロスの腕に絡みついてきた。露出した胸部を押しつけるようにして、上目遣いをする。

 門を開いてしまえば、アスワドとデュラハンは用済み。狩る許可を得ようとしているのだ。

 人間を殺すのが好き、という設定をしたつもりだったが、人型であれば守備範囲らしい。ここのところ、満足に人狩りをしていなくて、イスファナはウズウズしていたようだ。

 まあ、自分で手を下すのも面倒なので譲っても良いか。


「――――!?」


 悠長に構えていたのも束の間、わずかに魔力の乱れを感じ取った。

 これは魔法が放たれる予兆だ。大気に散る精霊が、集まる気配を感じ取った。


「【女神の守護(リフレクター)】」


 瞬時に光魔法で壁を作って身を守る。


「うっきゃー! ご主人様ぁ!? 熱ッ! 熱いですぅ!」


 予感は的中した。

 間一髪で迫ってきた炎の渦は光の壁によって阻まれた。第六階級魔法相当の強力な一撃だ。今のこの世界で、ほぼ察知されずにここまでの上級魔法を撃ち込む術者は、そういないだろう。


「魔族か?」


 ここは火山へ続く門だ。デュラハンたちが同行しているとはいえ、魔族が襲ってきてもおかしくはない。なにしろ、クロスは百年前に魔王を倒した勇者なのだから。

 だが、そうでもないらしい。魔法の系統が魔族のそれとは違う。


「クロス・カイト!」


 門を開いていたアスワドが振り返って叫んだ。

 簡素な石柱であった門は、いつの間にか立派な神殿へと変化している。長い階段が現れ、その先に扉が見えた。まさしく、百年前の世界でクロスたちが通った門の道だ。


「【水龍の波導(ハイドロポンプ)】」


 クロスは炎を振り払おうと、水の魔法を使用した。

 第五階級の間に合わせの魔法だが、短時間で発動させられる魔法には限りがあるのだ。いちいち、同じ威力の魔法で相殺などしていられない。

 既に発動していた光の壁を、そのまま水の魔法で押し出すように投げつける。盾の役割をしていた壁は、弾丸のように炎を押し退けて目標に向かって直進した。


「【魔道具(アイテム)召喚 雷槍ゲイボルグ】」


 即座に魔道具を召喚して、身の丈以上もある長槍を掴んだ。


「【集え!】」


 周囲の精霊の集まりが悪い。以前はタイムラグを「カッコイイ台詞」で間を埋めていたが、生憎、そういう気も起きない。クロスは魔法を使うために、雷属性の精霊を強引に集めた。

 魔力を効率よく増強する魔道具である槍の矛先に、力が集まっていく。

 青い雷の光が弾け、――やがて、消えた。


「は?」


 集まった精霊が散っていく。

 クロスの【精霊隷属アブソリュート・オビーディエンス】において、精霊は絶対服従だ。命令(オーダー)が通らないなどということは、有り得ない。この世界に召喚されてから、このようなことなど一度もなかった。

 だが、能力が消えたわけでもない。クロス自身に変化はないはずだ。


「門を閉ざされてしまったら、部外者はもう入れないようですから」


 澄んだ声が鈴のように笑う。


「……ああ、なるほど」


 誰よりも優美に、優しく、静かに笑う姫。

 リリィシアの笑みを見て、クロスは納得の表情を浮かべた。


「待ってたよ」


 このお姫様は、まだ折れていない。

 それは自分の手元に切り札(カード)が残っているからだ。

 クロスはリリィシアがカードを切るのを待っていた。


 そして、今がそのときだ。


「知ってたよ。お前は言ったな? 召喚魔法によって、祝福の魔力が生まれるって……それじゃあ、お前の手元には、まだ一つ祝福の力が残っていたはずだからな。いつ使うか待ち侘びていたよ」


 クロスの他に召喚されていた勇者は、二人。そして、祝福を受けてクロスの前に立ちはだかった勇者は二人。

 クロス自身が召喚されたときに生じた祝福の分が、残っている。


「あら、でしたら話が早いです。クロス様は本当に聡明ですね……先に手を打たないのには、理由があるのでしょうか?」

「理由? ああ、理由ねぇ……」


 問われて、クロスは少しばかり思案する。

 けれども、すぐに口を歪めて笑ってみせた。


「なにをしても無駄だと、お前に絶望を教えたいからだよ」


 手札を全て使い切らせ、なにもかも取り上げる。その先に浮かぶ絶望の顔を眺めたい。ただそれだけだ。

 クロスがこの世界に来て、未だに保ち続けている感情だ。

 あの笑顔を壊したい。

 泣き叫んで許しを乞うまで蹂躙したい。

 絶望の淵に落としたあとに、少しずつ嬲りながら殺してやるのだ。


「まあ、あなたはとっても」


 リリィシアは両手をポンッと合わせながら笑った。

 彼女の背後で燃えあがっていた炎が薄れていく。


「おぞましい化け物ですわね」


 炎の向こうからリリィシアの後ろに浮かび上がる巨体。

 見上げるほどの銀色の狼が、クロスを睨んで唸りを上げた。

 

 

 


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