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36 人間か、バケモノか

 

 

 

 流石に十万の兵は数が多い。

 よくもまあ、こんなに集めたものだと、クロスは感心した。


「クロス様、アンデッドの配置が終わりましたわ」


 リリィシアが笑う。

 白銀の甲冑と剣を携えた武装モードの姫は、やる気満々と言ったところか。

 流石に人間との戦いで前線に立っていただけあり、陣の敷き方や戦法には精通しており、任せておくには便利だった。


「人間と違って、アンデッドは基本的に従順なので配置しやすかったですわ」

「そうかい」


 クロスは適当に受け流しつつ、リリィシアの横顔に目をやった。

 銀色の髪がなびく。菫色の瞳には迷いがなく、いつも通りに笑みを湛えていた。


「お前さ」


 ふと、その横顔に問いかける。


「人間同士が争うのが嫌いなんじゃなかったのか?」


 今生まれた疑問ではない。

 クロスに魔王となれと言った瞬間から、引っ掛かっていた。


 リリィシアは人と人の争いを嫌って、魔王を作ろうとしている。

 しかし、クロスは魔王になったところで人間だ。いずれは魔族たちを率いるかもしれないが、人間同士の争いには入らないのだろうか。


「あら」


 問いに対して、リリィシアは笑った。なんの感情も動かさず、「今日は良いお天気ですね」と言っているような口ぶりだ。


「召喚の祝福を受け、人に余る力を持った勇者様(あなた)が人間だとおっしゃるのですか?」


 ――あんなバケモノ、これ以上生かしておいたら、こっちがやられる!

 ――早く殺せ、今のうちに!


 わかっていたことではないか。


 この世界の人間はクロスのことを人だとは思っていない。ただ魔王を倒すために召喚し、持て囃した後に裏切った人間たちと同じだ。リリィシアの価値観は、彼らとなにも逸脱していない。ごく一般的な考え方ではないか。


 その力を受けた時点で、クロスは駒だ。

 だからこそ、今抗って壊してしまおうとしているのではないか。

 駒に乱され、崩壊する世界を見たくて――。


「気分を害されましたか?」

「いいや。今更だし」


 クロスは立ち上がって、リリィシアの前に出る。


「お前がなにを企んでいるのかわからないけど」

「なにも企んでなどおりません。最初に申し上げた通りです。ただ世界を救うために働いているだけですわ」


 リリィシアはキョトンと首を傾げて、クロスの一挙一動を待っていた。まるで、「気に入らないなら、早く殺せ」と言わんばかりだ。


「じゃあ、俺も最初に言った通りだ。お前が救おうとしている世界ってのを、俺は壊す」

「まあ、素敵ですわ。それでこそ、魔王様です」


 相変わらずの笑顔が明るくて、挑発的に思えた。

 いや、挑まれている。


「俺だって馬鹿じゃないんだ。お前がなにかしている(・・・・・・・)ことくらい知ってるよ」


 言われて、リリィシアはまっすぐにクロスを見据える。笑顔はそのままだが、瞬きせず、唇も動かさない。


「では」


 やっと口を開いた彼女に笑顔はなかった。

 なんの感情もない瞳でクロスを見上げている。美しい容姿も相まって、人形を相手しているように思えて不気味だった。


「どちらが勝つのか勝負ですわね」


 笑顔。


 いつも笑っている彼女の表情に、このときほど寒気を覚えたことはない。

 姉の頭を踏み潰して笑うときも、返り血を浴びて笑うときも、王都の惨状を見て笑うときも、いつも彼女は同じ笑みを貼りつけていた。今も同じはずだ。


 だが、違う。

 クロスは息を呑んだが、応えるように唇に笑みを描いた。


「こっちとしては、自分から動くよりも、向かってきてくれる方が、手間も省けてありがたいからな」


 リリィシアの首に触れる。

 以前に触れたときは微動だにしなかった。今回もリリィシアは動かず、平然とクロスの動作を待っている。


「お前のやり方じゃ世界なんて救えないって、教えてやるよ。いや、俺がなにかをする必要もないね。なにをやったって、無駄だよ」

「あら、そうなのですか?」


「お前は普通に殺しても、たぶん、つまらないからな」


 こんなことを考える時点で、クロスも大概頭がおかしいかもしれない。リリィシアのことなど、言えない。


 殺人に快楽を覚えているわけではない。

 けれども、どういうわけか目の前のイカレ王女の死には興味が尽きなかった。


「お前だけは絶望して泣き喚く姿を眺めながら殺してやりたい」


 最初に会ったときから、そうだったと思う。

 この頭のおかしな王女が表情を崩す様を見たい。笑顔の仮面を剥ぎ取って、絶望し、狂ったように泣く姿を眺めてみたい。その顔を足蹴にして、ゆっくりと痛みを味あわせながら嬲るように殺してみたい。


 個人的に恨みがあるわけではない。

 ただ興味があった。

 復讐以外になにも見えていないクロスが唯一、育てている愉しみ。

 この興味が消えてしまったら、きっと、クロスの中に残っている人間性は尽きてしまう。そんな気さえした。


 残虐で、非道で、外道。邪悪な欲求。

 こんなものがクロスに残った人間らしさだなんて、酷く虚しいものだった。

 けれども、こんな感情でしか、自分が人間であると証明出来ない。


「わたくしは絶望などしませんわ。だって、この世界を救えるのですから」


 目の前の笑顔が壊れることを望みながら、クロスは愛しげにリリィシアの首筋を撫でた。

 

 

 

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