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34 中華鍋

 

 

 

「中華鍋が欲しい」


 そう呟きながら、クロスはフライパンを振った。

 炒められた青野菜が輝くような油を纏って宙を舞う。ザイーオという野菜だが、元居た世界のチンゲン菜にそっくりだ。

 こちらの世界の料理は見慣れないものが多いが、食材は見慣れたものが多い。調味料を工夫すれば、それなりに自分の見知った料理を食べられるのが嬉しかった。


「キャッピーン! イスファナのキャピキャピアンテナが反応しましたぁ! ご主人様が飯テロしようとしていますぅ!」


 イスファナが身体をクネらせてクロスの背に、けしからんくらい柔らかい豊満な胸を押し当てる。火を扱っているのに、危ないではないか。


「ご主人様ぁ、イスファナにも、あーんしてくださいませぇ!」

「お前、死霊(リッチ)だろうが」

「雰囲気だけですぅ。味はわからないし、食べても栄養になりませんが、口に入れて咀嚼して吐き出すことは出来ますぅ!」

「作り手にとって最低最悪の文言だな、それ」


 クロスはげんなりとしながら、野菜炒めを皿に盛る。鮮やかな色彩を保った青野菜の炒め物が皿を飾りつけた。

 大変シンプルだが、ニンニクの香りが食をそそる。


 カルディナには米を食べる習慣はないが、ここユキカリアは商業の街だ。少し探せば、他国で食べられている米の袋を見つけることが出来た。

 細長くてタイ米に近いのが惜しいが、まあいいだろう。パサパサした食感だったので、チャーハンにしてやった。

 卵と油の絡んだ米の一粒一粒がパラパラと崩れる。


「ご主人様は大盛りですねぇ?」


 イスファナが笑いながら、クロスの更に大盛りチャーハンを取り分けた。前の召喚では大食いのストリェラがいたせいで目立たなかったが、クロスだって良い歳の男だ。そこそこ食べなければ身体が持たない。


 クロスは鍋で煮込んでいたスープを覗き込む。鶏ガラで出汁を取った自信作である。

 こちらもシンプルだが、溶き卵が浮いた中華スープは香りが良い。隠し味に入れたショウガに似た香辛料が良い仕事をしているのだ。

 それを取り分けたチャーハンの上にかけると、スープチャーハンの完成である。


 あまり時間をかけずに、魔法で火力調整した焚き火で作ったので簡単なものばかりになってしまった。旅慣れたクロスにとっては、お手軽飯である。品数があるので、いつもより豪華だろう。


「良い匂いですわ」


 いつからいたのか、リリィシアも笑って料理を眺めていた。仕方がないので、彼女にも料理を盛ってやる。


「クロス様、そちらはなんでしょう? 泥団子ですか?」


 問われて、クロスは息をつく。


「ゴマ団子だよ。デザート」

「まあ、甘いものなのですね。紅茶には合いますか?」

「それなりに合うんじゃないか?」


 たぶん、合わなくはない。コロンと皿に乗ったゴマ団子を差し出すと、リリィシアは不思議そうに指で摘まんだ。


「熱いのですわね」

「揚げたてだからな」


 リリィシアが口を開き、ゴマ団子にかぶりつく。少し大きめに作ってあるせいか、一口では入らない。香ばしいゴマに包まれた団子の中からアツアツの餡子が溢れ出て、リリィシアは白い頬を上気させた。


「とても甘くて、美味しいですわ。きっと、紅茶にも合いますわね」

「そりゃあ、どうも」


 クロスの実家は中華料理屋だ。

 なんとなく、将来の夢もなかったので、自分が実家を継ぐつもりで覚えた料理である。

 向こうの世界では調理実習で地味に活躍する程度のスキルでしかなかったが、こちらの世界では概ね好評だ。


「勇者なんてやらずに、中華料理屋開いてスローライフでもすればよかったな」


 なんて言っても、もう遅い。

 それに、なんとなく平和に過ごしている自分の姿が想像出来なかった。

 こちらに召喚されてから、ずっと戦ってきたと思う。いや、戦わされていた。

 選ぶ余地などなく、そして、戻る余地もなかった。


「お前は食べないのか?」


 なんとなく、そんなことを聞いてみた。

 クロスに問われて、アスワドがこちらを振り返る。


 アスワドはクロスたちの食事に一度も手をつけたことがない。

 ダークエルフは魔力さえ尽きなければ死なないようだ。食事を摂ることで魔力に昇華することが出来る。だが、アスワドは空気中の精霊を集めて魔力を得ていたので必要なかった。


「では、頂こう」


 いつものように断られる。そう思っていたら、案外アッサリとアスワドはこちらに歩いてきた。そして、クロスの作った食事を大口で掻き込む。少し野性的で行儀が良いとは言えない食べ方である。

 感想は特にない。ただ、黙々と食べていた。


「クロス様、お食事中にすみません」


 食べていたはずのリリィシアがスプーンを置く。彼女は立ち上がると、小さな魔法陣を作った。


「風の精霊から報せです」


 クロスは食べるのを辞めないままリリィシアを見る。


「例の聖女が動いたようですわ。こちらに軍勢が向かっております。数は約十万……カルディナとアッカディアの連合軍のようですわ」


 いつものように清らかで優しい笑み。しかし、その微笑みが少しばかり嬉しそうに見えたのは、何故だろう。


「そうか」


 リリィシアの報告を、クロスは大して驚きもせずに聞いていた。


「来ると思ってたよ」


 わざと、ユキカリアに長居してやっているのだ。

 戦争中のはずであるカルディナとアッカディアが連携するとは思わなかったが、全くの想定外でもない。


「敵は探すよりも、来てくれた方がありがたいからな。戦争してやるか」


 フッと笑って指を鳴らす。

 

 

 

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