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51 リリィシア

 

 

 

 お父様は、嫌いです。

 だって、とても頭が悪いの。


 あんなわからず屋は、国中を探しても稀でしてよ。だから、勇者様をお迎えしたら、真っ先に殺して差し上げようと思います。当然でしょう? いても、邪魔ですもの。


 お母様のことは、そんなに嫌いでもありません。

 割と合理的な方ですから。


 恋や愛などと謳わずに、ちゃんと割り切っていらっしゃいますもの。愛人に夢中になって国庫を食い潰したのは頂けませんが、他の国でも似たようなことはありますからね。それに、お父様が続ける戦争の方が、お金がかかりますもの。

 召喚する予定の勇者様のお眼鏡にかなったら、離宮に幽閉でもしておきましょう。殺されてしまうなら、どちらでも構いませんが。庇うほどの価値もありませんし。


 お姉様のことは、それなりに好きですよ。

 頭は良くないけれど、すごく扱いやすいの。


 わたくしが笑いながら、「流石はお姉様です!」と言ったら、なんでもしてくださるのよ? あれだけの才能と魔力がありながら、あんなに馬鹿で脳筋な方は見たことがありません。

 お父様にそっくり。だけど、調子に乗せやすい点では、とても好ましいと思うの。まあ、召喚の儀式が終わったら用済みですけれど。


 お兄様のことは、大好きです。

 縁者の中で、唯一尊敬出来る方ですわ。それは、もう!


 凡庸などと言う方もいますけれど、わたくしは、そう思わなくてよ。ええ、魔力は凡庸でしょう。王家の出自で、あの魔力は流石に可哀想だと心配しておりましたが、杞憂でした。とても聡明で、素晴らしい戦士になりましたから。きっと、国王に御即位なされたら良い治世をお築きになられたことでしょう。


 勿体ないです。

 だから、お兄様には大成して頂こうと思いますの。


 魔王を倒す英雄は素晴らしい方でなくてはならないでしょう? 適当に召喚した使い捨ての勇者などに務まるはずがございません。誰からも愛される英雄には、条件があるのです。きっと、お兄様なら大丈夫ですわ。


 多少の代償はあるようですが、些細なことです。

 だって、お兄様はとても凄いの。

 ご自分の力で切り抜けられる方です。そう。そういう役回りが、きっと好きなのですわ。とっても、お似合い。だから、多少苦労しても大丈夫でしょう。

 困難がお似合いだなんて、とても凄い。

 わたくしには、耐えられませんわ。お兄様のそういうところ、大好きです。尊敬します。

 きっと、与えられた困難にも、喜んで立ち向かってくれることでしょう。素晴らしいです。


 総合すると、わたくしは自分の家族を、どちらかと言うと好ましく思っておりますとも。愛されていないわけでもありません。


 だったら、失うのは怖くないのか?

 逆にうかがいますが、どうして失うことが恐ろしいのでしょう?

 わたくしには、わかりません。

 だって、放っておいても人の命は失われるものでしょう?


 それが摂理ですから。それが調和ですから。それが当然ですから。


 少し早いか、遅いかです。

 意図的に奪うか、自然に失われるか。

 唐突に消えてしまうくらいなら、きちんと心の準備を整えて、故意に奪ってしまった方が良いではありませんか。本当に好きなら、そうするべきです。


 ああ、勇者様。

 今から楽しみですわ。


 あなたの壊す世界が、あなたの創る世界が。


 きっと、理想の世界になるでしょう。

 あなたが討ち破られる瞬間が、とても楽しみなのです。




 † † † † † † †




 風魔法の報せを聞いて、リリィシアは微笑んだ。

 唇に優美な笑みを描く。

 されど、菫色の瞳をはめ込んだ目は微動だにしなかった。


「ああ、なんて愚かなのでしょう」


 アッカディアの王都から出発する軍の編成に違和感を覚えた。

 これはクロスを討つための軍勢だろう。しかし、おかしい。


 中枢の会話や作戦内容については、結界が張られていて諜報することは出来ない。全ては憶測だ。

 だが、リリィシアにはわかっていた。


 これはアッカディア女王の失態だ。

 よもや、この段にオルフェウスを討とうなどと、馬鹿な考えである。

 身の程を知らず、状況を読まないのは、どこの国王も同じなのだろうか。愚王であった父のように。

 女狐と称される女傑だ。少しは期待していたが。


「面白くありませんわね」


 リリィシアは踵を返す。風の精霊は再びどこかへ掻き消えていってしまう。


 胸元に手を当て、視線を落とした。

 しかし、首を横に振る。


「なにか良いことでも、あったのか?」


 いつの間にか、背後に気配。

 リリィシアは優しげな笑みを貼りつけて、ゆっくりと、落ち着いて振り返った。


「いいえ、なにもありませんわ」


 そう言いながら笑う。

 リリィシアを見下ろして、クロスが訝しげに眉を寄せた。風魔法の報告を受けていたことは、勘付いているようだ。

 得た情報を聞きたいのか、クロスはしばらく、リリィシアを見据えていた。


「お兄様が出陣されたみたいなので」

「そうか。案外、遅かったな」

「アッカディア女王の体調が優れなかったようですから」

「……ああ、なるほどね。あれでも、一般人が使えるように結構妥協した性能だったんだけどなぁ……俺専用だったら、もうちょっとロマンが盛れたはず」


 魔道具の性能についてブツブツと呟きながら、クロスは腕を組んだ。

 この元勇者、生産者気質の部分がある。料理についても、魔道具製造についても、一定のこだわりを持っているようだ。


「また面倒臭そうな戦いを仕掛けてくるんだろうな」

「クロス様なら、問題ありませんわ」

「俺、何度も死ねるような羨ましいチート持ってないし。あれ、反則級だろ。交換して欲しいよ」


 元の強さが比にならないほど違うので、ここまで来ると謙遜とは言えない。しかし、クロスは本気で自分の祝福が弱い(・・)と思っているようだ。


 自分の価値と恐ろしさを理解していない。

 だから、百年前の世界でもバケモノと恐れられて排除されたのだ。この元勇者は全く理解していない。


 きっと、今より無欲で献身的だったのだろう。先日消し飛んだ聖女のように。

 もっと自分の立場を理解して、利己的に上手く立ち回れていたなら、こんなことにはならなかっただろうに。

 それが彼の悲劇か。

 しかし、だからこそ、リリィシアの目的には合致する。


「ところでさ」


 魔道具について一頻り考えるのに飽きたのか、クロスはニヤリと笑ってリリィシアを覗き込む。

 ゾッとするような笑みだった。


「今のところ、お前の計画って上手くいってるのか?」


 リリィシアの笑顔が一瞬、凍りつく。しかし、剥がさない。優しい笑顔を貼りつけたまま、リリィシアは杖を握り直す。


「ええ、クロス様のお陰で順調ですわ」

「そうかい。そりゃ、よかったな」


 ミシリ。

 音を立てて、心の一部が崩れていく。

 その音を聞かれているような気がした。笑顔はそのままだ。決して、この仮面は剥がさない。


「問題ありません」


 そう、問題ない。

 些細なことだ。

 リリィシアは精一杯の笑みで、クロスを見つめ返した。興味深そうにリリィシアを覗き込む表情がおぞましく、煩わしい。


「最後に勝つのは、わたくしですから」

 

 

 

 リリィシアはドMなお兄様がお気に入りのようです。

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