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29 聖獣

 

 

 

 神官どもを吹き飛ばしてやると、神殿の扉は破られた。

 市民の行き交う街に、大量のアンデッドが放たれる。突然の出来事に、人々は戸惑い逃げた。なにが起こったのか理解出来ず、立ち尽くしたままアンデッドの群れに呑み込まれる者も多かった。


「あらららららららぁ? ご主人様、ご主人様ぁ」


 イスファナが指を咥えて、クロスの前で腰を振る。やや慌てた様子のように見えた。


「大変ですぅ! 転移門が閉じてしまったようですぅ!」


 イスファナに言われて、リリィシアが急いで風魔法で探索を行った。彼女は「本当のようです」とイスファナの言葉を肯定する。

 指摘通り、転移門から溢れ出るアンデッドの動きが止まっていた。


「どういうことだよ。閉じるにも、時間がかかるんじゃなかったのか?」

「そのはずですわ」


 リリィシアにもわけがわかっていないようだ。

 ざっと数百のアンデッドがいる。王都のときのことを考えれば、侵食するには充分な数だろう。神官のように魔力を操る者は積極的に潰していく必要があるが。


「そこまでだ、小僧め……!」


 神殿から出てきたクロスたちを見つけて、声が響く。

 アンデッドたちを避けるように、屋根の上から見下ろす影。上から見下されて、あまり良い気分はしない。


「神官か」


 これだけ見せつけておいて、まだ高圧的な態度をとれるのか。

 不遜な態度に逆に感心した。どうせ、自分たちが一番偉くて強いと思っている連中だろう。昔から、こんな神官はたくさんいた。反吐が出る。


「報せを受けた。貴様が奪ったつもりの転移門は、我々が奪還した! 聖女の力だ!」

「聖女?」


 そう言えば、祭壇に飾られた精巧なガラス細工の彫刻も聖女が作ったものだと言っていた。

 聖女の力がわからず、クロスは眉を寄せる。リリィシアにも、その正体はわかっていないようだ。いつもは饒舌に解説するのに、黙っている。


「我らが獲得した無敵の聖女である! 畏れるがいい。そして、貴様は神殿の力の前に散れ!」

「要するに、すっごく強い味方がいるから、自分たちは強いと言いたいわけか。虎の威を借る狐ってやつだな」


 神官の主張を要約して、クロスは息をつく。

 なにも変わっていない。百年経って体制にも変化があるというのに、なにも変わっていなかった。

 ジンを魔物に変え、ストリェラを焼き殺したときの神殿と、なにも変わっていない。


「あのとき、全部焼いておけばよかったな」


 もう百年も過ぎてしまった話だ。

 だが、クロスにとっては最近の話である。

 ナターシアに召喚されて怒りが一気に爆発した。けれども、召喚されずに百年前の世界に居続けても、いずれはこうなっていたかもしれない。


 ――ダメだよ、クロス。それは、ダメ。


 クロスを抑える鎖はもう、切れてしまったのだから。


「聖女の神殿ユキカリアの力を舐めるでないぞ、小僧!」


 自分たちが殺した女のことを聖女と祀って、反吐が出る。神官の物言いに、クロスはいちいち腹を立った。魔法で吹き飛ばしてしまおうと、手をかざす。


「【雷矢(スパーク)】」


 指先から放たれる電撃の矢。

 まっすぐに神官へと向かい、されど、阻まれた。


「聖獣よ、敵を打ち砕け!」


 神官とクロスの間に割って入ったのは、見上げるほど大きな魔物であった。

 魔物という表現が合っているかはわからない。しかし、魔物としか言いようがない。


 金の体毛に覆われた身体は大きなイノシシのようで、長い牙も生えている。背中にはコウモリのような羽が歪に何本も生えており、尻尾は蛇のようにうねっていた。

 鋭い牙の間から唾液が垂れ、獲物を狙っている。


「どう見たって、キメラかなにかじゃないか……これが聖獣だって?」


 聖獣だと言い張る神官の言葉にクロスは唾を吐いた。

 姿は違うが、こういうもの(・・・・・・)には覚えがある。


「人間を媒介に作った魔物だろ?」


 クロスの仲間であったジンは神殿に騙されて魔物にされた。

 薬のようなものを飲まされて、徐々に自我を失っていくジンを救えなかった過去を思い出す。完全に理性を失ってしまうまでなにも出来ず、襲いかかってきたジンをユッカが殺した。

