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39 祝福か、それとも

 

 

 

 刃が飛び交い、一斉に襲ってくる。

 どこから飛んでくるかもわからない攻撃を完全に防ぐには、自分の四方を光の壁で覆って防御するしかない。


「どうした、守るばかりではないか?」


 防戦一方となるクロスを嘲笑うように、オルフェウスが間合いを詰めた。刃の乱舞が止み、炎を纏った蹴りが打ち込まれる。

 物理的な攻撃を防ぐ手段と、魔法的な攻撃を防ぐ手段は違う。同じ魔法を使用しても、力の流れを吸収するか、跳ね返すかで防御法が異なるのだ。

 刃を防ぐため壁を形成していたクロスに、炎の渦が襲いかかる。


「小細工で誤魔化すしか出来ない奴に、言われたくないね」


 炎を避けるクロスの背後に向けて、磁力に引かれた刃が飛んでくる。どうやら、地面に刺さった剣にも有効らしい。ご丁寧に、刃側にも魔法陣が仕込んであり、速度をあげている徹底ぶりだ。


「槍では、小回りが利かんのではないか?」


 クロスを嘲るようにオルフェウスが懐まで迫る。後ろからも刃が迫っている。四方を壁で囲うと、刃かオルフェウスの魔法のどちらかを受けることになってしまうだろう。

 クロスは止むを得ず、背後を壁でガードし、前方を槍で薙いだ。しかし、神速を誇るオルフェウスはクロスの攻撃をあっさりかわす。


「ぐぁっ……!」


 腹に防ぎ切れなかった拳をマトモに喰らって、クロスは表情を歪めた。


「お前みたいなの、あんまり好きじゃないな……あんまり使いたくないんだけど、仕方ないか」


 クロスはオルフェウスの腕を掴み、その場で踏み止まる。纏っていた炎魔法による熱が襲うが、なんとか堪えた。


「【散れ!】」


 クロスは【精霊隷属アブソリュート・オビーディエンス】の力を使って命じる。大気中の精霊が一斉に揺らめき、周囲から離れていくのがわかった。

 オルフェウスの使役する炎と雷の精霊も、同様である。


「な……精霊が……!?」

「俺のチートは、こういう使い方も出来るんだよ」


 クロスはそのまま身体を捻って、綺麗に一本背負いを決めてやる。

 小学校のときに柔道教室に通っていたお陰か、掴んでしまえば、こちらのものだ。初見の異世界人は、見たことのない柔術にたいていは投げ飛ばされてくれる。

 オルフェウスの場合も例外ではなく、背中から地面に投げられてくれた。


「この……!」


 魔法での強化がなければ、短時間なら互角に戦う自信がある。

 クロスは勢いを殺さないまま相手の顔めがけて拳を振り降ろす。だが、体術に優れたオルフェウスはすぐに起き上がり、反撃に転じた。

 精霊隷属の力を使って魔法の使用を禁止出来るのは、せいぜい数十秒。その間、クロスの方も魔法を使用出来ない。


「どうしたんだよ、殴り合いは得意なんだろ?」


 煽られたら、煽り返す。

 クロスがクッと笑うと、オルフェウスが血走った視線を向けてきた。


「あまり舐めないことだッ!」


 魔法の補助がないとは思えないほど強烈な蹴りが側頭部を狙う。なんとかガードするが、身体がよろめいてしまった。

 隙を見た追撃が胸部に炸裂して、クロスは後ろに仰け反る。


「ああ、効いた効いた……ガチギレしてくれて、有り難いよ」


 切れた唇を手の甲で拭う。

 クロスは素早く起き上がり、その場から逃げた。


「待て! 逃げられると――」

「【集結!】」


 命令の効力が薄れ、精霊たちが集まりはじめたのを感じてクロスは命じた。

 すると、雷魔法を形成する精霊たちが一斉に、オルフェウスの胸元に集中する。


「わざと煽ってたの、気づかなかったか?」


 手の中で小石を弄ぶ。

 オルフェウスが磁気の力を使うために用意した魔法陣が刻まれた石だ。それを数個拝借して、殴り合うときに服の中に仕込んでやった。

 あとはそこに精霊を集めてやるだけだ。


「貴様ッ!」


 クロスを追って地を蹴るオルフェウス。

 だが、その胸部に剣の刃先が生える。

 雷の精霊が集まったことで生まれた磁力に引かれて飛来した剣が身を貫いたのだ。


「か、はッ……」


 磁力を強めると、地面に刺さっていた刃が次々と飛んでくる。膝を折ったオルフェウスの身をいくつもの刃が裂き、貫いていく。


「また生き残られていても困るからな」


 執拗に刃が刺さった身体が転がり、虫の息となっている。

 同じ場所を集中的に刺されて心臓などミンチ状態のはずだが、しぶとい。クロスは嘲るように銀髪を戴いた頭を踏みつけて、至近距離で指先を向ける。


雷矢(スパーク)


 首から下を吹き飛ばした。

 串刺しの身体は地面と一緒に灰となって、綺麗に消し飛んでしまう。焼け残った首だけが転がる様を確認して、クロスはようやく息をついた。


 これだけやれば、もう生きていることもないだろう。

 祝福の力を使って魔法使い(ウィザード)気質であるクロスにとって、接近戦を得意とするオルフェウスは、あまり相性のいい相手とは言えない。面倒なので、もうあまり戦いたいとは思わなかった。


