48 デュラハン
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申し訳ありません。
「だからこそ、問いに来たのだ。魔王殺しの勇者よ」
フルメイルの甲冑ごと首が外れる。
いわゆる首なし騎士。デュラハンだ。
魔族であり、元魔王の幹部でもある。クロスが勇者として旅をしていたときに、四天王の一番手として出てきた。
魔力の波長から、あのときのデュラハンであるとわかる。
「よくもまあ、百年も俺のことを覚えていたな。ご苦労様だ」
「忘れるものか。魔族の百年は短くはないが、そう長いものでもない」
アスワドも納得した表情だった。
「忘れはせぬ。お前のことも……我らが味わった屈辱もな!」
言った瞬間に、デュラハンの手に槍が現れた。
漆黒のオーラを纏った紅い槍だ。デュラハンは躊躇なく、槍をクロスに向けて薙いだ。
「おおっと」
クロスは反射的に槍をかわし、後すさる。
左足に重心を預けて地面を踏みしめた。
「問いに来たって言う割には、問答無用だな」
右手をかざして、魔法陣を発生させる。
「【魔道具召喚 退魔剣アロンダイト】」
空間魔法が開き、大振りの剣が現れる。
百年前の世界でアッカディアの王族に剣を一振り作って渡した。そのとき、ついでに作った姉妹剣である。黒と赤を基調としたデザインで、個人的に気に入った品だ。
魔力を最大に抽出して塊としてぶつけるエクスカリバー。一発のロマンを追求した遊びの聖剣だ。クロスは五連射ほど出来るが、並大抵の人間には扱えないだろう。
対するアロンダイトも、ちょっとしたロマンを追求したお気に入りである。あの頃は、遊び心を込める余裕もあった。
「久々に切れ味を試すかな」
クロスは両手で持つことも憚れるような大きな剣を片手で振り回す。
「はっ!」
デュラハンが馬上から槍を突き出した。
「魔王殺しが、今度は魔王になろうとは……笑止! 貴様のような男に従う魔族はおらぬ!」
「だが、魔王になれるほどの魔力を持った魔族なんて、今はいないんだろう?」
嘲笑うように、剣で槍を弾いた。
「ぐ……確かに、今は……しかし、我らにも矜持がある」
「このままじゃ絶滅するだろ、お前ら? それに、人間に復讐したい連中で溢れているんじゃないのか?」
デュラハンの表情は見えない。
しかし、纏う空気から屈辱の色を見出す。同時に、大きな焦りも見えた。
「俺はこの世界に復讐がしたい」
馬の突進をかわす。
「魔王を倒した勇者に対する仕打ちを、知っているか?」
「…………」
押し黙るデュラハン。
肯定という意味だろう。このデュラハンとクロスたちは、ちょっとした因縁がある。魔王が倒されたあとにクロスたちがどうなったか、知らないはずがない。
「俺とお前たちの利害は一致している。違うかい?」
「魔王は破壊者ではない! 私情で調和を乱す愚か者が!」
「先に調和を乱したのは、どっちだよ。強い力があるからって、馬鹿みたいに魔族を強化して人間やエルフの領域を侵食した結果だろうが」
自業自得だ。そう笑ってやると、デュラハンは再び黙り込んでしまった。
クロスは隙を見て、剣で馬の脚を叩き斬る。
クロスが作ったアロンダイトは退魔の剣だ。
人間や物質などは、ほとんど斬れないただの鈍器だ。けれども、魔族や魔物には効果を絶大に発揮する。
デュラハンの眷属である黒馬はアロンダイトの一撃を受けた瞬間に、霧のようになって消滅してしまう。手応えも豆腐を斬るように呆気ないものだ。
一刀両断の退魔剣はロマンである。
全てを吹き飛ばすコンセプトで作ったエクスカリバーに対して、魔を確実に斬って消滅させるアロンダイト。
