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53 身勝手な愚か者

 

 

 

 やっぱりか。

 そう言いたげに、クロスは唇の端を吊り上げた。


「クロス様、先ほど、風の精霊から――」

「良いよ。知ってる」


 いつものように風魔法の報せを報告しようとしたリリィシアを制した。予測して、あらかじめ自分の方でも情報を探っていたのだ。【精霊隷属アブソリュート・オビーディエンス】の力を使えば、たいていの魔法は自在に操れる。別に戦闘にのみ特化した能力でもない。


 後方のアンデッドたちが交戦しているのは、囮だろう。

 本命はクロスたちに仕掛けてくるはずだ。

 随分と単純な戦法だ。しかし、こちらの戦力分散という意味では、理にかなっているか。


「面倒だ」


 アンデッドの軍団とは分離されている状態だ。

 敵軍は総勢三万。第七階級の魔法を駆使すれば、ギリギリ一撃で消し炭に出来るだろう。だが、その場合、クロスの消耗が激しい。


 十中八九、オルフェウスが来るだろう。

 残った魔力で相手をするには面倒だ。

 けれども、多勢に対してマトモにやりあっても、どの道、消耗は避けられない。

 そういう作戦なのだろう。もしかすると、以前にアッカディア軍を消し飛ばしたときに、クロスの魔力量を試されていたのかもしれない。

 駒に使われる兵士たちは、そんなこととは知らないだろうが。


 クロスが魔王になるならば、オルフェウスは勇者になるか。

 だが、勇者であった頃のクロスとは違う。


「クロス様なら、大丈夫ですわ」


 リリィシアが笑って手を叩いた。


「お前、別に俺の味方じゃないだろ?」


 心が読めない笑顔。しかし、心の中が透けて見える。

 リリィシアは何食わぬ顔で手を叩いていたが、やがて、更なる笑みを貼りつけた。なにも知らない者が見れば、妖精のようだと絶賛するかもしれない。


「いいえ、クロス様に頑張って頂きたいのは、本心ですわ」

「へぇ?」

「敵は強大であればあるほど良いのです」

「ふぅん」


 特に興味もなく、クロスはリリィシアから視線を外した。

 脳内お花畑姫の相手もそこそこに、クロスは前に歩み出る。まだ見えないが、平地の向こうには人間の軍勢が迫っているだろう。その方角を見て、黒い目を細める。


「要は魔力の消費を抑えればいい話だろう?」


 クロスは風魔法の精霊を呼び出した。と言っても、浮遊している精霊が見えるわけではない。耳元で囁くような声が聞こえるのみだ。


「そうか。アスワドたちは上手くやったか」


 風魔法で状況を確認する。アスワドとデュラハンには、ちょっとした役目を与えておいた。弱体化した魔族でも出来る簡単な仕事だ。

 あとは機を待つだけ。


「クロス様、少しお暇をもらっても構いませんか?」


 リリィシアが微笑んだ。彼女がそんなことを言うのは、これが初めてである。クロスに隠れて工作していたときは、勝手にいなくなっていたが、その必要もなくなったためだろう。


「おっと、世界を救うお仕事か?」

「そのようなものですわ。些細なことにございます。すぐに戻りますので、ご安心ください」

「勝手にすればいい。足掻くだけ足掻けよ」


 銀の髪を一房掴んで引き寄せる。

 髪を引っ張られて、リリィシアは表情を歪めながら、地面に倒れ込んだ。胸の辺りを踏みつけると、リリィシアの呼吸が一瞬止まる。だが、すぐに荒い息を繰り返して、正常に整っていく。


