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6 奴隷市場

 

 

 

 車輪は回る。

 運命の歯車のように。

 荷馬車が行く先は天国も地獄もなく、ただの絶望。


 少女――スイにとって、その音色は絶望へと続く歌声のようであった。


 荷馬車に載せられた「積み荷」は皆一様に生気がなく、同じような顔をしている。たぶん、スイも同じだろうと思った。


 向かうのは奴隷市場。数々の奴隷小屋が並ぶ王都の一画らしい。

 そこでは奴隷たちに値段がつけられ、命が売買される。売られた奴隷がどうなろうと、あとは持ち主次第。


 奴隷落ちする人間には複数の種類がいる。

 生まれながら奴隷の子だった者。借金の返済が出来ずに売られる者。戦争の捕虜。孤児。などなど。


 スイの場合は両親が奴隷だった。つまり、生まれながらの奴隷。今までも、別の主のもとでコキ使われていた。

 すぐ殴るし、食事にもありつけなかった。持病で死んだとかで、家族が奴隷を売りに出したのだ。自業自得だ。


 これから、どんな主に買われるのだろう。ご飯くらいは欲しい。前の主人がロクに食事させてくれないせいで、スイの小さな身体は痩せ細ってしまっていた。


「お前は高く売れる」


 商人が奴隷の選別を行っていた。スイの隣に座っていた女の奴隷が手を引かれていく。やつれているけれど、化粧をすれば美人に見えそうな人だった。

 他にも、魔力が強い人や、体格の良い男などの働き手が選ばれている。


「こいつはあまり高く売れねぇな」


 無感動にそう告げられて、スイも手を引かれた。


「…………」


 声を出すのも勿体ないくらいお腹が空いている。

 スイは荷馬車から降り、いろんな檻が並べられた奴隷小屋の中を見渡して歩いた。

 薄暗くてじめじめとした雰囲気がする。

 客が入る部屋の方は綺麗らしいが、裏は牢獄。希望はなく、目を濁らせた奴隷たちでいっぱいだった。

 生まれたときから奴隷だったスイには、見慣れた光景だ。


 個別の牢獄に入って、鎖で繋がれているのは、きっと魔力の高い奴隷だろう。魔法使い(ウィザード)などは魔力封じの鎖に繋がれると、たちまち魔法が使えなくなるらしい。ついでに身体の動きも悪くなると聞いている。


 スイには魔力がないので、よくわからない。

 この世界には見えない精霊たちが漂っているらしい。その精霊たちの力を借りることで、人間は魔法を使うことが出来る。

 と言っても、誰もが使えるわけではない。せいぜい十人に一人。選ばれた人間のみだ。スイはその中には入っていない。

 魔力がある人間は国の補助で学校(アカデミー)に通い、教育を受ける。それを生かした職にも就ける。いわゆる人生が約束された勝ち組。


 それでも、奴隷に身を落としてしまう人がいる。

 なんて、厳しい世の中なのだろう。


 スイのように生まれながら奴隷の子供がいる。そして、恵まれた環境がありながら奴隷に身を落とす人もいる。


 世の中、上手くは出来ていない。


 神殿が唱える神様なんていないし、誰も助けてはくれない。

 スイも含めてここにいる人間は、ちゃんと理解している。みんな同じ目をしていた。

 自分で生きるなんて無理。諦めた人間しかいない。


「う、くっ……ッ」


 放り込まれた隣の檻で、呻いている人がいた。

 他人に気を配る余裕なんてない。でも、スイはつい視線で隣の檻を覗き込んだ。そして、目を見開く。


「……ダークエルフ?」


 隣の檻にいる奴隷は初めて見る、しかし、噂に伝え聞く姿をしていた。

 尖った耳と浅黒い肌はダークエルフの特徴だ。精霊族であるエルフと相反する存在、魔族のダークエルフ。

 魔王が倒されて以降、魔族は山や森の奥でひっそりと暮らし、滅多に人前には現れない。少なくとも、スイは初めて見た。


 金色の髪は汚れてしまっている。黒い肌は傷だらけで、頬には殴られた痕があった。目は血のような深紅。

 スイよりも幼い容姿に見えるが、ダークエルフは長命種だ。もしかすると、遥かに年上かもしれない。


 値札を見ると、とんでもない金額だ。

 スイが何人いても足りないくらいの価値がある。


「あなたは、どうして……ここにいるの?」


 スイは誰にも聞こえない、けれども、ダークエルフには聞こえる声で問う。ダークエルフは聞こえているはずなのに、なにも反応しなかった。ただ、苦しそうに呻いている。

 魔力封じの鎖が何重にも巻かれていた。

 ダークエルフは魔族だが、厳密に言えばエルフと同じ精霊族だ。目に見えない空中の小さな精霊たちが何千年もかけて人の姿を取って生まれたのだと教えられたことがある。エルフは光魔法の精霊族。ダークエルフは闇魔法の精霊族だ。

 当然のように魔力も人間より高い者が多い。魔封じの鎖で縛られて苦しいのだろう。


「困ります、お客様。ご希望に適った奴隷を連れてまいりますので、どうぞ客室でお待ちください」

「いや、自分の目で品定めがしたい」


 表に続く扉の向こうから、男の声で遣り取りが聞こえる。


「こちらは、その……あまりにも不衛生ですから」

「クロス様は構わないと言っております。お通しください」


 女の人の声も聞こえた。


 やや間が開いて、扉が開く。


 表の客室と裏の牢獄を繋ぐ扉。

 その敷居を潜ったのは、若い男だった。


 魔族を思わせる漆黒の髪と瞳が不気味だ。腰には長剣を提げて、旅人のような黒い外套を揺らしている。最近の服装ではない。昔話に語られる冒険者みたいだと思った。表情に乏しくて、少し近寄り難い雰囲気。