 あのときのクロスには、なにも出来なかった。トラウマのようなものが抉られて、クロスは聖獣(・・)とやらを睨みつける。


「これが長年、神殿が研究してきた成果である。完全に理性を失わない、我が命令に忠実な(しもべ)であり兵器。何十年、いや、百年もの間、研究し続けた英知の結晶――さあ、バルトロメオ。アンデッドどもを殲滅し、彼の者を八つ裂きにしろ!」


 神官の指示を聞いて聖獣がクロスに向かって突進する。

 元々人間だったとは思えない俊敏性だ。勇者の頃に手強い魔物を何回も相手してきたが、そのときのことを思い出す。


「【魔道具(アイテム)召喚 雷槍ゲイボルグ】」


 一番得意な雷魔法を選択する。クロスは空間から現れたゲイボルグを掴み、聖獣に向けて振りかざした。


「【貫け! 穿て! 裂け! 雷神の鉄槌(ボルテッカー)】」


 矛先に集まった雷撃が光線となって放たれる。

 鋭い雷の一閃は聖獣にまっすぐ襲いかかった。だが、正面から直撃したというのに、聖獣は物ともしない様子でクロスに突進した。


「【疾風の踊り子(フェザーダンス)】」


 第六階級の魔法を無傷で突破するなど、いくらなんでもデタラメだ。クロスは急遽、風魔法の補助を使った跳躍でその場から離れる。


 聖獣が突っ込んだことで神殿の入口が完全に崩壊する。それでも止まらず、全壊させてしまった。走り出したら止まらないらしい。

 向かってくる突進を避けるたびに、周囲の建物が破壊された。アンデッドを免れていた市民も巻き添えにしていく。


「おいおい、良いのかよ」

「ははははは! いいぞ、さっさと始末しろ!」


 高笑いする神官の声が癇に障る。


「【龍の咆哮(ワイルドボルト)】」


 第五階級の雷魔法を展開する。

 雷の龍が聖獣に、絡まるように襲いかかった。皮膚が厚く、魔法で貫くことは出来なかったが、絡め取ることなら出来る。


「【精霊よ 我が命に応じ 狂い舞え 竜巻旋風(エアロブラスト)】」


 クロスは雷撃で捕獲した聖獣を風魔法で作った竜巻の中に放り込む。轟音と共に聖獣が舞い上がり、グルグルと回転した。

 風を止めると、聖獣は地面に落下する。石畳で舗装された地面を穿ち、クレーターのような穴を開ける。

 人間が元になっているくせに、質量を無視した重量だ。


「行け! やってしまえ!」


 神官が指示を出して叫んでいる。

 ジンを実験に使った百年前は人間の言葉など聞き入れなかったが、ここは研究の成果だろう。いったい、どれだけの人間を実験に使ったのやら。


「な……!?」


 けれども、人の言葉を聞くと言っても、身体状況の変化には抗えない。

 聖獣は立ち上がるが、フラフラとしていて、方向がなかなか定まらない様子だった。


「グルグルバット、あれ結構キツいんだよな」


 バットに額を当てて十回転すると、まっすぐ前に歩けない。同じ理論を使ってやった。風魔法によって、洗濯機のようにグルグル回転した聖獣は目を回してしまったようだ。


「あ、あ、ああああ、こっちへ来るな!?」


 聖獣はそのまま突進を敢行した。

 その先には、運悪く神官がおり、呆気なく潰れた。

 

 

 

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