58 愛玩動物
更新止めていて申し訳ありませんでした。
3月中に完結させたいので完結話まで、出来るだけ間を空けずに数日刻みで更新したいと思います。
行くぞ、作者。書き溜めの貯蔵は充分か?
指先で虫を潰していくような。
この世界の人間を殺して、最初は興奮した。今まで自分のことを利用してきた連中を粉砕してやるのは非常に気持ちが良い行為で、どうして今までそうしなかったのかと自分でも不思議になった。
それまでは、仲間の存在が抑止力になっていたから。
もういないが。
枷のような宝が全て失われ。
自分が今まで行ってきたことの意味が全て失われ。
なにもかも奪われた瞬間に、勇者であったはずの自分は初めて、悪魔のような自分に気がつき、解放してしまった。
もう一度召喚されず、あの時代で果てていたら、きっとうそうはならなかっただろうと思う。きっかけのようなものは多数あったが、それでも、自分は勇者で在ろうとしたと思うのだ。
だから、こうなったのは、全部クロスを召喚した者が悪い。
最初は腹いせの殺戮も蹂躙も気分が良いものであった。
でも、今では然程興味がわかない。
ただ、目の前のものを全て消してしまいたい衝動だけ。
ただただ、作業のように、淡々と、淡々と、平坦に、平坦に。
「がっ……!」
逃げようとする背を負い、頭を掴む。
頸部に圧力をゆっくりとかけてやると、ミシミシと骨の軋む感覚がした。それに合わせて、人間の身体が大きく痙攣、硬直する。背骨が潰れた衝撃で神経が圧迫されているのだ。
「まあまあ、良い顔だな」
つまらない。だが、それなりの愉しみを見つけながら、クロスは力の入らないオルフェウスの頭を地面に押しつけた。
月虹のような銀髪が土で汚れ、口から吐き出される血泡によって表情が汚れる。
その様を面影に重ねると、笑えてくるのが不思議だ。
やはり、兄妹故か。
「【雷矢】」
いつの間にか両唇の端を吊り上げながら、クロスは詠唱を放った。瞬間に、雷の光線が迸る。第二階級の安い魔法ではあるが、人間の頭を消し飛ばすには充分であった。
「【魔道具召喚】」
オルフェウスが生き返ったことを確認して、クロスは空間魔法を発動させる。
「こういう贅沢な使い方も悪くはないな」
空間魔法は魔道具の収納のために使用している。
クロスが効率的に魔法を使うために製造した魔道具は多岐に渡っており、保管が難しいので、空間魔法は大いに助かっている。闇属性の魔法は苦手だったが、冒険の初期に覚えたスキルでもあった。
通常は空間を開いて欲しい魔道具を一つ取り出す魔法だ。
しかし、クロスが右手を上げると、魔道具を収納している空間の穴がいくつも出現する。
「……ふざけるなよ、化け物が」
空間魔法の穴から召喚される魔道具の山を見て、オルフェウスが狼狽の声をあげた。
死ぬたびに老いる代償によってか、それとも、余りの力差への絶望か。いずれにしても、酷い顔であるとクロスは鼻で笑った。
「ゲート・オブ・カイトってな」
右手を下ろすと、無数の穴から一斉に魔道具が射出された。
雷槍ゲイボルグ、海神リヴァイアサン、闘神イフリート、退魔剣アロンダイト、聖弓ジャンヌダルク、冥鏡オシリス、地神ガイア、聖剣エクスカリバー改、破魔矢グリフォン、勇者剣デュランダル、聖槍ロンゴミニアドEX、竜殺ベルセルク……と、一つずつ名前を呼ぼうかと思ったが、数えるだけ無駄である。
あと、名前を覚えていない魔道具も数点混ざっている。谷に住む竜を殺すためだけに作った局所的な用途のものもコミコミ。
よく、これだけの魔道具を作って、それぞれに名前までつけたものだと自分でも感心した。
「流石は、ご主人様ですぅ! イスファナも! イスファナも!」
無力な虫のように魔道具の射出に射抜かれ、胴体をミンチのように散らしていくオルフェウスを見て、イスファナが興奮の声を上げる。
顔が既に絶頂しており、顔も火照っていた。
「好きにしろよ。ほぼ残機制みたいなもんだから、全部削るの面倒臭いし」
