37 破魔の流星
とりあえず、定石とやらで戦に臨むことにした。
クロスたちの戦力はアンデッドが十万。向こうの総兵力も十万である。
数には差がない。しかし、人間の兵士の一般的な武装は第二階級の魔法で貫通可能。対するアンデッドの軍勢は多少魔法に耐性がある。的確に頭部や胸部を破壊しなければ動き続ける軍隊だ。質で言えば、こちらに分があった。
「ご主人様、ご指示を」
「クロス様、ご命令を」
クロスの前に死霊が二体かしずいた。いずれも、イスファナと似た容姿だが、髪色が少しずつ違う。
今回の戦いで後衛から魔法を撃ち込む魔法使いのポジションが足りなかったので、急遽作ったのだ。あまり時間をかけてやれなかったので、人格は特に設定していない。人形のような無表情で、クロスの指示を待っている。
「ルルは右翼へ。ララは左翼へ。魔法を連射して、左右から敵を中央へ追い込め」
「御意にございます」
「承知致しました」
死霊たちがそれぞれ頷いて持ち場へ移動していく。
やっぱり、無理をしてでも人格を設定しておいた方が良かったか。イスファナの方が父親目線で百倍可愛い。どうせなら、双子のメイドで獣耳属性なんかもつければよかった。
「失礼します」
あれこれ設定を考えているクロスの脇から、いつの間にかリリィシアが顔を覗かせる。
「すっかり魔王のようですわね、クロス様」
相変わらず、感情の読めない不気味な笑みだ。
クロスは気にせず、城壁の下を眺めた。敵陣はすぐそこまで迫っているが、やや距離があるか。だが、間もなくはじまるだろう。
今回は、二万の軍勢を吹き飛ばしたときのように高威力の魔法を問答無用で叩き込むわけにもいかない。クロスの魔力量では、せいぜい一発が限界だし、そもそもこの数を一気に吹き飛ばす範囲を確保出来ないのだ。
それに、聖女という存在も気になる。
「恐れる必要もないかと思いますが」
「一瞬で転移門を閉じた女だよ。警戒くらいはしておいてもいいと思うけど」
「流石はクロス様。慢心せず、常に用心深いご様子は、まさに王ですわ」
リリィシアは、いつものように両手を叩く。彼女は父を愚王と蔑むが、クロスのことは必要以上に持ちあげる節があった。
いつも通りの不自然さ。
「でも、正々堂々正攻法で戦ってやるつもりもないよ」
クロスは言いながら、傍らに空間魔法を展開する。
「【魔道具召喚 聖弓ジャンヌダルク】」
空間に収納されていたのは、純白の弓だった。矢はない。
クロスが愛用する魔道具の類は、自作したものがほとんどだ。魔物やエルフの宝など、魔力のある物体を媒介に使いやすいものを作っている。いくつか貰った品もあるが、ほとんどクロスお手製であった。
死霊を作るときもそうだが、だいたいは精霊の力を借りる。
魔道具作りは【精霊隷属】の得意とするところであった。
因みに、料理の火加減調節にも便利である。
「ほら、お前らの好きな聖女様だよ」
弓を構え、魔力の矢を番える。
この弓を作った媒介はユッカの遺骨だ。生前、強い魔力を宿していた者は死後の遺物にも名残が生じることがある。ご丁寧に、神殿が大切に保管してくれていたお陰で、百年経った今も、ユッカの骨には魔力が残っていた。
「【我が力を示し 薙ぎ払え 流星の接吻】」
第三階級の中級魔法だ。それほど威力は高くない。
しかし、放たれた光の矢は無数に分散し、流星群の如く敵陣へと襲いかかる。効果は抜群のようで、整然とした隊列が一気に乱れていった。
面としての広範囲魔法ではない。飛距離と威力を確保した結果である。一面を焼き払ったり、吹き飛ばしたりする効果はないので、損害自体は少ないだろう。
「素晴らしいですわ、クロス様。敵の陣形が、もう乱れております。後方から撃ち込む魔法は、もっと敵軍を引きつけてからです。先手を打った効果は充分にあったかと」
