62 聖域の先
魔の火山への道は、魔族によって閉ざされている。
それは魔王が倒され、火山が封印された今でも同じだ。
神殿領は魔族が人間の領域へ侵入しないよう監視する役割を持っていたが、封印に関わっているわけではない。
火山を封印したのはクロスであり、その結界が今でも機能している。
故に、神殿領が消し飛んだ今であっても、火山への入山は人間だけの力では不可能だ。
だからこそ、クロスはダークエルフのアスワドを拾ったのだ。
「お前は下手な魔族よりも、おぞましいがな」
恐らく、嫌味のようなものだろう。アスワドがクロスを見上げて、口を曲げている。
「おぞましい? 一度は世界を救った勇者に失礼だと思わないのか?」
「今更、なにを」
心底嫌そうな表情で吐き捨てて、アスワドはクロスから視線を逸らした。
「あら、クロス様は今も世界を救う存在ですわよ」
空気を読んでか、読まずか。いや、敢えて読まなかったのだろう。
リリィシアがいつも通りの表情でサラリと言った。まったくもって、あいかわらずだ。
「お前の設定だと、どうだか知らないけど」
「そのままの意味ですわ」
ブレないお花畑で結構。
似たような会話を無限ループしている気がした。
「お前らが一緒にいるのが、心底理解出来んな」
デュラハンが馬の上から、抱えた首をこちらに向けてくる。
火山への道を先導させているが、こちらの雰囲気に慣れたのだろう。アスワドと同じように、少しずつ苦言のような突っ込みを入れるようになった。
魔族の気質は、どうも似通っていて、わかりやすいと言えばわかりやすい。たまたま、この二人が似たような気質なのかもしれないが。
「俺にとったら、またお前が案内してくれることの方が意外だけどね」
「……先にも説明したはずだ」
「わかってるよ。また利用したいんだろう? させてやるとは、言っていないがね」
デュラハンが再び押し黙る。
彼女は実に魔族のことをよく考えているということは、以前の召喚時に接したとき理解していた。あまり気質は変わっていないだろう。今回も彼女は魔族のために動いている。
彼女自身はクロスを利用したくなどないのだろう。
しかし、デュラハンの意思など問題ではない。
彼女の意見が魔族の総意であるわけではないのだ。
「こうなったのも、我らの責であるとも思っているのだ」
デュラハンは甲冑越しでは読めない声で言った。語調から、怒りのような、悲しみのような、よくわからない震えが感じ取れる。
「四天王の力不足から、魔族を統率し切れなかった。故にこそ、古来から守られてきた他種族の領域を侵し、――」
「召喚された勇者に魔王軍を潰された。おまけに、幹部同士にも内部分裂が生じてほぼ自滅。呆気なく魔王は死んだわけだ」
スラスラと続きを述べてやると、デュラハンは首のついていない身体をクロスに向けてきた。だが、言い返すこともなく、力でも対抗出来ないとわかっているためか、そのまま再び前を向く。
アスワドが黙って、後ろをついて歩いていた。
「そうさなぁ。お前らが、ちゃんとしていれば俺は召喚されなかった。普通の中学生として日本で過ごして、今頃は大学デビューで華のキャンパスライフってやつを満喫してただろうね。異世界に召喚されて危険な旅に出ることもなければ、その世界で裏切られることもなかった。勿論、こうして復讐してやろうとも思わなかっただろうよ」
自分視点で語ってやった。
舌がエラく饒舌に動いたが、そこに感情が乗っていないことに自分でも気づいている。
復讐のために魔王になってやろうと思っていたが、今ではその実感もイマイチわかないのだ。ただただ、わけのわからない衝動と憎しみだけが残るばかりで、その感情と行動動機が結びつかない。
少し前は、はっきりと意識出来たはずなのに。
――クロスは、それでいいの?
記憶として残る少女が問いかけている気がした。
いいわけがない。
それでいいわけがない。
でも、そうしたいんだよ。
「あーあ、前の俺なら答えも出ただろうに」
最後は独り言のように呟いて、空っぽのポケットに手を突っ込む。
動機が感情と繋がらないくせに行動し続けるなど不思議だが、ある意味、人間的ではないかと自分の中で処理をする。
やりたくなくても、人は行動出来るのだ。
ならば、そうしたいという理由だけで行動してしまえるのも、やっぱり人なのではないか。
俺は、まだ人間だから大丈夫。
「まあ、門さえ潜れたら、お前たちにも用はないしな」
アスワドと、デュラハンに視線を移しながら、強調する。
「…………」
アスワドが緊張した面持ちでこちらを見る。クロスはフッと軽く笑って、「冗談だよ」と言ってみせた。
実際のところ、冗談でもなんでもないのだが。
自衛のためなら、火山への道を開いた段階で切り捨てるのが最善だ。今のアスワドとデュラハンなら、二人を相手にしても余裕を持って処分出来る。
「ところで、クロス様」
物騒な算段を立てていると、リリィシアが純粋な疑問の表情を浮かべていた。
「ずっと疑問でしたが……クロス様ほどの力があれば、火山への道を自力で開くことは出来ないのでしょうか? 門のようなものでしたら、壊してしまえばいい話ですし」
リリィシアの疑問は人間として当然だった。
「俺も最初はそう思ってたんだけど、そういう単純な造りじゃなかったらしい」
勇者として魔王に挑んでいた頃、一度、クロスは火山への侵入を失敗している。
「……あれは、謂わば聖域だからな」
リリィシアの疑問に答える形で、アスワドが口を開いた。
魔族のくせに聖域という言い回しは妙だが、彼女たちにとっては、そうであるのだろう。
「此の世界に在って、此の世界にはない。異界のようなものだ」
火山に登らなくとも、外からその存在を見ることは出来る。しかし、実際に踏み入るには「手続き」が必要なのだという。
「開かれる道は一つだけ。他に如何なる方法を以っても踏み入ることは出来ない。あれは、この世界の根源へと繋がる唯一の道なのだ……魔族にしか開けぬ道があり、更に魔王のみが入る資格を持つ玉座の間がある。そして、――その先には魔王ですら踏み入れぬ神域が存在する」
「へえ。神域っていうのは、初耳だな?」
クロスが踏み入ったのは玉座の手前までだ。
魔王ではなかったクロスでは入室することすら出来なかったので、策を講じて魔王自身を外に出す必要があった。その辺りの作戦は仲間が立て、無事に遂行された。
クロスの【精霊隷属】をもってしても、火山の摂理を覆すことは出来なかった。
恐らく、自分たちが使役する精霊による魔法とは異なる力が働いているからであると理解する。
この世界に「神様」という都合のいい存在がいるのなら、まさに、そういう力を持っているのかもしれない。
「そうですか。では、強行突破ともいかないのですね」
「少なくとも、俺にはちょっと無理だった」
「残念です」
リリィシアは平然とした表情で、アスワドとデュラハンを見ていた。
このまま、サラリと「可能だったら、もうこの二人は用済みでしたのに」と言う声が聞こえてきそうだった。
どちらにしても、この女はなにか企んでいそうだが。
ちょっと週末、県外行ったりアレコレとバタバタしてきます。




