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54 ただ無意味に

 

 

 

「報告感謝します。下がってよろしくてよ」


 伝令の報告を受けて、インテグラは馬上で手綱を握る。

 深紅の甲冑が太陽の光を照り返して輝いた。腰には、本来女性には振るえぬような両手持ちの剣が下がっている。


 魔王を倒した勇者がアッカディア王家に授けたとされる聖剣エクスカリバー。その効果は、用済みの聖女と共に神殿領を吹き飛ばしたことで証明されている。

 何度も発動させられる代物ではないが、現状、人間が扱う最強の魔道具と言えるだろう。


「最後に勝つのは、あたくしよ。あの忌々しいオルフェウスでも、魔王を名乗る馬鹿馬鹿しい元勇者でもありません」


 常に勝利者は自分以外にありえない。

 いつだって、そうだ。勝ちとってきた。


 正面から戦っても、クロス・カイトを倒すことは叶わないだろう。それは幾度もの敗戦で承知している。インテグラは自分が優秀な魔法使いであると自負しているが、そこまで自惚れてはいない。


 直に前衛に構えたオルフェウスの軍勢とクロス・カイトが衝突するはずだ。

 インテグラが直接戦う必要などない。

 後衛から聖剣の一振りを浴びせてやれば、全て消し飛ぶ。

 オルフェウスは死なずに復活するが、捕獲の計画は立てている。適当な工作をして、クロス・カイトと共に散ったことにしてしまえば、王族不在のカルディナ王国も併合出来るだろう。

 まさか、オルフェウスも後衛に構えた味方から聖剣の閃光を浴びせられるとは思うまい。


「あっはははははは! いい気分。今から、楽しみですこと!」


 最後に勝ち残った自分の姿を思い浮かべると、笑みを禁じ得なかった。

 先に祝杯をあげてしまいたいくらいだ。


「インテグラ陛下にご報告がございます!」


 再び伝令がインテグラの前に現れる。

 それは慢心か。自信に満ち溢れた表情で振り返ったインテグラには、伝令の慌てた様子が見えていなかった。


「なんですか。報告なら、先ほども――」

「前衛の部隊が奇妙な動きを……! 突然、騎兵が走り出した模様。歩兵もそれに合わせて進行して……まるで、既に突撃をはじめたような。いえ、なにかから逃げるようです!」


 伝令の報告にインテグラは首を傾げた。

 どういうことだ。なんの意味がある。


「そのような大規模な移動に、どうして気がつかなかったのです」

「後方に配置された歩兵の一部は足並みを変えておらず、前方の動きに気がつくのが遅れてしまい――」

「言い訳は聞きません」


 妙だ。

 なんの意味があるのだろう。


 インテグラの計略に気がついて、逃亡を計っている? しかし、それなら進路を変える。このまま前進すれば、どうせクロス・カイトと対峙することになり、インテグラの計画は変わらない。おまけに、オルフェウスは自分の率いる軍勢を自ら減らしてしまうことになるだろう。


 なんの意味もなく行動を起こす男ではない。

 胸騒ぎがした。


()く、索敵を! もしかすると、どこかに伏兵がいるかもしれません」


 クロス・カイトの戦力は散らしたはずだ。

 しかし、相手は短時間でカルディナ王都をアンデッドの巣に変えた男。戦力が増えていないとも限らない。


「インテグラ様! 今すぐお逃げください!」


 風魔法による索敵を行っていた武官が血相を欠いた様子で叫ぶ。風魔法を得意としないインテグラには、状況がわからない。


「どういうことです。いったい、なにが――」

「もう手遅れです!」


 地鳴りがした。

 なにか巨大な蠢きを感じ取って、インテグラは表情を消す。そして、音のする方向へと視線を巡らせた。


「なに!?」


 何万という軍勢が濁流の塊に呑み込まれていく。

 一瞬の出来事だ。

 押し寄せる水の流れが魔物のように、インテグラが率いる軍へと襲いかかっていた。


「これは……!」


 戦術としては難しいものではない。

 川を堰き止めて水を溜め込み、関を破壊する。そういえば、この近くにはそれなりに大きな川があったか。

 強くはないが、魔力を感じる。ある程度の流れを操作しているのだろう。


「こんなこと!」


 風魔法の使い手は咄嗟に自ら飛翔して、難を逃れている。しかし、一般の兵士たちはそうもいかない。また、大量の兵士を同時に浮遊させるほどの魔法使いも稀であった。


 インテグラは自らの周りに炎を纏う。

 灼熱の炎が濁流を阻む壁となった。インテグラの周囲では凄まじい速度で水が蒸発し、消え失せる。それでも、広範囲に及ぶ壁を作り出す力は、彼女になかった。


「陛下!」


 時間を稼ぐ間に風魔法使いの武官が、インテグラを浮遊させた。


「なんてこと……こんなこと、ありえません……」


 インテグラは自らの魔法を解き、改めて周囲を見回した。

 あらゆるものが水の流れに浸食された世界。

 兵士が流され、馬が流され、断末魔も流される。

 運の悪いことに、否、計算だろうか。この地は平地で、避難出来る丘もない。難を逃れた最後尾の部隊は指揮系統を失ったまま敗走していた。魔法によって水難を逃れた魔法使いも多くいたが、部隊を再編成出来るような状態ではない。


