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24 バルトロメオ

 

 

 

 クロスたちが街を歩いている間、アスワドは汚い荷馬車の中に押し込められていた。

 奴隷小屋で売られていたときのことを思い出して、気分が良いものではない。しかし、ここではアスワドのようなダークエルフは目立ち過ぎてしまう。


「人間の街など、壊してしまえば良かろうに」


 クロスはなにやら、この街に用でもあるらしい。問答無用で王都や村を叩き潰した男のことだ。大方、百年前の縁の地と言ったところか。


 アスワドはフッと息をついて目を伏せた。


 クロスと自分は利害が一致している。

 人間に復讐したいアスワドと、世界に復讐したいクロス。そのために、魔の火山を開き、魔族たちを率いて人間を滅ぼす。


 クロスは魔王になるつもりだ。


 ――アスワド、里を頼む……そして、愚かな我を許せ。


「魔王、か」


 もう何百年も前の記憶が至極最近のように感じられた。


「儂はお前との約束を果たせなんだ……お前と同じだ、スィヤフ」


 魔王となるために里を出た男の背を思い返す。彼は二度と里へは帰らず、言葉通りに魔王となった。


 ダークエルフのような魔族は自己蓄積した魔力で生きていけるが、魔物が生きていくには、魔力という糧が必要だ。

 魔の火山は魔力の最大供給源であり、その力を操る魔王がいなくなれば魔物は衰退してしまう。

 魔族や魔物にとって魔王は必要であり、いなくなれば現在のように衰え、やがては滅んでしまう存在なのだ。


 魔王を絶やしてはいけない。

 だから、アスワドは止めなかった。次代の魔王として自分の幼馴染を、黙って送り出した。


 スィヤフは魔王となって魔の者たちの繁栄に努めた。

 それは同胞を想うならば必要なことだった。


 思うに、彼は同胞に対して優しすぎたのだ。そして、愚かだった。


 あるだけの魔力を供給し、多くの魔族が強化された。だが、強化された魔族たちがなにをはじめるかまで、想像していなかったのだ。

 力を手に入れた者は弱者を虐げる。当たり前の論理であり、真理だ。

 次第に魔の領域は広がり、人間や精霊族を侵略していった。各々に暴れ、理性を失った者もいる。


 力で押さえてしまえば良かったのだ。けれども、スィヤフには出来なかった。


 彼は荒れ狂う同胞たちを纏めて魔王軍を編成した。

 無計画に暴れて破壊の限りを尽くすのではなく、統率することで同胞たちを縛ったのだ。

 それは同胞を守るための措置であり、無暗に殺戮を行わないための歯止めでもあった。少なくとも、スィヤフはそう思って魔王軍を指揮したに違いない。


 されど、それでおさまるはずもなかった。

 戦火は広がり、やがて魔王の領土は信じられないほどに広がっていたのだ。

 魔族は繁栄し、人間は衰退した。


 気づいたときには後戻りは許されなかった。

 スィヤフは同胞に優しく、そして、最も愚かな魔王だった。勇者に討たれてしかるべき存在だ。


 むしろ、歯止めの利かなくなっていたスィヤフを殺したクロスに感謝したいくらいだった。


 けれども、今度はクロスが魔王になろうとしている。

 皮肉なものだ。


「儂の周りは、どうにもこうにも、魔王だらけだな……疫病神か」


 アスワドは自嘲の笑みを浮かべて膝を抱える。


 自分の幼馴染は愚かな魔王だった。わかっている。

 だが、スィヤフとの約束を違えて、アスワドは自分の里を守り切ることが出来なかった。その後悔が胸を縛って、アスワドを締め付ける。


 復讐心に囚われて人間を殺すなど、前魔王と大差のない愚かな行為だ。

 けれども、止めることが出来ない。火がついた心を律することなど、アスワドには出来なかった。


 ずっと守ってきたのに。ずっと。

 ずっとだ。


「殺してやる、殺してやる……! 人間など、殺してやる……!」


 奥歯を噛み締めると、犬歯が剥き出しになる。

 抑えられない衝動がアスワドを蝕んでいった。

 今すぐに誰かを殺したい。殺してしまいたい。殺す。死んでしまえ。死ね、死ね死ね死ね!


