26 儀式
「キャッピーーン! 受信しましたぁ! 受信しましたわぁぁぁあん! ご主人様ぁ!」
アンデッドの蔓延るカルディナ城で、イスファナが黄色い声をあげて身体をクネらせる。
クロスが設定してくれた豊満な胸を揺らして、うっとりと恍惚の表情を浮かべた。
「かしこまりましたぁ。うふふぅ、楽しみですぅ。ありがとうございますぅ」
風魔法の報せに歓喜しながら、イスファナは大鎌を軽々と持ち上げた。
彼女の動作に従うように、喰種をはじめとしたアンデッドたちが、ぞろぞろと動きはじめる。
「さぁてさて。みなさぁん、準備は良いですかぁ?」
イスファナは涎が垂れた唇を拭いもせずに、城のバルコニーへ出る。彼女の登場を待っていたかのように、王都中のアンデッドが城下に集まっていた。
「我らが主、クロス・カイト様の命ですぅ」
舌舐めずり。
イスファナは笑顔を狂い咲かせて、アンデッドたちの前で声を響かせる。
「喜びましょう。ふふふふふ! 殺戮の時間です!」
イスファナの号令に、何十万という数のアンデッドが雄叫びをあげた。
† † † † † † †
西方の神聖都市ユキカリア。
聖女ユッカを祀る神殿都市。と言っても、魔の火山の麓にある神殿領とは違う。王国に属した都市ではある。しかし、実質は神殿が支配しているようなものであった。
街の一日は神殿を中心に回っている。
人々は神殿に集まり、祈りを捧げる。ユキカリアは転移門で繋がれた都市の一つだ。そのため、月に一度、神殿領から大神官が訪れる。
転移門は神殿の最奥に設置され、一般人からは隠されていた。
設置に大がかりな魔法を駆使するため、門は常に開かれている状態。維持する魔力よりも、設置する手間や魔力の方が膨大なため、そうなっているらしい。
神殿は国境関係なく、人々に対して分け隔てなく施しを行う。中立というのが表向きの立場だ。
「まあ、実際は賄賂もありますし、中立と言いながら魔物討伐をダシに王家に圧力もかけてきます」
市民に聞かれては不味いことを、リリィシアはサラリと言ってのけた。
まあ、そんなものだろう。と、クロスも納得する。
「百年前も、そんなもんだったよ。それが魔物退治の独占でエスカレートしたって話だろ」
「えすかれーと? まあ……戦争時は、どれだけ多くの魔力の使い手を集めるかも鍵になります。裏で暗躍して討伐隊の魔法使いを派遣したりもしていました。恐らく、カルディナだけではなく、アッカディアにも同じことをしていたでしょう」
「傭兵だな」
「流石はクロス様。その通りですわ」
いつも通りの笑顔のまま、リリィシアは大袈裟に褒める。
「ただ、いくら金銭を積んでも転移門の使用だけはさせて頂けませんでした。そして、その魔法の儀式を行うことも禁じられ、秘術は独占されています」
「当たり前だろ……転移門を軍で運用出来れば強いだろうけど、それをすると表向きは中立っていう神殿の立場が崩れる。なんせ、街のど真ん中の神殿から、兵隊が列を成してわいて来るんだから。隠しようがない。片方に肩入れせず、平等に両者から利益を得ようとするコウモリにとったら、美味しくない」
「そうですわ。まったくもって、その通りなのです。流石は聡明なクロス様」
神殿の汚さは相変わらずのようだ。
自分が殺した勇者の仲間を聖女として祀るくらいなので、そのくらいの想定はしていたが、あまり良い気分でもない。
「ぶち壊してやるよ」
クロスはニヤリと笑ってフードを被る。
アスワドは昨日泊った宿屋に置いてきた。また勝手にどこかへ行くかもしれないが、自己責任だ。逃げなければいい。
「旅の方ですね。祈りを捧げに来たのですか?」
神殿の入口に立っていた神官が笑ってクロスたちを迎える。魔力が高い以外は普通の人間であるクロスを警戒する様子などない。
金髪の下で笑う泣きぼくろの神官は人好きしそうな笑みで、クロスたちに神殿の扉を開いた。門番にしては、頼りなさそうな顔だ。