「さて、助けてくれる王子様はいなくなったわけだが」


 死体に興味はない。さっさと背を向けて、クロスは傍観していた聖女へ向かって歩いた。


 目の前でオルフェウスが割と凄惨な死に方をしたというのに、聖女アリアは思いのほか冷静に見える。並みの女なら、泣き叫んだり逃げ出したりするだろうに。それとも、出来ないほど気が動転してしまっているのだろうか。


「あなたは……」


 アリアが口を開いた。強い口調だが、やはり、震えているようだ。


「あなたは、どうしてこんなことを……? どう見ても、人間じゃないですか」


 投げられたのは、問いだった。

 クロスは眉を寄せてアリアを睨んだ。


「同じ人間同士で殺し合うのは、珍しい話じゃないと思うけど」

「それでも、魔王だなんて……!」


 アリアは旗を両手で掴んで、唇を噛んだ。震えている。しかし、それは恐怖によるものではなかった。


「どうして……話し合えるはずの存在ではありませんか。何故、魔王になって滅しようなどと思うんです。同じ世界に住む人間なのに!」

「先に裏切ったのは、お前たちだ。だいたい、俺はこの世界の人間じゃない」

「もしかして、その珍しい髪と眼で、差別を受けてきたんですか? 魔族のようだと……それは悲しいことです」


 微妙に話が噛み合わない。

 変に誤解されて、説得しようとしているらしい。


「差別は悲しいことに、この世界の課題です。みんなが寛容な心を持ち、平等を目指すべきなんです。伝説の勇者クロス・カイトの仲間にはハーフエルフもいました。容姿や種族関係なく、分け隔てなく友情を交わす勇者の姿に、人々は魅せられ――」


「その結果、この世界でのハーフエルフの扱いは、どう変わったんだよ?」


 アリアの声を遮って、クロスは逆に問う。


 人間とエルフの子であるハーフエルフ。

 本来は交わることのない両者から堕ちた忌み子。

 エルフは空気中の見えない精霊たちが年月を重ねて実体を持った姿だ。彼らは自分たちの生まれに誇りを持つ高潔の種族。生殖機能はあるが、人間のように男女が交わって子を成すことなど、穢わしいと思われている。

 一方で人間は排他的で利己的な生き物だ。他種族との間に出来た半端者など、受け入れる者の方が少ない。ハーフエルフの多くは強すぎる魔力や怪力など特別な能力を持っているので、尚更だ。


 それが百年前の常識だった。


「どう変わったって言うんだよ。ストリェラは、同胞のなにを変えたんだ? 答えろよ!」


 問われて、アリアは瑠璃色の瞳を揺らしていた。


 ストリェラが勇者と一緒にいたことで、なにかがかわったのだろうか。

 勇者の仲間として、ハーフエルフとして殺された彼女の死に、意味があったのだろうか。


「意味があったんなら、教えてくれよ」


 きっと、ストリェラは喜ぶから。

 自分を語ったお伽噺のお陰で、少しでも同じ境遇の仲間が救われたと知ったら、きっと、彼女は笑うだろう。

 きっと。


「……変わってません……」


 けれど、アリアの答えはクロスの期待したものではなかった。


 ああ、やっぱり。

 絶望、いや、失望。違う。虚無。

 はじめから、わかっていたことだ。なにも期待してはいけない。


「で、でも、きっと、これから……わたしが、きっと変えます! そのために、この力を授かったと信じています! だから、あなたも……」


「言っといてやるよ、聖女さん」


 アリアの言葉を聞いているのも嫌になっていた。


祝福(ソレ)は世界を救う力なんかじゃないぞ?」


 突然、異世界から召喚され、妙な力を与えられ、代償を背負って人間らしさを失い……そして、自身が持った力のせいで裏切られた。

 そうして出来あがったのが、今のクロスだ。


 これが世界を救う力だって?


「お前だって、そのうち俺のようになる」


 それは確信。忠告。予言。


「それは祝福でも、なんでもない。呪いだよ」


 アリアが息を呑んで、クロスを見据えていた。

 時間が静止したような錯覚。


「違いないな」


 背後から声が聞こえると同時に、脇腹を熱のようなものがかすめる。


「なん……ッ!?」


 自分の脇からドボリと血がこぼれ、クロスは思わず振り返った。刃に肉を裂かれた感覚は鈍く、されど、徐々に鋭く研ぎ澄まされていく。


「貴様の死こそ、このオルフェウスが捧げる呪いだ」


 たった今、殺したはずの男がそこにいた。至近距離から放たれる炎が、クロスの羽織っていた外套に燃え移る。


「まさか、こいつも……!?」


 聖女の力などではない。

 オルフェウスも同じだ。クロスと同じように、祝福を受けている。


 祝福は異世界から召喚された勇者に与えられるもの。

 出自がはっきりしないアリアは召喚された可能性を考慮していたが……この男はカルディナの王族だ。いくらなんでも、無理がある。


「どういうことだよ」

 

 

 

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