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30 滅んでしまえ

 

 

 

 逃げる逃げる人の群れ。

 進む進む死者の群れ。

 全てを蹴散らして、突き進む轟音。


「また派手にやりおって」


 アスワドを宿屋に押し込んだままなのに、容赦ない。もっとも、アスワドにはアンデッドは関係ないし、並みの神官くらいなら相手も出来る。


「助けて、いや……いや……たすけ、ぎゃぁっ!」


 走っていた女が目の前で喰種(グール)に頭を食われた。バリバリと骨を砕く音と、行儀が良いとは言えない咀嚼音を聞きながら、アスワドは息をつく。

 魔法を使える者は応戦しているようだが、数が数だ。王都と同じように、聖女の街とやらもアンデッドに浸食されていく。


「人間が築いた街というのも、脆いものだな」


 都市が滅ぶ様を目にするのは二度目だ。

 自分の里が滅ぼされたときとは、違う感覚。

 大嫌いな人間どもが滅んで清々するという気持ちと、他人事のように事象を眺める冷めた気持ち。


 ――どんなに愚かしいことでも、誰かにとっては正義なのかもしれません。


 あいつはどうしているのかな。と、無意識に考えてしまい、首を横に振った。


「あのようなへっぽこ、既に死んでおるに決まっている」


 微力な魔力しか持たないダメ神官だ。今頃は喰種にでも食われているかもしれない。もしくは、崩れた建物の下敷きだ。

 アンデッドになっていたら、特別に使役してやっても良い。下等な人間を辞めれば、少しはマシになっているかもしれない。


「儂は阿呆か」


 人間に情を移すなど。

 認めたくはないが、紛れもないことを自覚していた。恐らく、アスワドはバルトロメオに少なからず興味を持っている。否定出来ないのが余計に悔しかった。


「…………?」


 魔力の流れを感知した。

 わずか……いや、遠いだけだ。以前に触れたときよりも強い魔力を感じて、アスワドは眉間にしわを寄せた。

 風が舞い、深く被っていたフードを落とす。


「ダ、ダークエルフ!?」


 アスワドの存在に気づいた人間が声をあげた。


「だからなんだと言うのだ、人間」


 取るに足らない下等生物が。

 アスワドは自分の爪を鉤のように伸ばす。そして。驚いて動けないでいる男の腹を深く抉ってやった。命乞いのようなものが聞こえたが、聞かない振りをする。


「こっちへ来るのか?」


 魔力の波動が近づいてくる。

 強い魔力だ。アスワドが知っているものとは異質。しかし、同質のもの。


 地鳴りがした。轟音と共に人間の建てた家々が崩れ落ちる。火と土の煙が上がり、視界を悪くしていた。


「あら、こんなところにいらしたのですか?」


 屋根の上から声が聞こえる。

 武装し、甲冑を身につけたリリィシアがこちらを見下ろしていた。返り血を浴びて、いつものように笑っている。


 なにを考えているのかわからない。いや、なにも考えていないのかもしれない。わかりたくすらない。

 相変わらず、不気味で気色悪い笑みだ。


「ちょうどいいオモチャ(・・・)を神官たちが作ってくれたので、遊ばせておりましたのよ。良い働きをしてくれます」

「玩具……?」


 アスワドは煙の向こうに目を凝らす。


 浮かび上がった影はバケモノであった。

 巨大な身体に物言わせ、荒れ狂って破壊の限りを尽くすバケモノ。あれは魔物ではないとわかる。だが、動物でもない。


 人工的に作られた怪物。

 異様に強化された魔力が制御出来ずに流れ出し、自我を失っているようだ。わけもわからず、突進を繰り返している。


「……あれは、なんだ?」


 思わず問う。


「神殿が作った聖獣(・・)らしいですわ。人間が基になっているようですわね。操っていた術者を失って暴走しておりますので、放置せよとのことです。自分たちの作った聖獣で街が滅びるなんて、皮肉にございましょう?」


 だから、魔物でも動物でもない、このように異質な魔力を放出しているのか。不思議と冷静に分析している自分に、アスワドは吐き気がしそうだった。


 だって、あの魔力は――。


「これがお前の正義か? 違うであろうに」


 アスワドはバルトロメオであった聖獣とやらを睨み、犬歯を剥き出しにした。


「どうするおつもりですか?」


 リリィシアは笑っているが、牽制の空気を漂わせる。


「クロス様の邪魔をするおつもりですか?」

「邪魔? 邪魔をしておるのは、貴様であろう。儂は神官どもを殺してやりたいし、神殿の治める街など粉々に破壊尽くしてやりたい……あのような出来そこないのへっぽこなど、目障りだ」

「つまりは、ご自分の手で虐殺したいということですね。よろしいのではないでしょうか?」


 感情の読めない笑みでリリィシアが大袈裟に称賛した。


 アスワドはリリィシアに目もくれず、前に歩み出る。

 闇属性の精霊が自分の周りに集まってくる。魔力の強い流れによって風が起こり、視界を塞いでいた煙が晴れていった。


「まったく、人間など本当に……」


 聖獣が地を蹴る。

 地面を揺らすほどの轟音を立てて、聖獣はまっすぐにアスワドの方へと突進した。

 アスワドは鉤のような自分の爪をさらに伸ばす。


「本当に愚かで、醜くて、弱くて……滅びればいいのだ!」


 叫びながら、聖獣の突進を正面から受け止めた。


「滅べ……滅べ! 滅べ、滅べ、滅べ!」


 幼い少女の見た目からは想像も出来ない力で、聖獣の牙を押し返す。

 黄金の毛に覆われた表皮から強い魔力を感じた。恐らく、この皮膚は魔法も弾き返す結界の役目をしている。これを覆すには、第七階級相当の魔法が必要になってしまう。

 魔の火山が封印され、外部からの魔力供給がない状態でアスワドに扱えるのは第六階級まで。しかも、そう何度も撃てるものではない。


 こういう場合の対処は単純だ。


「……許せよ、へっぽこ……」


 聖獣が唸りをあげて首を振る。

 アスワドは跳ね飛ばされるが、壁へ激突する前に猫のように身を丸めた。そのまま壁を蹴り、再び聖獣との距離を詰める。


 蛇のような尻尾が建物を破壊した。扱い切れない魔力が無意味に放出され、周囲の精霊たちが荒れている。


「はぁぁぁああッ!」


 風のように地面を走り、剣のように伸ばした爪を振りかざす。

 魔法の攻撃は皮膚を通さない。ならば、一番魔力の強い部分を裂き、そこに強力な一撃をお見舞いする必要がある。


 術者の操縦下にあれば話は別かもしれないが、今は理性も制御も失った獣だ。

 無暗に暴れるバケモノとの距離を詰めるのは容易であった。


「滅べ!」


 滅べ……人間など、滅んでしまえ。

 聖獣の脳天を切り裂き、深く抉る。露出した肉に向けて、アスワドは自分が放てる最大火力の魔法をぶち込んだ。

 

 

 

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