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56 祝福の対価

 

 

 

「クロスは……この世界を好きでいてくれる?」


 ピンク色の髪を揺らしながら、ハーフエルフが笑う。


 人間からもエルフからも忌み嫌われ、森に隠れながら一人で暮らしてきた少女。普段は隠しているが、抱えきれない傷を負っているのだとクロスは知っていた。

 それでも、少女――ストリェラは明るく笑うのだ。


 笑いながら、


「あたしは、大好きよ」


 と言う。


 まるで、全ての存在から祝福されたような朗らかな表情で。

 だから、クロスも笑った。

 作り笑いではなく、自然な表情で。内側から満たされるような優しい気持ちになる。


「ストリェラがいる世界だから、俺も好きだよ」


 少しばかり遠回しな気もしたが、クロスなりの告白のつもりだった。

 言ってしまったあとで後悔したが、取り返しはつかない。


 ストリェラは数度瞬きをしたあとに、頬を桃に染めてしまう。慌てているのか、河原の石を意地らしく指で突いている。

 慌て過ぎて、石を握り潰して粉砕しているところは、目を瞑ろう。


「俺は……俺、全ての人を救いたい……この世界、全部! ストリェラが好きな世界だから!」

「ク、クロスは余所(異世界)の人だし、そんな無理言わなくても――」

「そのためなら、俺はなんだってするよ」


 ストリェラの顔を覗きながら、クロスは力強く言い切った。顔が赤くなって、心臓がバクバクと音を立てている。でも、不思議と冷静な気持ちだった。

 ストリェラは戸惑うように目を逸らしてしまう。

 しかし、やがて震えるような視線で、けれども、強い意思を持ってクロスを見上げた。


「クロスは、もう充分過ぎるくらい頑張ってるよ……なんでもするとか、そういうの、いいんじゃないかな……?」


 どういう意味か、よくわからなかった。

 クロスが困っていると、ストリェラがフッと笑う。少女らしい純粋な笑みだが、母のように慈愛に満ちた温かさを感じる。


「クロスがこんなに頑張ってくれるから、あたしはクロスのために生きてもいいかなって……思うんだよ」


 左右で色の違う瞳に視線が吸い寄せられた。


「ストリェラ……」

「だから、その……魔王を倒したら、クロスはなんでもワガママ言っていいんだから。あたしが全部叶えてあげる……た、倒したら、だからね!?」


 この話は終わり。と、空気を断ち切るようにストリェラはクロスの腕を払い除けてしまった。

 いつもの彼女らしく、色気のない表情でベーッと舌を出す。




 そんな記憶が抜け落ちた。


 手の中に現れた結晶を、クロスは無感情に見下ろした。

 こんなときに、こんな記憶が抜けるのか。

 言い知れない虚無と脱力感に苛まれる。同時に、やり場のない怒りのようなものが沸々と胸を侵食していく。


 視線の先にいるのは、かつて愛したハーフエルフの少女ではない。

 魔法陣の磁石によって捕捉されたオルフェウス。


 美しい記憶は、どんどん消えていく。

 残されるのは支払った代償の穴と、怒りの大きさばかり。


 見返りなんて要らなかった。

 なにも返って来なくても、構わなかった。

 故郷を奪われ、自分も奪われ続ける。そして、代わりに得たものまで奪われた。


「俺は……支払った対価を清算するだけだよ」


 身の丈ほどの長槍ゲイボルグを、オルフェウスに向けた。


「死なないって言うんなら、殺さなきゃいい話だろう?」


 面倒だ。しかし、内からわずかながら加虐心が湧いてきた。

 イスファナに対して特になにも感じなくなっていくが、リリィシアを痛めつけることには愉悦を覚える。

 この瞬間もまた、クロスは自分が昂ぶっているのだと感じた。

 以前よりも希薄になっていく自分自身を繋ぎとめるもの。

 こんなもので自分を保っていると思うと、本格的に人の道から外れている気がする。


 でも、仕方ないじゃないか。

 これが今の俺なんだから。


「【雷矢(スパーク)】」


 雷の矢を放ち、オルフェウスの肩を貫く。

 蹲っていた身体が呆気なく仰け反って、肉が穿たれる。断面が炭となって焦げ、繋がっていた腕が後方へ吹き飛ばされた。


「ああああああああああ!」


 不死身の祝福があると言っても、痛覚はあるようだ。オルフェウスの叫びが響いた。

 痛みでのたうち回ることはなかったが、離れていても苦痛の色がうかがえる。

 クロスはゆっくりと歩いて距離を詰めた。


「俺だって」


 肩で息をするオルフェウスの頭に足を乗せた。


「出来ることなら、戻りたいよ」


 出来ることなら。

 戻りたい。


 仲間と共に勇者をしていた頃に。

 いや、日本で平凡な毎日を送っていた頃に。


 しかし、もう無理だ。自分でもわかる。


 今、日本に戻ったところで以前のクロスではない。同じ生活など、到底出来ないだろう。

 では、元の通り勇者に戻れば――世界から求められ、仲間と共に旅をしていた頃。


 ――クロスがこんなに頑張ってくれるから、あたしはクロスのために生きてもいいかなって……思うんだよ。


 手に握られていた結晶を握り潰す。

 淡い色の記憶の断片は簡単に砕けて、砂のように風の中に溶けていく。


「もう、わからないんだよ」


 どうして、こんなに怒っているのか。なんのために復讐しようとしているのか。

 どうして、あんなに悲しかったのか。

 どうしてもわからなくて。

 きっと、こうだったと思い返すことは出来る。理解もしている。

 それなのに、自分の中にある感情は虚無。わけのわからない怒り。


 ただ目の前のものを壊したい。崩したい。侵したい。消したい。消したい。消したい。消したい。消したい!

 ただ……ただ……全て消してしまいたい。

 それしか残っていなかった。


「【戒めの息吹(グラスフィールド)】」


 欲望のまま精霊を隷属させる。

 オルフェウスの足元の草が伸びて著しく成長していく。魔法陣に仕込まれた磁石によって拘束されていた身体を更に締め付け、完全に自由を奪ってしまう。


 生きたまま火炙りにしてやろうか。それとも、串刺しにしてやろうか。

 そんな衝動に駆られながら、クロスは俯くオルフェウスの顔を上げさせる。

 口元を覆っていたマントを下げて、顔を暴いてやった。


「…………」


 苦痛に歪みながらも、意思を曲げない夕陽色の視線。

 しかし、違う。

 クロスの記憶にあるオルフェウスと、今目の前にいるオルフェウスの差異を認めて、途端に笑いだしたくなった。


「そっか。そりゃそうだな……理解したよ、お前の代償」


 そう言えば、彼もクロスと同類だったか。

 同じように祝福を受け、代償を支払い続けている。

 簡単なことを思い出して、声をあげて笑いたくなった。

 そして、実に愉快なことを思いつく。


「殺さずに達磨にでもしてやろうと思ってたけど、気が変わった」


 こちらを睨むオルフェウスの頭を掴み、禁じ切れなくなった笑みを浮かべてやった。


「あと何回くらい殺してやればいい?」


 雷光と共に、オルフェウスの頭が一瞬にして消し飛んだ。

 

 

 

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