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45 独占欲

 第4章です。

 この章でも人が死にます。

 

 

 

 震える右手。

 抑えようと、インテグラは左手で手首を掴む。しかし、その手にもあまり力が入らなかった。


 寝台の上で脱力している間に、気がつけば夜が訪れていた。

 インテグラは国宝である聖剣を二日前に使用し、今もこの有様である。


 その昔、勇者クロス・カイトが作り、アッカディア王に授けた聖剣。

 使用者の魔力を吸い上げて強大な力の塊へと変換する魔道具だ。オルフェウスやアリアが有する祝福に比べれば単純でわかりやすい仕組みである。


 制作者のクロス・カイトは同じような魔道具を何種類も保有し、用途に応じて使い分けていたと記述されていた。現代においてクロス・カイトと戦って生還した兵の話でも、複数の魔道具を使っていたという話だ。


「どのようなバケモノだと言うのですか」


 インテグラは思わず呟き、もぞりと寝返りを打つ。

 寝台の上で絹の擦れる音がした。


 並みの人間が使えば、魔力が枯渇するまで吸い上げられる代物だ。確かに、魔力を効率的に力へと変換させる有意義な魔道具ではあるが、燃費が悪すぎる。

 歴代の王の中には、アレを使用してそのまま死んでしまった者もいた。稀代の魔法使い(ウィザード)として適性を持つインテグラでさえ、この有様だ。連発すれば、この身ごと吹き飛ぶかもしれない。

 あんな魔道具を複数使い分け、尚且つ、攻撃を連射出来るクロス・カイトの魔力がバケモノじみているのだ。


 いや、バケモノである。


 当時の権力者たちが血眼になって始末しようとした理由が容易にわかる。

 全属性の魔法を上級まで使いこなすだけではない。無尽蔵とも言える途方もない魔力量は間違いなく脅威だ。


「……女王の居室への侵入を、誰が許可しましたか」


 インテグラは半身を起こし、視線を窓に向けた。

 窓から入る風によって、カーテンがふわりと帆を張るように広がる。


「失礼した。あまりに結界が脆かったからな。逆に心配になって様子を見に来たのだが」


 カーテンの向こうから男の声がする。

 インテグラはあからさまに表情を歪めて、右手をあげた。

 押さえつけられたように、カーテンが動きを止める。そして、レースの向こう側にいた顔が露わになった。


「あなたに心配される義理はなくってよ。オルフェウス」

「そうか。これでも気を利かせたつもりだったが」


 白々しい。


「馬鹿にしないで頂けるかしら。少し疲れているだけです」


 インテグラは紫水晶の瞳で憎々しげにオルフェウスを睨んだ。


「神殿領はアッカディア領内とはいえ、長旅だっただろうからな」


 インテグラが神殿領へ行っていたことを言い当てられる。訝しげに眉を寄せると、オルフェウスは補足するように付け足した。


「謎の魔物と共に大神殿を吹き飛ばした魔法使いがいたと聞いたのでな。私が知る限り、そのようなことを成せるのはユキカリアにいる魔王か、アッカディア王家が保有する聖剣くらいだったからな。そして、目の前ではこうしてインテグラ陛下が魔力を疲弊させて休んでいる」

「……そうね。あなたの言う通り、あたくしは神殿領で聖剣を使いました。緊急事態でしたから。それがなにか?」


 したたかに笑いながらも、腹の底では黒い感情が湧く。

 昔から抱いている感情だ。


 劣等感、敗北感――違う。もっと別の、もどかしいなにかだ。


「いいや、なにもない。ただ、女王陛下自ら神殿領に赴く理由が知りたかっただけだ」

「聖女が囚われたのです。神殿と今後について話し合うのは当然でしょう? それとも、責任をとってくれるのかしら?」


 お前のせいで、貴重な聖女が潰れてしまった。

 そう言わんばかりに、インテグラは笑みをしたためる。対するオルフェウスは何食わぬ顔で、壁に背をもたれかけた。


「最初から使い古すつもりだったくせに」

「あら、上手く使えば、もう少し長く持ったのではありませんか?」


 挑発的な態度を崩さないオルフェウスに釘を刺す。


「ただ死なないというだけで、能力はなにも変わっていない。聖女や魔王に比べて、とてもお粗末な祝福ですこと」


 最大の嫌味だった。

 インテグラは知っている。オルフェウスが幼少期より優秀な妹姫たちと比べられてきたことを。その才能の差を埋めるために行ってきたことも。

 だからこそ、彼を揺さぶる言葉を選んだ。


「あまり」


 微弱な魔力の波動を感じ取る。

 刹那、バルコニーに立っていたはずのオルフェウスの姿が消えた。


「このオルフェウスを舐めてくれるな、女王陛下」


 インテグラの首筋に手が触れる。

 一瞬で寝台の脇まで移動され、インテグラは背筋が凍った。


 インテグラは後衛型の魔法使い。オルフェウスは前衛型の魔闘士。

 この状態で、至近距離に迫られたオルフェウスを退ける術などない。


 空気が重く、呼吸が苦しく感じた。


「私は無償で戦った、かつての勇者などとは違う」


 首に触れた手が下がった。しかし、解放感はない。

 インテグラは息苦しい空気の中で、オルフェウスを睨みあげる。


「どうかしら。最後に勝てるとは限らなくてよ」


 勝ちたい。


 ずっと昔から、オルフェウスに対して抱いてきた感情だ。

 学友時代からそうだった。インテグラと比して凡庸なくせに、容易く課題をこなすオルフェウスに劣等感を覚えていた。勿論、彼が人の見えないところで尋常ではない努力をしていることは知っていた。

 それでも、生まれ持った才能が凡人に覆されるのは気分が良くない。

 最終的に首席を取ったのはインテグラだった。女王に即位して、歴史に名を残せる程度に政も動かした。


 けれども、アッカディアとの和平交渉の持ちかけや、戦場での数々の名声、不死鳥の祝福――インテグラは精一杯やっている。それなのに、いつも上回ってくるオルフェウスは邪魔でしかなかった。


 才能には比べ物にならないくらい差がある。

 身分だって、先に即位した自分が上だ。

 バケモノのような祝福など、欲しいわけではない。


 それなのに、言い知れない劣等感はどこから湧くのだろう。


「あたくしが勝ちます」


 共闘?

 そんなことをするつもりは、毛頭ない。


 ただ、この男を屈服させるためなら、なんだって利用してやる。

 二度と立ち上がれないくらい折ってやりたい。

 きっと、自分はこの男が欲しいのだ。

 なんでも手に入るインテグラが手に出来ない。届かない。だからこそ、欲しくて堪らなくなる。

 歪んだ独占欲だ。


「どうだか」


 オルフェウスが顔を逸らす。

 横顔が大人びて見えた。

 戦場の経験数の差か。元勇者との戦闘のせいか。いやに落ち着いているように思えた。


 その顔が余計に遠い気がして、インテグラは奥歯を噛んだ。

 

 

 

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