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4 祝福の代償

 

 

 

 この世界に召喚された勇者には、祝福が与えられる。


 召喚と同時に結晶として出現し、召喚者から勇者へと譲渡される強大な能力。

 クロス・カイトも例外ではなく、この世界に初めて召喚されたときに祝福を受けた。


 授かった祝福は【精霊隷属アブソリュート・オビーディエンス】。

 言霊によって精霊を服従させる能力。


 この世界には属性ごとに目に見えない精霊が漂っている。その精霊たちの力を借りることで人間は魔法を使うことが出来るのだ。

 精霊によって気に入る人間が違うため、だいたいの人間が単一属性。才覚のある者でも二属性程度が一般的な使用魔法だった。


 だが、クロスは【精霊隷属】によって、全属性の精霊を強制服従させられる。

 この能力でクロスは全属性の魔法を操ることが出来た。使用回数が少なければ錬度は上がらないが、初期から比較的上級の魔法が使用可能である。


 因みに、宙に漂う精霊たちが何千年もかけて姿を手に入れた結果が、エルフやドワーフのような精霊族らしい。


「素晴らしい能力ですわ、クロス様。精霊の強制服従など、まさに魔王に相応しい力です」


 玉座の横でリリィシアが両手を合わせた。まるで、着ている服が素晴らしいと褒めるかのような、軽いノリだ。


「そうでもない。結局、魔法は使わないと錬度が上がらないから、最初は苦労したんだ……もう少し使いやすいチートが欲しかったよ」

「ちーと? とはいえ、今のクロス様は闇魔法以外、神話級の強さではありませんか」

「お前たちが弱いんだ」


 百年前の世界でも最上位である第七階級の魔法を使う人間は、ほとんどいなかった。

 だが、魔物や魔族が強力であったため、王国の中枢ともなると第六階級の魔法を使用する者はそれなりにいたはずだ。


「この国で神殿の討伐隊を除けば第五階級の魔法を使用出来るのは、わたくしと今は出陣しているオルフェウスお兄様くらいです。ナターシアお姉様は魔法に関してだけは才能が特出していたので、第六階級の魔法が使えました。まあ、頭の方が残念なお姉様でしたが」


「第五階級で三人……? 百年前は、もっと上級魔法の使い手がいたはずだけど」


「人同士の戦において大事なのは、高位の魔法を放つことではありません。第二階級程度の魔法を広範囲に向けて、何度も撃てること。そして、味方の魔法使いを如何に防衛するかです。ナターシアお姉様のように、火力を求める方が稀なのですわ」


