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32 美しい世界

 第3章に入りました。

 この章も人が死にます。

 

 

 

「クロスさん、クロスさん。見てくださいなっ」


 明るい女声に、クロスは振り返った。


「わあ……」


 目の前に広がった光景に、クロスは口をポカンと開ける。

 夜の闇に沈む川辺。清らかな水の音と虫の声が聞こえる。時々吹く夜風は冷たいが、あまり寒さは感じない。


「ホタル?」

「ええ、クロスさんの思い出を見て、再現したんですよ」


 夜の闇に浮き上がる無数の光。粒のように細かい光が点滅しながら舞い、揺れている。


「綺麗だ……」


 月並みなことしか言えなかった。クロスは自分の語彙力の乏しさを呪う。


「こんなことしか、私には出来ませんからね」


 そう言って、ユッカは薄く笑った。

 掌に集まった光の粒が、楽しそうに踊っている。


 クロスは毎日、自分の記憶が結晶となって抜け落ちる。それが祝福の代償であり、この世界に召喚された時点での宿命。

 記憶は忘れてしまうわけではない。

 だが、抜け落ちた記憶は、もうクロスのものではない。

 どんどん抜け落ちていく記憶と、失われていく人間らしさ。そんなものに耐えながら、クロスは旅を続けているのだ。

 魔王を倒せと言われ、いつ終わるかわからない旅――。


「どうですか? ほたるという生き物に、似ていますか?」


 ユッカが手を振ると、光の粒が上空に向かって一気に舞い上がった。まるで渦のようにくるくると舞っている。


 彼女が再現しているのは、クロスから抜け落ちた記憶の一場面だ。

 小学生の夏休み、家族で見に行ったホタル祭。

 随分と田舎の方まで父親が車を走らせて行ったと思う。最初は退屈だったが、暗くなった頃に舞いはじめたホタルの群れが綺麗で、子供ながらに感動した。


 もうクロスから抜けてしまった記憶だ。

 けれども、ユッカは自分の光魔法で、それを再現しようとしてくれた。


「楽しい思い出がなくなるのは、辛いですから」


 もう辛いのかどうかも、わからなくなっていた。

 それでも、ユッカの気持ちが嬉しくて、クロスは笑顔になる。


「わあ、ユッカすっごーい! ねえねえ、クロス。その、ほたるって言うのは食べられるの?」


 光を見て感激したストリェラが、ヒョコリとクロスの顔を覗き込んだ。


「アホリェラ……なんでもかんでも、食に結びつけるなよ」

「なによぉ。だって、美味しそうじゃない?」

「どうして、そうなるのか全くわからない。理解出来ない。でも、これだけはわかった。だから、お前には決定的に色気が足りないのだと――」

「あん? なんか言ったかな?」


 ストリェラが指の関節を鳴らして笑うので、クロスは慌てて口を押さえた。ストリェラの怪力で殴られたら、頭が消し飛んでしまうだろう。命は惜しい。


「クロスさんの居た世界は、きっと美しいのでしょうね」


 ユッカが光を見上げて笑っていた。


「どうだったかな。もうわからないよ」


 元の世界の記憶は、かなり抜け落ちてしまった。

 最初はあんなに帰りたかったのに、今では、そんなに執着していないと思う。

 クロスの返答に、ユッカもストリェラも顔色を曇らせていた。けれども、クロスは否定するように首を横に振る。


「楽しかったことを忘れたからってわけでもない」


 元の世界への愛着は薄れてしまっただろう。

 しかし、クロスには帰らなくても良いと思うだけの材料があった。


「みんなのいるこの世界の方が、俺にとっては何倍も綺麗だよ」





 抜け落ちた記憶の結晶を握り締める。

 どうして、こんなに美しい思い出ばかりが失われるのだろう。

 代わりに、目の前に広がった廃墟に愉悦を覚える。そのことが異常だとわかっていながらも、クロスは笑いを禁じえなかった。


 街を落とすのは簡単だった。

 神殿が作った聖獣(・・)によって、街の大部分は破壊された。そのせいで、充分な数のアンデッドが確保出来なかったのは痛手だが、あまり気にすることでもない。


 何故かアスワドは聖獣に思うところがあったらしい。

 自分の手で荒れ狂うバケモノを殺したあとで、機械のように人間を殺していた。表情はなく、ただ淡々と殺す姿は、なにかに取り憑かれているようだった。


「これから、どうされますか?」


 廃墟になった街を見渡して、リリィシアが笑っている。


「転移門の向こうに大部分のアンデッドが置き去りにされたからな」


 イスファナが先に門を潜ったせいで、向こう側にいるアンデッドたちは統率が取れない状態だ。数が数なので簡単にはいかないだろうが、神殿の大規模な討伐に遭えば壊滅するかもしれない。


 ユキカリアで新しく調達したアンデッドは、せいぜい十万。今までの三分の一だ。

 転移門を奪い、新しく作ったアンデッドも含めてラクラク神殿領へとお引っ越し。そういう算段だったが――。


「全ての転移門を閉じた人間がいる。あれを閉じるには、何年もかかるんじゃなかったのか?」

「そのはずですわ。今回のように、突然閉じてしまうなど、有り得ないことです。風の精霊に各神殿の様子を偵察させましたが、あまり効果はありません。神殿領には結界が張られていて、全く様子がわかりませんし」


 風魔法で遠くのことを知るのにも限度がある。リリィシアでわからなければ、クロスがやっても同じだろう。


「ただ、気になる話が」

「なんだよ」

「最近、聖女と名乗る娘が現れたようです」

「聖女? 神官も同じことを言っていたな」


 そう言えば、ユキカリアの神殿の中にあったモニュメントを作ったのは聖女であると言っていたか。クロスが破壊してしまったが、確かにあれは、この世界の技術では作れない品だった。


「その聖女が門を閉じたと?」

「わかりません。けれど、その可能性もありますわ」


 クロスは眉間にしわを寄せた。


「とりあえず、地道に火山を目指すしかないか」


 聖女など、面倒臭い存在のことを考えるのは、あとだ。

 そいつがクロスの邪魔をするのなら、いずれ直接会うことになるだろう。




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