「あたくしの負けだと言うの?」


 オルフェウスはこの事態を予期して、進軍速度を異様に速めたのだ。

 後方のインテグラを囮にして。

 もしかすると、インテグラの計略に気がついていたのかもしれない。

 いや、気がつかれていたのだ。


「あの凡骨……!」


 わなわなと全身が震え、指揮杖を持つ手に力が入る。

 ボキリと二本に折れた指揮杖を濁流の中に投げ捨てた。


「どこか足場のあるところへ!」


 風魔法使いに告げて、インテグラは腰に帯びた剣を握る。


「しかし、インテグラ陛下……」

「いいから、降ろしなさい!」


 インテグラの様子に気圧され、風魔法使いは倒れた樹木が重なった場所へと降ろす。濁流の真ん中で今にも崩れそうな不安定な足場だが、インテグラは文句を言わなかった。


「あたくしが負けるなど……負けるなど……!」


 聖剣を鞘から抜きながら、呪詛のように呟いた。


「インテグラ様、このような場所で聖剣を使えば……!」

「お黙りなさい!」


 制する武官の言葉も聞かず、インテグラは一心不乱に聖剣を構えた。

 オルフェウスの進行方向はわかっている。

 威力は落ちるが、ここから撃っても充分届くだろう。彼を殺すことは叶わないだろうが、意趣返しは出来る。


 もはや、それが戦略的に意味があろうが、なかろうが、関係ない。

 だってこれは、最初から私情に満ちた戦いだったのだから。


「我が剣は聖なる刃 あまねく邪を断ち 全てを無に還す」


 聖剣を発動させると伝えられる呪文を口にする。

 周囲に風が舞い、足元に魔法陣が展開された。聖剣に魔力を吸い上げられていく感覚があり、同時に、自分の力が最大限に増幅されていくのがわかった。


「約束された勝利の剣 エクス――」


「本当に救いようがありませんわね……愚かな方」


 胸に魔力とは違う衝撃が走った。

 強い打撃に、インテグラは前のめりに身体を倒す。しかし、足元は濁流だ。なんとか踏み止まって、自分の状況を確認した。


「かっ……は?」


 口の中が鉄臭い。

 喉の奥から込みあがる液体を吐き出して、インテグラは自らの胸元を見下ろした。


「え?」


 深紅の甲冑を貫通する白銀の剣。光魔法の文字が刻まれた剣を彩るのが血であり、それが自分のものであると理解するのに、随分と時間がかかった気がする。

 打撃だと思っていた衝撃は、剣による刺突だった。


「もう少し、賢い国王だと思っていましたのに……愚王であったお父様と、あまり変わらない類の方でしたわね。いいえ、一応は国益になると思って行動していたお父様の方が、まだマシだったかも。だって、あなたのそれは王に非ず。ただの私情。わがままでしょう?」


 全身から力が抜けていく。今までインテグラの魔力を吸い上げていたはずの聖剣はみるみる輝きを失っていった。

 口から泡のような血を吐きながら、インテグラは背後を振り返ろうと試みる。


「なん……あた、くしは……」


 現状を受け入れられずに、インテグラは否定の言葉を口にしようとする。


 あたくしは、まだ負けていない。

 まだ戦っている。

 こんなところで、負けるはずがない。死ぬはずがない。

 こんな……なにも成せないまま死ぬなんて、ありえない!


「愚か者には興味はありませんわ。国王としても最低で、尚且つ、自分の欲しいものはなにも手に入れられない無能。ただ無意味に死ぬのが、お似合いの末路だと思いませんこと?」


 背を蹴られ、その衝撃で胸から刃が抜ける。

 自分の身体が傾く様は、酷くゆっくりと感ぜられた。


「無、能……? あたくし、が?」


 既に息絶えた風魔法使いの武官が、木にぶら下がっている。太陽を遮るように飛ぶ鷹の声が、やけに耳についた。


 それなのに、自分を刺した人物の顔は見ることが出来なかった。

 ただ……月の宝冠を頂いたような、美しい銀の髪だけが視界に焼きつく。


「オ、ルフェ……」


 あの男と同じ。

 ずっと勝ちたかった。

 屈服させたかった。

 ……手に入れたかった。

 あの男と同じ髪の色が、インテグラが最期に見たものであった。

 

 

 

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