「過度な賛美は、もういいよ。飽きた」
「あら、そうですか? 謙虚なところも、また素晴らしいですわ」
「…………」
クロスは息をつきながら、次の矢も番える。
数回繰り返し、無数の矢を降り注いでやった。それを合図に、ルルやララの率いた左右の軍が突撃をはじめる。中央に配置したイスファナとアスワドの隊も上手く立ち回っているようだ。
ユキカリアの街を囲む平原は、瞬く間に戦場と化した。
条件的にも、クロスの軍に有利がある。
「あれは」
しかし、敵陣の中央から一点集中で突破を図る騎兵の部隊があった。まだはじまったばかりだというのに、思い切っている。
「【貫き穿て 破魔の鏃】」
クロスは矢の力を分散させずに、集中させた。放たれた光矢はまっすぐに、騎兵隊の正面へと突き進む。第五階級の魔法である。多少防がれたとしても、壊滅は免れないだろう。
「!?」
けれども、光の矢は阻まれた。消失してしまった。
魔法の軌道が逸らされたわけではない。
「へえ、例の聖女かな?」
クロスは二の矢を番え、放った。光矢は同じように、まっすぐ騎兵隊の正面へと向かっていく。
そして、被弾する直前に消滅してしまう。
「相殺してるのか」
魔法自体の効力を消されているわけではない。どうやら、同じ威力の魔法で相殺されているらしい。
面白いことをする。クロスは笑みを含んだ表情で、三の矢を放つ。
光の矢は同じような軌道で飛び、やがて相殺される。だが、クロスはその様を瞬きせずに注視した。
「見つけたぞ」
クロスは笑い、城壁から飛び降りた。
「【疾風の踊り子】」
風魔法の補助を使って身体を浮かせる。そのまま、城壁の下に用意していた馬に乗って、地を蹴った。リリィシアは後を追って来ない。彼女には全体の指揮をさせなければならないので、その通りにしたのだろう。
「【破魔の鏃】」
馬で駆けながら矢を放つ。馬の足よりも速く矢が飛び、風を切り裂いた。
その魔法の矢に向けて、正面から白い光がぶつけられる。遠くからではわからなかったが、玉のような形だ。あまり精錬されておらず、魔法使いが放ったとは思えない代物だった。
クロスが放った矢を消すためだけに放たれたとしか思えない。
「うわッ!?」
「ぐ、ああああああ!」
今度は遠くからではなく、至近距離から攻撃したせいか相殺がやや間に合っていなかったようだ。魔法同士がぶつかりあった衝撃で、何人かの兵士が吹き飛んでしまう。
クロスは飛んでくる馬や人を風魔法で薙ぎ払った。
「出てこいよ、聖女さん」
クロスは高らかに言って、聖弓ジャンヌダルクを空間に収納した。そして、代わりに自分の得意とする雷魔法を制御する雷槍ゲイボルグを取り出す。
馬の上で長槍を振って誘う。答えがなければ、すぐにでも至近距離から魔法を放つ用意がある。
騎兵たちがクロスを取り囲んだ。申し合わせがしてあるのか、誰もクロスに手を出そうとしなかった。
「あなたが、魔王ですか?」
騎兵たちの間から、女の声が響いた。
気丈に振舞っている。しかし、やや震えた細い声だ。緊張している様子が見て取れて、クロスは眉を寄せた。
現れたのは、若い女だった。年頃の娘、という表現が正しいだろうか。
道を開ける騎兵たちの間を通って、徒歩でクロスの前に歩み出る。長くて青い髪が揺れ、瑠璃色の瞳がクロスを見上げた。
鎧の類はつけていない。剣ではなく、白い軍旗を握り締めている。勿論、降伏の白旗などではないだろう。
「これが聖女?」
今すぐ、馬で蹴り殺せる。そんな無防備な娘を、クロスはじっと見つめた。
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