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60 魔王の資質

 第5章です。

 この章でも人が死にます。

 

 

 

 かつて、魔王の選定は火山によって行われていた。


 魔の火山が蓄える魔力を大地に分け、魔族たちに分配するのだ。

 魔力量があるのは勿論だが、最も重要視されたのは魔力の波長である。火山と適合しなければ、上手く魔力を扱うことも困難であるからだ。

 もっとも、圧倒的な魔力量で相性を覆すことも可能だが、そのような存在はなかなか現れない。


「選定の結果により、次代魔王となることが決まった」


 そう告げられたのが、生まれて百余年程度のダークエルフの少女であったことで、魔族たちの間に不穏が走った。

 確かに、ダークエルフは高い魔力を有しており、何度も魔王に選ばれてきた種族でもある。信頼がないわけではなかった。


 問題は選定されたダークエルフ――アスワドにあった。


「またこのようなところに……アスワド、いい加減にせよ」


 聞き飽きた溜息。


「儂が何処に居ようと関係あるまい? それとも、小言を言いに来る程の暇人か?」


 後ろを振り返りもせず、アスワドは小さな膝を抱えた。

 緩やかな丘の下には静かな森が広がっている。目を閉じると魔力の地脈と、それに沿って仕掛けられた結界の存在を感じることが出来た。

 アスワドがダークエルフとして生まれ、育ってきた里である。


「気を利かせて来たと言うのに、小言などと。其のようなことばかり言っておるから、子供であると言われるのだ」

「お前、儂とそう歳も変わらぬであろうに! 見た目は関係なかろう! 少し、大きく育っておるからと言っていい加減にせい!?」


 アスワドは、ようやく背後を振り返って反論した。

 ダークエルフやエルフなど精霊族は、人間と違って見た目と年齢は比例しない。幼女のように見えても何千年と生きていたり、老人のようであっても数百年程度しか生きていない者もいる。だいたいは魔力の質や精神に左右されると言うが、はっきりとした基準もない。

 アスワドは人間で言えば十にも満たない幼い見た目をしているが、これでも百余年は生きている。とはいえ、ダークエルフの中では若輩の部類でもあるのだが。


「そう怒るな、アスワド」


 アスワドの了承も得ず、背後に立っていた青年が腰を下ろした。

 丘陵を駆ける風が砂色の金髪を撫でる。アスワドと同じダークエルフの真紅の瞳が柔らかい微笑を描いた。


「儂のことは放っておくがいい。スィヤフには関係ない」

「関係はないかもしれぬが、興味がある。我が勝手に構うのだ、気にせずとも良い」

「屁理屈だな」


 腰を下ろすと、スィヤフは当たり前のようにアスワドの服をヒョイと摘まんで自分の膝の上に乗せてきた。小動物の扱いのそれであるが、いつものことなので、アスワドはブスッと頬を膨らませて不機嫌を表現してやった。


「魔王になるのは怖いか?」

「単刀直入すぎて品性を疑うぞ」

「謝罪しよう」


 だが、軽すぎる問いは、逆に救いでもあった。


「儂は自分を抑えられぬ」


 呟きながら俯いた。スィヤフには表情を読まれていないはずだ。しかし、空気を漂う魔力の波長から、強い不安を察するのは容易だっただろう。


「そこは我も懸念しているよ。アスワドには難しいかもしれぬ」

「……率直過ぎる。だが、そのせいで不審に思う者が多いのも事実だろうよ」


 アスワドは高い魔力を有しており、魔王となるには充分な資質があった。

 だが、致命的な汚点がある。


 魔力の暴走を起こすのだ。

 一度や二度ではない。

 アスワドは感情に左右されて、自分の力を制御出来なくなることがある。分不相応の力であることは元々から自覚があった。

 だからこそ、アスワドはダークエルフの里から離れられない。ここには自分と波長の合う地脈があり、万全の結界も施してある。暴走を止める術を持つ同胞もいる。


 そんな自分が魔王になって、更に大きな魔力を制御するなど無理だ。その辺りの事情を踏まえて選定すれば良いものを……魔力の波長のみで資質を考慮しないなど、どうかしている。