「なるほど。特化した戦い方があるわけか。魔法のランクを下げて、範囲と回数を稼いでいるんだな。魔道具を装備した兵士でも何度も攻撃を受ければ、いずれ崩れる」


「流石はクロス様。理解が早くて安心しました」


 魔法耐性のある魔物に対抗する戦い方ではないということだ。一般兵士が第五階級の魔法に成す術もなかったのも頷ける。

 相手が魔物ではないなら、理に適った戦い方と言えるし、下級の魔法であれば習得も容易だから、魔法使いの数も増やしやすい。


「それに、祝福には代償がある」


 クロスは漆黒の瞳を伏せた。

 掌に乗せられているのは、先ほど出現した宝石だ。

 薄紅色の結晶は透明な色彩で向こう側の景色を映し出している。だが、光にかざすと、その中には明らかにこことは別の情景が見えていた。


「これは俺の記憶だよ」

「記憶、ですか?」


 リリィシアが首を傾げながら、クロスの手から宝石を持ち上げた。彼女は菫色の瞳を見開いて、宝石を光にかざす。


「この祝福を受けてから、俺の中から毎日記憶が消えて結晶化するようになった。いや、消えたって言うのは違うかな……記憶の一部が抜き出されるんだ」


 忘れてしまうわけではない。

 文字通り記憶が抜き出されてしまう。

 自分のものだった過去の記憶が抜けるのだ。失われるわけではないが、自分の手から離れる感覚。まるで、借りてきたDVDを見ている気分になる。


「これは……クロス様が体験したことですか?」

「そうだ。俺が体験したはずの記憶……今は、そんな実感ないけどな」


 クロスはリリィシアの手から宝石を取り返す。

 宝石の内部に映し出されているのは、クロスの記憶。




 もう四年も前の出来事だ。

 初めて召喚され、駆け出しの勇者として旅をはじめた頃。十五歳だったか。まだ仲間も二人しかいなかった。そのときに出会った少女の記憶だった。


「あなたの髪と瞳、とても不思議ね? どこから来たの? 魔族?」


 典型的な日本人らしい容姿を指摘され、クロスは閉口した。元の世界では普通だったが、クロスの容姿は異様らしい。魔族のようだと言われて店を追い出されたこともある。

 クロスの方からすると、こちらの世界の人間は髪や目の色が奇抜すぎると言うのに。


 目の前にいる少女も、元の世界では見ないタイプの見た目だ。

 ピンク色のサラサラした髪を揺らして、琥珀と翡翠のオッドアイをパチクリと瞬かせている。耳が尖っているから、エルフなのだとわかった。


「俺から見たら、君の方が不思議な見た目だよ」


 けど、すごく綺麗だ。

 そう続けようとして、口を噤んだ。初対面の少女にそのようなことを言うのが恥ずかしかったのだ。


「そうよね、あたし普通じゃないのよ。あたしの目、変でしょ?」

「え?」


 少女が不意にオッドアイの目を細めて俯いた。

 クロスはこの世界の住人についてまだ詳しくない。だが、少女の反応から地雷を踏んでしまったのだと気づいた。


「ハーフエルフだから。人間とエルフの子なの。半端者よ」


 少女は寂しそうに言ってクロスに背を向けた。

 ハーフエルフと聞いて納得がいく。この世界に来たばかりの頃、エルフなどの精霊族は人間とは関わらないと聞いた。交流はあるが、お互いに不干渉を決めているらしい。

 稀に生まれるハーフは忌み嫌われるとも。


 この子は、ずっと嫌われて生きてきたんだ。

 人間からもエルフからも、どちらからも居場所を与えられなかった半分ずつの存在。

 どちらにもなれない半端者。


「俺と同じだね」


 思わず、そう声をかけていた。

 ハーフエルフの少女がこちらを振り返った。信じられないと言いたげに、オッドアイの眼を見開いて。


「俺と同じだよ。俺も……半端者だから!」


 クロスだって同じだ。

 いきなり異世界に召喚されて冒険を押しつけられた勇者。異世界人にもなれず、元居た世界にも帰れない半端者。こちらの世界に馴染むことが出来ず、いつ爪弾きにされてもおかしくない。


 少女が笑った。奇抜だと思っていたピンクの髪が可愛くて、本当に綺麗だった。


「ありがとう。あたし、ストリェラだよ。あなたの名前は?」


 そう問いながら、ストリェラは右手を伸ばした。


「黒栖海斗……みんな、クロスって呼んでる」


 クロスも手を伸ばす。




 宝石の中に映し出された記憶は美しくて遠く、二度と手に入れることの出来ないもの。

 クロスは宝石を握り潰すように掌に隠す。だが、この宝石は如何にしても壊すことが出来ない。


「その女の子は大切な人ですか?」


 宝石を握ったクロスの手に、リリィシアが手を重ねた。


「ストリェラは、このあと俺たちの仲間になった」


 ハーフエルフの少女。エルフの血が入っているのに魔法が不得意で、ドジで明るい少女だった。「あたしのこと、ちゃんと守ってよね」が口癖なのに、怪力で大食い。キレると魔物も軽く絞め殺した。

 忌み嫌われるハーフエルフという存在だったが、クロスたちにとって、ストリェラはかけがえのない仲間だった。


「でも、死んだ。殺されたよ」


 ストリェラが死んだときのことは覚えている。

 他の仲間が殺されたときのことも、残さず覚えている。


「ストリェラは焼かれて死んだ。俺と一緒に神殿の連中に捕まって、磔にされた。ハーフエルフの身体は頑丈だから、何度も何度も槍で刺されたあとに生きたまま焼き殺された。次は俺の番ってときに、気づいたんだ。自分の魔封じの鎖が引き千切られていることに……怪力だったストリェラの仕業だった。あいつ、自分も逃げられたはずなのに、囮になって俺を逃がしたんだよ」


 出会いの美しい記憶はあっさりと抜け落ちてしまった。もうクロスの記憶という実感はなく、心が空虚になっていく。


 代わりに、仲間たちが死んだ凄惨な記憶ばかりが強く残っていた。


 どうせなら、忘れてしまいたい。

 こんな記憶さえなければ、今ここでクロスがこうして玉座に座っていることはなかっただろう。


「記憶が抜けるたびに、自分がおかしくなっていくのがわかるんだ」


 クロスは何故だか笑いたくなって、唇を吊り上げた。全く笑っている場面ではないはずなのに、どうしてか声をあげて笑いたくなる。


 記憶はその人が辿った軌跡だ。

 人格を作っていく経験であり、自分自身。

 それが自分の中から消える瞬間、人間性のようなものが失われていく気がするのだ。


 最初は怖かった冒険や魔物退治も、だんだん平気になっていった。

 それは恐ろしい冒険の体験が積み重なった結果だから――いや、違った。そうではなかった。


 クロスは記憶が抜けるたびに、自分の感情が鈍くなっていくのだと知っていた。

 元居た世界でぬくぬくと育った記憶が抜けるたび、あるいは、大切にしたかった思い出が抜けるたび。自分の感情が失せていっているのだと気づいていた。


 他人に話しても理解されない苦痛。

 そのくせ、身を()き尽くすような感情は消えない。憎悪や嫉妬、怒り……自分の中で燃え上がって、邪悪な焔となる感情は少しも失われなかった。


「俺は異常なんだよ」


 力をもたらした祝福の代償として、クロスは人間ではいられなくなっていたのだと思う。

 自分の心が死んでいく感覚と、自分の心が抑えられない感覚。


 ――じゃあ、あたしたちが埋めてあげる。抜けていった記憶の分まで、楽しい思い出を作ろうよ! あたしたちといれば、クロスはずっと大丈夫なんだよ。心配しないで!


 苦悩するクロスにそう言ってくれた少女はもういない。クロスの歪みを直してくれる仲間は一人残らずいなくなった。


 もうクロスの傍には、誰もいない。


「よろしいではありませんか」


 リリィシアが玉座に触れて、クロスの黒髪を指ですくう。


「御心のままに壊せばいいのです」


 クロスの顔を覗き込んだリリィシアは白くて美しい。人形のように滑らかで整った顔も、月の宝冠のように輝く銀髪も。その両手や服が紅く染まっているのでさえ、艶美で幻想的に思えた。


「クロス様は、魔王になるのですから」


 屍が積み上げられ、アンデッドの徘徊する玉座の間。

 その最奥でクロスは睫毛を伏せる。


「そうだな。むしろ、ありがたいことだ」


 こんな世界は壊すことに決めたのだから。

 邪魔な感情は、ない方がいい。

 クロスは美しい思い出の結晶を隠すように握り締める。

 

 

 

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