「あなたたちは運が良いです。昨日までは聖女様がいらっしゃっていたのですよ。丁度今、祈りの力で作った光の彫像が飾られています」
「聖女?」
「はい。僕もその奇跡を目の当たりにしましたが、感動しました。魔力ではなく、祈りの力で奇跡を起こす聖女です」
ご丁寧に神官が教えてくれるので、クロスは「ふぅん」と頷きながら中へ入る。その後ろで、神官は外に出て扉を閉めた。
「聖女なんて、また無意味に祀って権力誇示か」
門を潜ったあとで、クロスは聞こえないように吐き捨てた。
中に入ると、そこはまるで異空間である。
強い魔力結界などが張られているわけではない。けれども、高く吹き抜けた天井や、何枚も並ぶステンドグラスの光が神々しくて、「神秘のもの」が存在するという演出がされている。
静かすぎる神殿内を歩くだけで靴音が反響し、幾重にもなって返ってきた。
その最奥に祭壇がある。
人々は祭壇の前で膝をつき、祈りをあげていた。
「なんだあれ」
先ほどの神官が言っていた彫像は、祭壇の前に置かれていた。
透明なガラスのモニュメントだ。現代日本とは違って、異世界のガラス加工技術は高くない。にもかかわらず、透明度の高い一点の曇りもないガラスのモニュメントが飾られていた。
どうやって作ったのだろう。クロスは訝しげに睨んだ。
「聖女ユッカの彫像ですわね」
モニュメントに刻まれた文字を見て、リリィシアが笑った。
「へえ……」
リリィシアの説明を受けて、クロスが彫像の顔を見上げる。
慈悲深い微笑みを湛えた聖母の顔だった。優しくて、温かく、陽だまりのような印象を受ける。
「違う」
一言放って、彫像に触れた。
「ユッカは、こんなんじゃない」
声は小さすぎて、誰にも聞こえていない。それでも、クロスは訴えるように口を開いた。
「【壊れろ 紛い物 氷華】」
ガラスに大きなヒビがいる。
足元から発生した大きな氷によってガラスが貫かれ、聖女の顔が割れて歪んだ。氷の枝葉が伸び、ガラスの彫像を木端微塵にしてしまう。
「なにを!?」
周囲で見ていた市民も、神官も声をあげる。神殿の奥から何人もの神官が出てきた。
クロスは足元に魔法陣を展開した。
「【氷華】」
周囲にいた人間の足元から氷の刃が生える。
「がぁぁあああ! ぐ、ぎ、ぎゃぁッ!?」
何本もの氷に貫かれて、断末魔があがった。
氷の花が血塗られて、紅く咲き誇る。更に連鎖するようにその血が凍り、肉を裂いて花を咲かせていった。
裂いて、咲いて。
クロスは串刺しの磔にされた神官に向けて、執拗に氷の刃を突き刺していった。
「ひ、ひ、ぎ、あ、あああ……ぐ、っ……」
「意外としぶといな」
心臓や肺を貫かれても息がある神官を見つけて、クロスは淡々と感想を述べた。既に息がない者には目もくれず、唇に笑みを描く。
幾本もの氷の刃が神官の身体を貫いていった。胴体がほとんどミンチ状態になり、臓物すら原形を留めなくなるまで。流石にそこまで刺すと、息がある者はなかった。
「よく聞けよ」
氷の刃を免れて生き残った信徒や、祭壇の奥から出てきた神官たちに告げる。
「この街は我が軍勢が支配した」
演説風に声を張ると、気持ちが良いくらい神殿の壁に反響した。
「軍勢……? なんのことだ、小僧!」
たった一人や二人の侵入者に対して、嘲笑が漏れる。
神官たちが魔法を放とうと、一斉に呪文を詠唱しはじめた。
「ぎ、ぎ、ぎゃぁぁああ! なんだこれは!?」
けれども、途中の叫びによって掻き消される。祭壇の更に奥、神殿の最奥からだ。
クロスはその隙に、もう一度氷で神官たちを串刺しにした。
神官たちが慌てた様子で逃げ出てくる。
祭壇が裏側から魔法で吹き飛ばされた。神聖な儀式の場は一瞬で血と破壊の光景で上塗りされる。
「お待たせしましたぁ、ご主人様ぁ」
大きな鎌を振り、次々と神官を一刀両断する影――イスファナは恍惚と興奮の表情のまま、血のついた指を綺麗に舐めとった。