「自分たちの都合で他の種を過剰に蹂躙していたじゃないか。こちらの都合で殺されたところで、文句は言えないはずだけどな? 俺の復讐に口を出せるか? 従えない輩に強制はしないさ。でも、中には殺したくて殺したくて仕方のない奴もいるんだろう?」
横目でアスワドを見ると、黙ってクロスたちを見据えているだけだった。
彼女もまた、クロスと同じように復讐を望んでいる。だからこそ、クロスと共に来ているのだ。
「……だからこそ、そのような輩を抑えねばならんのだ!」
否定はされなかった。
アスワドと同じように、人間に復讐したい者は魔族にもいるということだ。
そして、少なからず、このデュラハンも。
「【我、命じる 汝ら此処に集い 我が刃となれ 水圧剣】」
水辺ではないので希薄だが、周囲に漂っていた水精霊が一気に集結する。
アロンダイトの刃そのものが水となり、魔力を発した。
水が激しく噴出し、まっすぐにデュラハンに襲いかかる。
「高圧洗浄機だよ」
高圧で水を噴出することで物質を斬る。
ウォーターカッターの威力はなかなかであるとテレビで見て知っていた。こんな魔法の使い方をするのは、百年前の世界でもクロスだけであった。
「くっ……なんの!」
デュラハンが自分の首を投げ出して、水の刃を受け止める。
しかし、刃はアロンダイトの効果を保有する。
退魔の剣に斬り裂かれ、デュラハンの槍があっさりと二分されてしまった。刃を受け止められなくなった身体が真っ二つに裂けて塵のように消えていく。
「やっぱり、一刀両断は気持ちが良いな」
良い汗をかいた。そんなノリでクロスは言った。
「流石はクロス様です。見事なお手並みでした」
リリィシアが大袈裟に手を叩いている。相変わらずだ。
アスワドは腕を組んで不機嫌そうである。こちらもいつも通り。
「ご主人様ぁ、とっても素敵ですぅ! でも、ご主人様の最高傑作は、このイスファナちゃんだと思いまーす!」
イスファナが豊満な胸を揺らしながら褒めてくれる。娘のような存在から褒められると、素直に嬉しい。父親というのも、いいものだ。
「くっ……殺せ!」
クロスの足元から、屈辱に歪んだ声が聞こえる。
地面に転がったデュラハンの首を見下ろして、クロスは薄く笑った。
「姫騎士みたいなこと、言ってるんじゃない。首なし騎士のくせに……ああ、首だけ騎士かな?」
「なんの話だ!」
傍らに腰をおろして、デュラハンの首を指先でコロコロ突いてやる。「や、やめぬかっ!」と慌てた様子が面白おかしい。
「とりあえず、顔を拝むかな」
「おい、やめよ!」
「そうやって、百年前も見せてくれなかったじゃないか」
「だから、やめぬか!」
フルメイルの甲冑に手をかけると、デュラハンが激しく抗議した。
そんなに甲冑の中を見られるのが嫌なのか。もしかすると、ハゲを気にするオッサンかもしれない。
しかし、身体がないので抵抗は全く出来ない。されるがままの状態である。
「魔道具?」
甲冑に触れた瞬間、魔道具であることがわかった。防御魔法などではない。だいぶ手が込んだ魔道具だが、もっと別の用途で作られたようだ。
「辞めぬか、辞め――ふぇぇぇえ! やめれくらさいー!」
甲冑を外した途端に、舌足らずの情けない声が聞こえた。
漆黒の甲冑の間から見える顔は、若い女のものだった。切れ長の瞳が印象的なクールビューティ風味。緑色の髪がツヤツヤで綺麗だ。
だというのに、
「それがないと、ちゃんと出来ないのれふ……魔王の幹部だから、威厳がないとダメなのれふ……」
人格矯正の道具か。
クロスは苦笑いして、甲冑をそっと戻してやった。
メインの連載が完結したので、ちょっと余裕が出来そうです。




