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43 かつての聖女

 

 

 

 神殿を統括する存在である大神殿。

 魔の火山の麓に領土を持つ神殿領の中枢に存在する。神殿の要であり、人族の砦。力が弱っているとはいえ、未だに火山を降りようとする魔族たちを殲滅する役割も持っている。

 昔の冒険者ギルドの性格を受け継いでおり、数々の優秀な魔法使い(ウィザード)剣士(ソードマスター)などが集まっている。最前線と言える場所でもあった。


 大神殿に魔のものが紛れ込むことなどない。

 あったとしても、すぐに殲滅の対象となる。ここは魔にとっては、地獄であろう。逆を言うと、最前線でありながら、一番安全な場所とも言える。


 そんな大神殿の中枢。

 聖女アリアによって閉ざされたはずの転移門が突如として開いた。そして、門の向こうから現れた「ソレ」に誰もが眉をひそめる。


「なんだあれは……」


 魔族……いや、魔族とは人の姿をしているものだ。

 ソレには四肢や胴は存在しているが、およそ人間の形には見えない。だが、魔物のように獣の姿をしているわけではない。


「……ワタ、シ……」


 口のような形をした穴から声が聞こえた。

 皮膚が腐った泥のように溶けて剥がれ落ちている。

 伸ばされているのは腕だろうか。出来の悪い泥人形のような容姿のソレが這いながら進んでいた。何本もの槍が身体に刺さっても死なず、矢にも怯まない。

 紅い目が禍々しく光り、背中からは六対の翼が生えている。蒼白い長い髪は一本一本が蛇のように生きており、ドラゴンのような長い尻尾が三本うねっていた。キメラのようにも見えるが、別物であると断言出来る。


 魔族でも、魔物でもない。人間などでは有り得ない。

 完全なバケモノの姿に、誰もが慄いていた。


「ハナシ、キイテ……ワタシハ……」


 人の言語のようなものを叫びながら、バケモノが一歩一歩前に歩く。そのたびに武器や魔法が飛び、集中砲火を浴びていた。


「こいつ不死身か!?」

「だが、効いているようだぞ……!」

「嘘つけ、効いてねぇよ!?」


 何度も何度も攻撃を受けながら、バケモノは進む。

 なにが目的なのか、知る者はいない。

 もしかすると、カルディナ王都やユキカリアを死都に変えた魔王の放った産物だろうか?

 聖女の率いた軍勢が敗走したという話を聞いて、手を打った(・・・・・)ばかりであるのに。


「ワタシハ、タダ……タダ……」


 失われた四肢が盛り上がって、新しい腕や足が再生されていく。そのたびに禍々しさと不気味さが増していき、不可解な姿へと変貌していった。


 けれども、不思議なことに、そのバケモノはただ進むだけである。

 なにかを求めるかのように前に進んでいくだけ。反撃もせず、ただ攻撃を受けている。


「ワタシ……マチガッテナイ……ミンナ、キイテ……」


 人の言語のようだった声も、既に獣の咆哮にしか聞こえない。

 バケモノは転移門の広間から出て、神殿の中を歩く。大きな六対の翼と尻尾が入口を通るのが邪魔であったのか、扉が破壊された。


 神官たちが巡礼している信者を避難させようと走る。

 建物の一部が破壊されたことで、多くの者が逃げ惑った。


「な、なに……? なにが、あったんですか? わ、わたし、どうしたら……!」

「早く、こちらへ!」

「幸い、まだ害を加える気はないようだ!」


 神殿の奥から一人の娘が、何人かの神官に連れ出されていた。

 少女というには大きく、女性と呼ぶには幼い娘。

 青くて長い髪を揺らし、吟遊詩人らしい弦楽器(リュート)を抱えた娘であった。怯えた顔でバケモノを見ていたが、やがて、神官たちに引かれて走り去る。


「エ……エ……?」


 バケモノの動きが止まった。

 逃げようとする青い髪の娘を見つめて、歩みを止めている。


「ドウイウ……?」


 青い髪の娘は、いわゆる「代替え品」であった。

 聖女の率いた連合軍が敗走し、聖女本人も捕えられたという報せを聞いて、神殿が用意した紛い物の聖女。奇跡を起こす能力などないが、容姿がよく似た娘を選んで連れてきた。


 奇跡の力は聖女アリアが充分に見せつけてきた。その力がなくとも、軍を纏めて指揮する役目であれば誰でも構わない。それが敗走した軍に下されたアルカディア女王からの指示であり、神殿もそれに従って「新しい聖女」を用意したのだ。