言いながら、イスファナでも殺しやすいように、復活したオルフェウスの身体を魔法で拘束しておいてやった。
いやあ、本当に感心するほどよく生き返る。
いっそ、死ねた方が楽だろうと、クロスは笑った。
「キャッピピィーン! やったぁ! ご主人様、ご褒美ありがとうございますぅ!」
イスファナは嬉々として自分の大鎌を振って笑った。
頭から股間まで身体を正中割り。回転しながら鎌を振って胴を輪切り。腹部に手を挿し入れて腸を引き摺り出し、好きなように解体ショーを楽しんでいる。
「はぁぁぁんッ。ご主人様ぁ、最高です! 最ッ高ッでッすッ! いくら殺してもオッケーなんて、最高過ぎますぅぅ! ねぇ! ねぇ! これ、イスファナにくださいませぇ! 大切にしますからぁ。ちゃんと自分で世話しますからぁ」
「ペットかよ」
「殺されるしか価値のない人間を有効活用するだけですぅ」
さらっとリリィシアみたいなこと言いやがる。
ふと、頭の中にイカレ王女の笑顔が浮かんだ。
清楚で清廉、優しく慈愛に満ちた女神のような顔。それ故に、一切心を読ませない。同じ笑顔のまま同胞を殺し、家族も駒に使って見捨てた。
そういえば、リリィシアはこいつにクロスを倒す勇者の役目を与えたか。
イスファナの言うようにペットにでもしてやったら、どう反応するだろう?
他の誰でもない。
リリィシアの顔を歪めたい。彼女の顔が苦痛と屈辱が滲む瞬間を見るのが好きだ。
感情が抜け落ちていくクロスにとって、手元に残った数少ない人間らしい嗜好だった。
例えそれが歪んでいても。
「拘束式の首輪でも作るか……」
「でしたら、是非とも飼い主はイスファナに!」
「その辺は面倒だから任せるけど……どうでもいいけど、うるさい」
「うぅ……ご主人様、最近急に冷たくなりましたね。ぐすん」
「そうかな? ……まあ、そうかもな。あんま興味ない」
「ガッビーン!」
単にリリィシアの反応が見たい程度で、ペット自体に興味はない。
日本でも犬を飼っていたか……あの頃は、それなりに愛着があって一生懸命世話をしていた気もしたが、今では割とどうでも良い。
それと同じくらい、イスファナのことも執着しなくなっているのだと改めて思った。
なんだ、こいつ気に入ってたペットと似たような分類だったのか。
自分が持っていたこだわりや嗜好が失われることに恐怖することもあったが、失ってみると、そう深刻でもない気がする。
「あ」
と言っている間に視線を戻し、クロスは自分でも呆れるくらい間抜けな声を上げた。
「あぁんっ!」
イスファナも無駄に色っぽい声を上げた。
「あーあ」
クロスは息をついて、イスファナを睨んだ。イスファナは犬かなにかのようにシュンと頭を垂れる。
目を離した隙に、オルフェウスが逃亡を図っていた。
拘束されていた四肢が垂れ下がっているので、自分で切断したのだろう。死ねば生えてくるとは言え、自分でやっても痛くはないのだろうか? と、クロスは別の意味で感心した。
「ちゃんと見てなきゃ駄目だろう」
「すみませんぅ……気に入っていたのにぃ……」
イスファナは目に薄っすら涙を浮かべながら、無駄に胸の谷間を寄せていた。完全にノリがペットが逃げてしまったときの反応であると、我ながら思う。
「まあ、残機は結構削ったし、いっか」
もう別段、面倒な相手でもない。
何度も同じように殺していると、飽きも来ていたところだ。
ちょっとした玩具を失くして損をした。その程度。
「イスファナが探して参りましょうかぁ?」
イスファナの提案にクロスは、やや考える。
だが、首を横に振った。
「お考えがあるのですね?」
「別に」
「そんなぁ……だって、ご主人様」
淡々と言葉を放ったはずだったが、イスファナは蕩けるような甘い笑みで、クロスを覗き込んだ。美味しそうに舌舐めずりをして、煽情的にクロスを誘う。
「とぉっても、悪い顔をしていますよ?」
オルフェウス「エタってくれたら、ボコられずに済むと思っていた」