「はぁ……は、ッ……ん、ふ」


 苦痛から笑顔へと表情が戻っていく。

 その様を見て、クロスは自分が興奮(・・)していたと自覚する。

 リリィシアの表情が崩れるのを見るのが愉しい。いつもの笑顔が外れて、苦痛に歪む一瞬を見ることに快感を覚えていた。

 その快感を得るたびに、自分がまだ悦びを得ることが出来るのだと実感する。ただそれだけを確かめる儀式のようなものだ。


「……では、失礼します」


 特になにも言わず、リリィシアはクロスの前から立ち去る。

 クロスは視線で追うが、すぐに興味を失くしてしまう。別段、彼女自身に興味はない。


 ただ歪んだ顔が見たいだけ。

 自分の歪んだ愉悦を満たすだけ。

 それだけだ。




 † † † † † † †




「汝、何故あの男と共に行動している?」


 デュラハンに問われて、アスワドは口を曲げた。

 クロスに指示(・・)された作業は概ね終わった。あとは機を見計らうだけだ。


「儂と一緒に来たのは、そんなことを問うためか?」


 岩の上に置かれたデュラハンの首。首なし騎士と呼ばれる魔族が、首だけでそこにいる。なんとも言えない奇妙な光景であった。

 もっとも、今は魔力が尽きているだけで、数日経てば身体や馬も元に戻るだろうが。魔の火山が封印されているせいで、魔力の供給が追いついていない故だ。


「汝、魔王……いや、前魔王スィヤフ様の縁者であろう?」


 デュラハンの言葉にアスワドは動きを止める。

 岩の上に置いた首を睨む。甲冑で隠された表情は見えず、声からも読むことは出来なかった。


「……同じ里にいただけだ」

「同じ地脈の魔力で育ったのだから、精霊の格が同等であっても不思議はない」

「その話は辞めろ……儂は聞きたくない」


 アスワドはデュラハンから視線を逸らした。


「火山の封印が解き放たれれば、我らにも力が戻る」


 いつの間にか、デュラハンの声が近づいていた。ハッと振り返ると、宙に浮いた首がアスワドのすぐ近くに迫っていた。


「汝が辞退者なのではないか?」


 問われて、アスワドは表情を硬直させた。


「最初に選ばれた魔王候補はダークエルフの女であったと聞いていたが――」

「黙らぬか!」


 つい声を荒げて、デュラハンの言葉に重ねる。

 しかし、すぐに冷静さを取り戻す。


「もう昔の話であろうに……思い出させてくれるな」

「やはりか」


 デュラハンが納得したように口を閉ざした。


 魔王として最初に選ばれたのは、アスワドだった。

 だが、アスワドは逃げたのだ。


「儂には務まらぬ」


 魔王に選ばれたにもかかわらず、役目を辞退した。

 理由は単純だ。強大な魔力を保有する魔族の長になることが怖かった。そんな力を持ってしまって、自分を保っていられる自信がなかったのだ。実際、力に魅せられて堕ちた魔王は数多くいる。


 それに、里から離れたくなかった。

 アスワドにとって、自分が生まれた里こそが世界であり、唯一の守る場所だったから。それ以外になにもいらなかった。


 だって、そこには――スィヤフがいたから。


「儂は身勝手な愚か者だからな」


 結局は全て失った。

 アスワドが魔王を辞退したことで、次に選ばれた男が里を去った。それでも必死で守ってきた里は、もうない。人間に滅ぼされた。


「今はただ人間を殺してやりたいだけだ」


 一人でもたくさん。

 アスワドの大切なものを奪った人間を――。


 ――アスワド、里を頼む……そして、愚かな我を許せ。

 ――僕を止めてくれて、ありがとうございます……みんなを、助けてください……。


 誰も喜ばない。

 ただアスワドがそうしたいだけ。


 ユキカリアで目につく人間を片っ端から殺した。

 ただ無心になって。なにも考えないように。

 人間など嫌いだ。アスワドから全て奪っていった。神殿も王族も、皆滅べばいい。


 それなのに、何故だ。

 何人殺しても、心が晴れることなどなかった。

 殺し尽くすしかないのだろうか。


 自分がなにを望んでいるのか、わからない。


「儂は自分が……わからぬのだ……」


 わからない。

 どうすればいい。

 どうしたい?


「であるならば」


 デュラハンが耳元で囁く。


「汝に与えられた本来の責務を果たしてみても、良いのではないか?」


 その声は明るい道標なのか。

 それとも、奈落へと堕ちる坂道なのか。

 アスワドには判断が出来なかった。

 ただ自分に問おうにも、一向に答えが出ない。


 

 

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