 魔王を倒すための連合軍。そこに綻びを生じさせないための延命措置である。次はないかもしれないが、まだやれる。そういう判断であった。


「ア……ア……アアアアアァ……」


 バケモノが今まで見せなかったような悲鳴を上げながら、「新しい聖女」に向けて走り出した。

 進路を阻む神官を数人薙ぎ倒して突進していく。他の者になど興味がないと言いたげに、虫のように踏み潰していった。


「きゃぁああ!? や、やだ……な、な……やめて……!」


 青い髪の娘は恐怖に泣き叫びながら、その場に尻餅をついた。


「ラミア様……! ぐぇっ」


 助け出そうとする神官がバケモノの一撃で吹き飛んだ。上半身を木端微塵にされ、肉片だけ残った下半身が壁に紅を描き殴る。


「やだ……やだ……」


 ラミアと呼ばれた娘は泣きながら後すさる。抱えていた弦楽器を武器のように構えるが、効果はない。


「わ、わたしは……せ、聖女です……! 聖女になって、世界を救えって……そう。救わなきゃ。わたしが、救うの……!」


 ラミアは自分がなにを言っているのかわからないまま、一心不乱に叫んでいた。ただ神殿の人間に教え込まれた思想を口にして泣いている。


 ただの娘なのに。

 なんの力も持たない娘なのに。

 そんな娘が聖女と名乗って、世界を救えと教え込まれている。


「カワイソウ……カワイソウナ、コ……ワタシト、イッショ」


 バケモノが爪の先でラミアの身体を持ち上げた。ただの娘に過ぎないラミアは呆気なく身体を浮かせてしまう。


「やだ……わたし、聖女になるのよ……」

「セイジョナンテ、ナレナイ」


 バケモノの言っていることがわからず、ラミアは四肢を動かして逃げ出そうともがいた。


「カワイソウナ、コ」

「え?」


 しかし、もがくラミアの目に、ふとバケモノの表情が飛び込んだ。


 涙がこぼれている。

 悲しんでいる。


 それに気づいた瞬間、ラミアは抵抗を辞めた。そして、バケモノの言葉を聞こうと耳を傾ける。

 どうして、そうしようと思ったのかラミア本人にもわかっていない。ただ、何故だか共感する。通じるようなものがあった気がした。


「あなたは……」


 このバケモノは、もしかすると感情があるのかもしれない。人間のような言葉を持っているのかもしれない。

 ラミアは恐る恐るバケモノに向けて手を伸ばす。泥のように溶けた肌は膿んでいるみたいで気持ちが悪いが、体温のようなものが伝わってくる。


「カワイソウナ、コ……セイジョ……」


 バケモノが涙を流しながら訴える声が聞こえた気がした。

 ちゃんと言葉を聞けば、通じ合える。そんな期待を込めて、ラミアは口を開いた。


「もっとお話が――」

「スクッテアゲル」


 わずかに作った笑顔のまま、首が胴から離れてポトリと落ちる。

 頭を失った身体はしばらく痙攣するが、やがてダランと垂れ下がって肉の塊と化した。


「カワイソウ……ダレモ、スクエナイ……アナタモ、スクワレナイ……」


 不気味な奇声があがった。


「アハハハハハハハ!」


 泣いているような、笑っているような。

 甲高い声をあげながら、バケモノは天を仰いだ。その途端に神殿の屋根が崩落し、蒼い空が露わになる。


「ドウセ、ダレモ、スクエナイ……ユウシャハ、マオウニナッタ……ミンナ、コロサレルノ」


 崩壊した建物の下敷きになって、何人もの人間が死んでいく。

 生き残った人間を一人ずつ潰すように踏みつけながら、バケモノは再び進みはじめる。


「ドウセ、ミンナコロサレルナラ、ワタシガ、ココデコロシテアゲル……スクッテアゲル」


 不気味な咆哮が響き渡る。

 泣くように、笑うように、歌うように。

 圧倒的な力で次々と命が散る。

 舞うように、散るように、救うように。




「まったく、面倒なことになったものです」


 その惨状を高台から眺めて息をつく者があった。


「陛下、お下がりを。ここはもう危険です」


 アッカディア女王インテグラは紅いドレスを翻して、崩壊する神殿を睨む。

 連合軍の敗走を受けて、女王自ら赴いて神殿との密談を行っていたのだ。使いを寄越しても良かったが、誰かに聞かれても困る――(こと)にオルフェウスの耳に入れては不味い。


「今代の神官たちは腑抜け揃いね。魔族が弱って、技を磨くことを怠った結果ということかしら……代わりに争いを続けてきた我がアッカディア王家と、カルディナ王家が魔法を極める結果になるなんて、皮肉なものだけど」


 彼女は得意とする闇属性の魔法で空間を開く。そこに収納されていた一振りの剣を取り出した。

 同時に華美なドレスが一瞬で消え去り、深紅の甲冑へと変じる。


「インテグラ陛下、それを使用するのは……!」

「構うものですか。もう、ここは終わったも同然です。それに、神殿は用済みでしてよ。面倒な輩を消し去る口実が出来たというものです」


 インテグラは長剣を両手で構えた。


 眩い黄金に輝く一振りの剣。

 百年前、アッカディア王家が勇者から賜った聖剣である。魔道具を製作する技術に長けていた勇者クロス・カイトは数々の武器を作り、使用していた。

 アッカディア王家に伝わる聖剣は代々の国王に受け継がれてきたものだ。


「我が剣は聖なる刃 あまねく邪を断ち 全てを無に還す」


 聖剣発動の呪文として伝わる詠唱を口にして、インテグラは魔力を込める。風が周囲に舞い、足元に魔法陣が現れた。


「約束された勝利の剣 エクスカリバー!」


 剣から光が放たれ、周囲を閃光が包む。轟音と共に雷のような衝撃が塊となった。

 力の塊をぶつけられた全てのものが薙ぎ払われる。既に崩壊した大神殿も、そこにいた者も、全てのものが包まれて消えていく。


 跡形もなく。


 かつての聖女は全てを無に還す光の中で笑いながら、その身を消滅させた。

 

 

 

※クロスが考えた自称カッコイイ呪文にほとんど効力はないので、エクスカリバーも本当は無詠唱で使えます。また、魔道具のネーミングも全てクロスのセンスです※


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