 なにか間違いを犯せば衰退するのは魔族だと言うのに。

 アスワドは魔王の選定に疑問を覚えていた。


「アスワドは魔王になりたくないのだな?」

「……なれるわけもなかろうよ」


 アスワドを膝に乗せたまま、スィヤフは穏やかに問う。

 正直な意見を述べながら、アスワドは一緒に里で育った者を見上げた。


「では、我が貰い受けよう」


 ごく自然な口調だったので、一瞬、スィヤフがなにを言っているのかわからなかった。けれども、その意味を理解して、アスワドは真紅の眼を見開く。


「その魔力、一部を我に移せ」


 スィヤフとアスワドは魔力の波長が似ている。魔力量もほとんど大差なく、魔力の譲渡は難しい話ではなかった。


 彼はアスワドの魔力が欲しくて言っているのではない。

 そんなことは、アスワドにもわかっていた。


「魔力がなくなれば、選定も変わるだろう」

「だが、そのようなことをすれば、――」

「難しいことは考えるな。お前は魔王にならなくて済むし、保有する魔力量が減れば御するのも易くなろう。一石二鳥ではないか」


 とても理に適っている、と言いながら、スィヤフは小動物を扱うようにアスワドの金色の髪を撫でる。

 そのせいで、アスワドは続きの言葉を紡げずにいた。


 魔力を譲渡すれば、アスワドは魔王の選定から外される。

 その場合、再び選定が行われるだろう。


「……儂はお前にも無理だと思うぞ」

「ああ、それは自覚しているつもりだ。しかし、善処はするよ」

「――お前は……無理だ……お前は、優しすぎる……」


 いつだって、そうだ。

 きっと、自分はスィヤフに甘やかされている。その自覚はある。

 彼はいつだって他者が優先で、自分のための決断はしない。求められれば、最善ではないと知りながらも、それに応えてしまう。

 魔族を統べる王たる資質などない。

 破滅を招くかもしれない。


「愚か者め……」


 スィヤフの手を払って、アスワドは呟いた。


「愚か者……」


 スィヤフに向けて言葉を重ねる。

 しかし、それは同時に自分へ向けられた言葉でもある。


「許せ、アスワド」


 それは、こちらの台詞だ。

 わかっているはずなのに。


 スィヤフの言葉に甘えようとしてしまう自分自身が、なによりも許せなかった。




 そして、魔王の選定は変更された。


 新しい魔王は火山の魔力を扱う適性に優れていた。非常に魔力の親和性が高かったため、歴代の魔王よりも多くの力を魔族たちに供給することが可能だったのだ。

 魔族は力を求めた。

 魔王はそれに応えた。


 だが、過剰供給だったのだ。

 不必要に強化されてしまった魔物は、やがて弱者である人間の領域を侵しはじめた。各々に暴れる同胞たちを規律によって縛るために、魔王軍が編成されたが無意味であった。

 人間やエルフたちの領域は狭まり、衰退へと追い込まれる。


 その一部始終は、アスワドの危惧していたことだ。

 スィヤフに王の資質などなかった。

 求められれば応じてしまう。同胞を力で抑えつけることも出来ない。魔王軍を編成したところで、絶対的な戒律で縛ることも出来ない。

 こうなると、わかっていた。

 スィヤフ自身も。


 わかっていたのに。


 やがて、異世界から召喚された勇者によって魔王が討ち滅ぼされたと聞いて、安堵した。

 きっと、スィヤフは苦しかっただろう。そして、その役目を押しつけてしまったアスワド自身も救われた気がしたのだ。

 従来通りの魔王の選定では、魔族の衰退は避けられなかった話である。遅かれ早かれこうなっていたと思う。

 アスワドが守りたかったものは守れなかったが、これも罰であると、どこかで受け入れる自分もあったのだ。最後に個人的な復讐を果たして小さく死ぬのも悪くはない。


 けれども、それも間違いだった。


 今度は人間から惨い仕打ちを受けた元勇者が、魔王になろうとしている。圧倒的な力を以って、この世界を壊すと言っている。


 全ては身勝手な理由で逃げたアスワドが導いた結果。

 あのとき、自分が魔王になっていれば、――。


 そう。

 全てはアスワドが招いたことだ。


 誰のせいでもない。


 このアスワドが全て悪いのだ。

 

 

 

 なんのためにアスワドをロリにしたかと言うと、もうスィヤフの膝に乗せるため以外の回答を持たない性癖全開作者で本当にすまない。次点でバルトロメオと手を繋ぐためだ。そうじゃなかったら、巨乳のお姉さんにしたと思う。

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