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40 疾風の刃

 

 

 

「ぐっ……ッ」


 脇腹に貰った傷は思いのほか深い。

 クロスは表情を歪めて、傷口を押さえた。人体解剖で回復魔法の錬度も上がったので、これくらいなら応急処置出来るだろう。しかし、その暇も与えない追撃が襲った。


「油断したな」

「馬鹿言うなよ、ハンデだよ」


 嘲笑うオルフェウスに向かって反論する。

 聖女と話していて、少々周りが見えていなかったのは事実だ。だが、まさか殺したはずのオルフェウスが生き返るとは思っていなかった。


「お前も祝福(チート)持ちか?」


 祝福は召喚された勇者に与えられる異能。誰でも獲得出来るとは思えない。

 それとも、クロスの認識が違っているのだろうか?


「言っただろう? このオルフェウス、貴様を倒すために地獄から舞い戻ったと」


 炎弾が生成され、クロスに向けて飛来する。


「【女神の守護(リフレクター)】」


 急いで壁を作って魔法を防いだ。

 けれども、オルフェウスの上級魔法は一般よりも発動時間が短く、至近距離で防ぐには遅かった。防ぎ切れなかった爆風に身体が煽られる。


「祈ります。オルフェウス様の魔力を増幅します!」


 アリアが両手を組んで祈りを捧げる。

 オルフェウスが発生させた炎弾が大きくなり、大気を熱した。第五階級の魔法のはずだが、火力は第六階級相当まで上がっている。

 いくらクロスが魔法に卓越していても、生身で喰らえば消し飛んでしまう。


「おいおい、なんでもアリかよ……お前ら、俺より良いチート持ってないか?」


 舌打ちする。

 祈りの力でなんでも実現させてしまう聖女と、何度殺しても蘇る王子。

 精霊を強制隷属出来るが、魔法の錬度を上げなければカスのように弱かったクロスと比べれば、随分と使いやすい能力ではないか。

 いわゆるレベルカンスト状態である今のクロスが弱いはずはないが、一段上等の能力を付与されている気がして引っ掛かった。


「滅せよ!」


 オルフェウスが炎弾を放つ。

 光の壁では防ぎ切れないと判断し、クロスはとっさに詠唱した。


「【龍神の怒り(スチームバースト)】」


 第六階級の水魔法だ。発動がオルフェウスより遅く、クロスの間近でぶつけてしまうことになった。それでも、防ぎ切れるかどうか危うい光魔法で壁を作るよりはマシだろう。炎と水の魔法は対になっており、相性は水が優位だ。


 同威力の炎と水がぶつかり、激しい水蒸気と爆発を生む。

 クロスも足元の地面から吹っ飛ばされてしまう。脇腹の傷に響き、血が噴き出した。


「【癒しの波導(ヒール)】」


 水蒸気によって視界が悪くなった隙を狙って、クロスは自分で回復魔法をかける。あまり時間はかけられないので、傷口を塞ぐだけだ。あとでしっかり治療しないと、腹膜内の出血で死ぬだろう。


「【魔道具(アイテム)召喚 疾風剣アネモイ】」


 空間魔法で短剣を取り出す。

 銀の輝きを纏った短剣を構えて、クロスは地を蹴った。


「もらった!」


 疾風剣アネモイを振ると、鋭い刃の風魔法が発生した。

 それを蒸気で出来た靄の中から放つ。

 狙うのはオルフェウスではない。


「きゃっ!?」


 アリアの足元の地面が抉れる。華奢な身体の聖女は呆気なく放り出されてしまう。

 クロスはアリアを捕まえると、後ろから剣を突きつける。


「な、な……なにを……」

「人質だよ」


 我ながら卑怯だと思いながら、アリアの首にグイッと刃を押し当てた。薄っすらと破れた皮膚から、少量の血が滲んで白い肌に垂れる。

 すぐそこに刃を突きつけられて気が動転しているのか、お得意の祈りは発動させないらしい。

 いくらなんでも、一発貰った状態で二人同時に相手をするのは分が悪い。


「卑怯ですッ! こんな……!」

「卑怯もなにも、人間なんでね」


 アリアを盾にされて、オルフェウスがクロスを睨んでいた。


「一旦、退かせてもらうぞ」


 言うが早くクロスは、近くで待機していた騎士を馬から引き摺り降ろした。

 アリアを連れたことで、戦いを囲んでいただけの騎士たちの間にも緊張が走る。だが、誰も手が出せないようだった。


「は、放してくださいッ!」


 戦いを知らない普通の娘。アリアは動揺していて、なにも出来ない状態だ。

 視界不良の状態から死なないらしいオルフェウスを狙うよりも、こちらの方が良い。クロスの判断は間違っていなかった。このまま自陣に帰って、ゆっくりと聖女を始末してやればいい。


「は?」


 しかし、眼前の光景にクロスは目を疑った。


「はは、マジか」


 聖女を人質に取られ、オルフェウスは手が出せない。

 けれども、その考えは甘かった。オルフェウスはなんの躊躇いもなく魔法を詠唱し、高威力の炎弾を作り出していた。

 アリアも唖然として、口を開いている。


「おい、聖女さん。お前、見捨てられてるぞ?」


 嘲笑ってやると、アリアが身体を震わせる。手にしていた軍旗が地面に落ちた。


「お迎えに上がりましたわ、クロス様」


 聞こえたのは微笑だった。

 オルフェウスの炎弾を打ち消すように、風の塊が出現する。風はそのまま旋風の柱となり、オルフェウスを覆った。周囲の騎士たちも吹き飛ばされ、場が混乱する。


「リリィシアか」

「はい」


 呼ぶと、身体を浮かせたリリィシアがクロスの元へと近寄ってきた。相変わらずの笑顔を湛えている。


「あら、可愛らしい。クロス様の妃になさるのですか?」

「冗談じゃないぞ。ハーレム作るなら、巨乳を選ぶ」


 怯えるアリアを見て、リリィシアが軽口を叩く。


「戦況はこちらが有利に運んでおりますわ。クロス様が聖女のお相手をしていてくれたお陰で、特に問題は起こっておりません。ご苦労様です」

「そうか……一発貰った。俺は一度退くよ」

「まあ、大変。では、急ぎ帰還しましょう」


 リリィシアの言う通り、戦況は順調のようだ。損害を被ったアッカディアとカルディナの連合軍が撤退していく。


「待て、リリィシア!」


 リリィシアの風魔法を脱したオルフェウスが叫ぶ。


「お兄様、ごきげんよう」


 何事もないかのように、のんきな挨拶だった。

 クロスは横目でリリィシアを睨む。

 リリィシアは澄ました顔で自分の剣に風を纏わせ、実の兄に向けて振った。

 風の刃がオルフェウスを襲う。容易に攻撃を受けるオルフェウスではなかったが、時間稼ぎにはなった。


 そのままクロスはアリアを抱えたまま馬を駆る。

 

 

 

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