 後ろを歩いている女の人は濃紺の外套を羽織っていて、フードで頭部をすっぽりと隠している。どんな人なのかわからないけれど、仕草が精錬されていて、なんとなく高貴な人なのかもしれないと思った。身の丈ほどもある長い杖が特徴的だ。


「さて、クロス様。どうされますか?」


 女の人が女神みたいに優しい声で聞いた。

 青年は少し間を置くと、辺りを見回してこう言い放つ。


「良い人数だ。全員頂くとしよう」


 ロクに奴隷を見もせずに、青年はそう言って少しだけ笑った。

 表情がないと思っていたけれど、笑うときは愉しそうだ。ただ、その表情にスイは寒気を覚えてしまう。


「はあ……?」


 奴隷商人が目を点にしていた。

 これだけの奴隷だ。安値の者も多いが、魔法使いのように高値の奴隷だっている。なにより、スイの隣にいるダークエルフだけでも、そうとうな額であった。


「全員貰うと言っているんだ」

「お客様、ご冗談は――」


 奴隷商人が訝しげに言葉を重ねようとした瞬間、女の人が前に出た。


「お代はこちらでいかが?」


 女の人の手に握られていたのは、金貨の詰まった袋だった。ピカピカの王国金貨だ。この国では一番価値が高く、信頼のおける通貨である。

 それを見せられて、奴隷商人は目の色を変えたのがわかった。


「勿論、前金ですわ。残りは別のところに用意していますので、あちらでお話しましょう」

「は、はいっ。お客様、喜んで!」


 女の人が笑顔で奴隷商人を連れていく。


「ああ、そうだわ。他の皆様にも施しがしたいから、商人の方々を集めてくださる? 出来れば、見張りの用心棒も」

「え、ええ、まあ……見張りもですか? 奴隷どもは全員、繋いでありますが……」

「大丈夫ですわ。クロス様は寛大ですから。一人や二人、小屋の外に逃げたところで、あなたたちを咎めたりはしません。それよりも、これは大きなお話です。それなりにお礼がしたいのですわ」


 女の人はそう言って、深く被っていたフードを少しだけずらした。

 わずかに銀色の髪がこぼれ、白い顔が顕わになる。薄っすらと笑みが浮かんだ唇が艶めかしくて、奴隷商人が釘付けになったようだ。


「え、え……あの、お客さ――はい。承知しました」


 奴隷商人は戸惑った様子だったが、やがて、ピタリと顔から表情を消してしまう。

 そして、女の人の言う通りに、商人や用心棒たちを集めはじめた。まるで、魔法にでもかかったみたいだ。

 いや、魔法をかけた?


 ここにいるのは、奴隷たち。そして、新しい主になるという漆黒の青年のみとなる。


「【雷嵐(エレキフィールド)】」


 奴隷小屋の中心に立つと、青年は感情に乏しい声で魔法を唱えた。第一階級程度の電撃が奴隷の収まった各檻に直撃する。

 だが、それは攻撃ではない。

 束縛していた檻の鍵が開いた。


「え?」


 誰もが言葉を失っていた。一同が謎の青年を見据える。


「お前たちは自由だ。どこへでも、好きなところへ行けばいい」


 なんだ、この展開は。檻の外に出る者。訝しく思って、檻の中に留まる者。反応は様々だった。

 スイは力を振り絞って、檻の外に出る。


「ただ一つ。俺の言う通りに、ある物(・・・)を王都で売る手伝いをしてくれるだけでいい。勿論、無理強いはしない。嫌なら逃げろ」


 これから、どんな主の元に売られてしまうのか。このまま、一生を奴隷として過ごすのか。最悪、死が待っている。そんな世界で、この人はなにを言っているのだろう。


 こんな世界が変わるはずがないのに。


 スイは呆然と立っていた。だが、やがて、青年の方に向けて歩きだす。

 他の奴隷たちも同じようで、幽霊のような足取りで集まりはじめた。そのまま走って逃げた者もいたが、青年は特に追う素振りはしていない。


「お待たせしました、クロス様」


 青年が連れていた女の人が戻ってくる。

 あれ? おかしいな? この女の人、さっきは杖を持っていたはず。それなのに、今は白銀に輝く長剣を手に持っていた。刀身には光魔法の文字が刻まれており、とても美しい。


 それに、なんだろう。

 少し生臭い気がする。


「これだけいれば充分だよ。お前と二人で店をやらなくて済んでよかった」

「あら、楽しそうですけれどね。わたくし、そういう経験ありませんので」

「俺だって学祭くらいしかやったことない」

「がくさい? それは楽しいのですか?」

「遊びだから、楽しいよ」


 二人の会話はよくわからない。正体もわからないし、こんなことをする理由もわからない。


 けれども、少なくとも、これから他の客に売られるよりもマシだと思う。

 スイはゴクリと唾を呑み込んで、覚悟を決めた。

 この人が、新しいご主人様。

 こんな風に「自由だ」と言われたことなんてない。きっと、今までのご主人様よりも優しいはずだ。

 スイは逃げる気になれなかった。

 ううん、逃げたって、どうやって生きればいいのかわからない。


 奴隷の身分は辛いけれど、言うことを聞いていればご主人様が養ってくれるんだもの。自由になって逃げた途端に野たれ死んでしまった人たちを何人も知っている。

 なにも選ばなくていいし、自分で生きる必要だってない。


「愚直なくらいの方が捨てやすい」



 別室に集められた商人が(むくろ)となって重なっていることなど、奴隷たちは誰も気づいていなかった。

 

 

 

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