「どこですかー? アリア様ぁ! アリア様ぁ!」


 間の抜けた声が聞こえる。誰かを探しているのだろうか。アスワドが潜んでいる荷馬車の方へ近づいてくる。


 ここは路地裏だ。人目はない。

 この人間を殺してやろう。一人くらい殺したところで、構うものか。御者台に乗った荷馬車の主の隣に並べておけばいい。

 アスワドは唇に笑みを描いた。


「おかしいですね。こちらだと思ったのに……参ったな」


 男の声が荷馬車と近くなる。都合よく立ち止まったようだ。

 アスワドは自分の顔を隠すように、深くフードを被った。そして、荷馬車の外へと踏み出す。

 予想通り、気配は一人分だ。誰にも見られていない。


「誰か探しておるのか?」


 男の背後に忍び寄り、声をかける。振り返り様に喉を裂けるように、鉤のような爪を伸ばした。

 アスワドの呼びかけに、男が振り返える。


「ああ、ちょうどいいところに。すみません、この辺りで青い髪の女性を見ませんでしたか?」


 間の抜けた声と同時に、男がアスワドを見た。

 その瞬間、アスワドは動きを止める。踏み込んでいた足が硬直し、身動きが取れなくなってしまう。


「……スィヤフ……?」


 サラサラとした金髪の下で人の良い笑みが描かれる。左の泣きぼくろが特徴的で、いつか見た影と重なった。


「おや、可愛らしい女の子ですね。もしかして、迷子ですか?」

「え……その、だな……」


 違いがあるとすれば、ダークエルフの特徴である肌と眼の色くらいか。

 目の前にいる男が、今はいない前魔王の顔と瓜二つであることに、アスワドは困惑した。

 後すさる。


「ああ、すみません。怪しい者ではないのですよ。僕はバルトロメオ・シーヤ・リンジ。こう見えて、神殿で神官(プリースト)をしております」


 フードのせいで、バルトロメオと名乗った男はアスワドがダークエルフだとは気づいていないようだ。人間の少女として接している。


 不味い。よりにもよって、神殿の神官だったか。

 今すぐ殺すべきだ。アスワドは躊躇する心を奮い立たせて、殺気を放つ。


「怯えているのですね。大丈夫です。ちょうど、僕も人を探しているのですよ。よかったら、君の両親も探してあげましょう」


 アスワドの殺気を怯えていると勘違いしたのか、バルトロメオがのんびりした動作で手を差し出してきた。


「お前……」


 アスワドはつい口を開いてしまう。


「下っ端のへっぽこ神官であろう」

「な!? え、え、ええっ!?」


 いきなりそんなことを言われて、バルトロメオが慌てた様子で表情を崩した。間の抜けた平和ボケ顔だ。


 神殿の討伐隊に選ばれるような神官が、殺気を見誤るはずがない。アスワドはダークエルフだ。尖った耳を隠していたとしても、漏れ出る魔力で察してしまうだろう。

 それがないということは、魔法を得手としていない証拠だ。神殿では魔力が高いほど上位に就ける。


「一流の光魔法使いなら、索敵魔法くらいは嗜んでおるだろうに。こんな路地裏まで入り込んで人探しとは……馬鹿のへっぽこである証拠であろう。おまけに方向音痴か?」

「な、なん……ちょっと苦手なだけなのです。一応、回復魔法だけは、ちゃんと使えます! あと、家にも帰れるので大丈夫です!」

「ほう、回復魔法しか使えぬのか。見たところ、魔力も強くなさそうだ。つまり、上級魔法が扱えず、擦り傷程度しか治せぬカスのような回復要員……役立たずだな。雑用係が関の山だ」

「ぐっ……掃除は好きだから良いのです!」

「やはり、雑用か」


 あまりにも面白い間抜け面だったので、ついつい言葉を重ねてしまう。

 すっかり毒気が抜かれてしまい、アスワドは息をついた。殺す気にもならない男など、初めて見た。

 ある意味、才能だろう。


「と、とにかく……これでも、僕は神官ですからね。小さな女の子をこんなところで独りにはしておけません。保護します! ご両親を探しますよ!」

「お、おい……儂は別に……」


 バルトロメオは恥ずかしそうにしながら捲し立てて、アスワドの手を握る。

 アスワドは呆気にとられて、そのままズルズルと足を進めてしまった。


 さて、どうするか。

 殺し損ねた神官を見上げて、アスワドは口を曲げた。

 

 

 

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