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61 中華鍋を作ろう

 

 

 

 あー、やっぱり中華鍋が欲しい。

 いっそ、作るか?


 薄い板のように整形した米を、たっぷりの油の引かれたフライパンで揚げる。

 こんがりと、キツネ色に仕上がれば上出来だ。パリパリに揚がった薄い米のおこげを、皿に盛り付ける。


「ご主人様のご飯が食べられて、イスファナは幸せ者ですぅ」

「お前、アンデッドだから食べても吐くだけだろ」

「幸せに思いながら、吐き出しまっす!」

「毎度のことながら最低だな」


 皿に盛られたアツアツのおこげを眺めて、イスファナが胸を揺らしていた。無駄に露出が多いせいで、揺れるたびに中身がポロリと見えそうになるが、そこはご都合主義と言うべきか。絶妙な具合で見えないようになっていた。


「別に料理する必要もないんだが」


 美味しい食事を食べたいとか、日本にいた頃を懐かしむとか、そういう気はあまりなくなっていた。最初はそんな気持ちで料理していた気もするが。

 ただ、毎日の作業になっているので、気がついたらフライパンを振るってしまうだけの話だ。


「まあ、こんなもんか」


 適当に味が整ったところで、クロスはとろみをつけた野菜スープをアツアツおこげの上からかけてやる。

 ジュワーっと美味しさの音を立てながら、おこげの上を熱い野菜餡が飾っていく。石の皿も魔法で焼いておいたので、余計に大袈裟な音が立つ。

 出汁(だし)の良い匂いも充満して、とりあえず満足だ。


「なんだ、これは」


 デュラハンが興味深そうに、皿の中を覗いている。

 魔力が回復したため、首なしの甲冑が首を抱えているという本来のデュラハンスタイルだ。


「餡かけおこげ。それなりに美味いよ」

「ふん」


 木のスプーンを使って、一口。

 熱い餡のかかった香ばしいおこげが、口の中で様々な食感を生み出す。口の中でしんなりと崩れていく部分と、サクサクの部分が混合する絶妙なバランスが我ながら良く出来ていると自画自賛する。

 本当はエビやイカ(に近い食材)も入れたかったが、手元にないので我慢だ。

 そもそも、内陸部だと鮮度が下がるので海鮮が干物でなければ手に入らない。市場に並んでいたとしても、衛生的に食べられる代物ではないだろう。


「あ、あふい」


 大口を開けて頬張ったアスワドが、涙目になりながらおこげを噛んでいる。半開きの口から湯気がフッフッと漏れていた。

 少し前から、クロスの作った食事に手をつけるようになったが、ダークエルフもそれなりに食を愉しめるようだ。時々、我慢し切れずに「美味いな」と聞こえてくる。


「とても美味しいですわ、クロス様」


 何食わぬ顔で、リリィシアがいつものように笑っていた。

 オルフェウスとの交戦中、この王女様は「どこかでなにかをしていた」ようだ。いつの間にかシレッと帰ってきてからは、いつもと変わらない。

 別になにをしていても良いが、聞くと「野暮用です」と言うだけなのでロクなことではないのだろう。


「人間の連合も、ほとんど崩壊したみたいだな」

「そのようですわね」


 ニコニコと、同じ笑みが返ってくる。


「人が争いを辞めて、魔王を倒すなんて本当に実現するのかね?」

「それが本来の在るべき姿ですから」


 そう言いながら、餡かけおこげを食べるお姫様。

 自分の描く未来に寸分の狂いもないと確信した顔だった。


「半分は向こうが勝手に殺し合ったみたいだけどな」


 人は放っておいても争う。

 共通の敵が居ようが、居るまいが。


「自分のために争うのが、本来の人だよ」


 他人のために自らを犠牲にした以前のクロスは異常者(・・・)だ。

 強大な敵が現れたところで人の本質など変わりようもない。

 敵が増えるだけの話だ。


 そんなこともわからず、魔王がいれば人間が争わないなどと本気で言っているリリィシアの頭はお花畑だ。

 踏み砕いてやりたくて仕方のない幻想だ。


 そろそろ理解しているだろう。

 無駄であると理解するはずだ。


 しかし、リリィシアは表情を変えなかった。


「どうでしょうか?」


 このお姫様、正真正銘のお花畑だ。

 虫唾が走るほどの。


「…………」


 クロスは食事の手を止めて、リリィシアを凝視する。

 リリィシアも応えるように、クロスを見ていた。


 視線があった瞬間に、ゾクリと背筋が震えたのを感じる。


 ああ、やっぱり、この女はこう在るべきだ。

 簡単に折れないからこそ、踏みにじってやりたくなる。


 リリィシアの計画は破たんしている。最初から勝ち目などない。彼女が唱えているのは狂った理想であり、実現し得ない妄想だ。

 だって、人が人である限り、有り得ないことなのだから。

 それはクロスが身を持って嫌というほど味わった現実であり、現に今も突きつけられている事実である。


 それでも、リリィシアは折れない。

 敗北から自棄になっているのではない。

 彼女はまだ、勝てると思っているのだ。


「楽しみだよ」


 クロスは一言発し、リリィシアから視線を外す。

 顔には隠しきれない笑みが浮かび、胸がえらく高揚していた。


「楽しい団欒(だんらん)ですねぇ、ご主人様ぁ♪」


 甘ったるく胸を揺らすイスファナの声が軽く響いた。

 

 

 

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