23 墓標の丘
「転移魔法があれば良いのに」
馬旅に飽きた頃合いに、クロスが呟く。
「出来ないこともありませんが」
リリィシアが難しそうな顔で答えた。
彼女が言わんとしていることは、クロスにもわかっている。
「転移魔法は存在しますが、年単位で大がかりな儀式が必要です。魔力も消費しますし、制約も多いのです。転移出来る土地と土地とを結ぶ霊脈が合わなければなりませんし、それを探すのは至難の業です。ただし」
「ただし、例外はある、か」
とっくに理解していることなので、クロスはリリィシアの言葉を遮った。なんだが、つまらない授業を受けている気分で、長々と聞いていたくなかったのだ。
「神殿と神殿を繋ぐ転移門だけは、人間が生まれた有史時代から培われてきた技術だ。地脈も儀式様式も確立しており、それが崩れることはない。逆に転移門を閉じるにも大がかりな儀式が要る」
全ての神殿を繋いでいるわけではないが、大きな神殿と神殿は転移門によって繋がれているらしい。
クロスたちも百年前の世界で二回ほど通ったことがある。一瞬で別の場所にある神殿へ行くことが出来て、便利だった。
「いっそ、神殿を先に落とすか?」
そう言って笑いながら、後ろをついてくるアスワドを振り返ってやった。
「儂に聞かずとも良かろう」
アスワドは口を曲げる。
幼い少女が馬に乗る姿はだいぶ奇妙だった。エルフたちと同じように、ダークエルフであるアスワドは鞍と手綱を必要としないらしい。装具を外した状態で横乗りし、鬣を撫でていた。
これはこれで便利そうで、少々羨ましい特性だ。
ストリェラも、よくこうやって馬に乗って威張っていた。
「神殿を掌握して転移門を奪えば、王都のアンデッドを神殿から湧かせることも可能になる。わくわくしないか?」
「悪趣味だな」
アスワドはそう吐き捨てるものの、否定し切らない様子でチラリとクロスを見た。
彼女が一番憎む相手は神殿だ。
神殿の討伐隊に里を襲われたアスワドにとって、クロスの提案は僥倖だったに違いない。
「しかしながら、クロス様。王都には神殿が存在しませんので、少なくとも近隣の神殿と、転移先の神殿の二ヵ所を落とす必要がありますわ。それも同時でなければ、狭い転移先にアンデッドを送り込んだ瞬間に集中砲火を受けて殲滅されてしまいます」
「面倒臭いな」
どうも、リリィシアは戦争が嫌いと言いながら、考え方そのものは戦術に寄っている。生粋の武人であると言えるだろう。
そんな彼女が人間同士の争いを拒んでクロスを召喚した理由が、いまいち解せないときがある。
「まあ、神殿攻めは有用だな。なんか良い方法でも考えておくよ」
クロスは軽く言って笑った。
とりあえず、不都合はない。なにかあっても捻じ伏せるだけの力がクロスにはある。
「あー……」
クロスはふと、今朝見た地図を思い出す。
現在地がどこなのかを思い浮かべて、息をついた。
「ちょっと寄りたいところがある」
クロスは馬の手綱を引いて、気まぐれの提案をした。
神聖都市ユキカリア。
聖人を祀り、讃えるために造られた要塞都市だ。
カルディナ王国の西方に位置し、神殿が管理する街でもある。カルディナ西方都市では一番の発展を見せる商業都市でもあった。
「このようなところへ来て、どうされるのですか? ああ、わかりましたわ。手始めにユキカリアの転移門を奪うのですわね。流石はクロス様、良い案を思いつきましたのね? 虐殺ですか?」
リリィシアがポンッと手を叩いて笑った。
それを見て、クロスは少し呆れて腕を組む。
「なんでもかんでも、虐殺方面に持って行くなよ……」
こんな頭おかしい姫に、お気に入りのイスファナが気持ち悪いと言われていると思うと、ちょっと腹が立った。自分だって、戦闘ヒャッハー勢じゃないか。
アスワドは目立つので、路地裏の荷馬車を奪ってそこに隠れさせている。御者を一人絞め殺したが、作物を売りに来た農夫のようだったので、問題はないだろう。騒ぎになる程でもない。
「寄ってみたい場所があったんだけど……思ってたのと全然違った」
クロスは街の中心である広場に立ち、辺りを見回した。
王都と同じ人口密集地らしく集合住宅の連なる街。最奥には城の代わりに、大神殿が構えられている。目抜き通りには市場が広がり、様々な人々が行き来していた。
「前はこんな場所じゃなかった」
「それは、クロス様がいなくなったあとに発展した街ですから」
リリィシアは含みのある笑いを浮かべた。
彼女はクロスの疑問に答える材料を持っているようだ。
「ここユキカリアに祀られている聖人は神官ユッカ。伝説の勇者クロス・カイト共に戦って死んだ聖女の街ですから」
ああ……。
クロスの中で緩んでいた糸が張り詰められる。
今にもブチリと切れてしまいそうだった。
「よくも、まあ……抜け抜けと、そんなことが出来たもんだな」
反吐が出そうだ。
クロスの憎悪を読み取って、リリィシアは嬉しそうに笑っている。彼女は事実を聞いたクロスが怒ることを知っていて、焚きつけているのだ。
「ユッカは自害した。神殿に殺されたも同然だって言うのに……ここは、俺とストリェラがユッカを埋めた墓があったところだよ」
なにもない丘だった。
ただただ草原が広がっていて寂しい場所だった。そんなところに仲間を埋めるのは憚れたが、死体を持ち歩くわけにもいかない。かと言って、野晒しにも出来なかった。
「聖女ユッカの聖遺物として遺骨が祀られています。きっと、掘り返したのでしょうね」
リリィシアの言葉がいちいち癇に障る。
クロスは人目も憚らず、リリィシアの細い首を掴んでやった。
締めあげない。だが、いつでも細首を折ってしまえるという意思を視線に乗せる。
「よろしいですよ、クロス様。わたくしは、あなたの下僕ですから。お好きなときに殺してくださって」
リリィシアはクロスの手に触れて笑った。いつもと変わらない平然とした態度だ。
人の命を奪う瞬間も、自分の命が奪われる瞬間も、彼女は同じ顔をしていた。
「お前、やっぱり頭おかしいな」
「あら、そうですか? これでも、世界を救うために頑張っていますのに」
「だから、お前は頭おかしいんだよ。そんなんで、世界が救えると思ってるのか」
「思っていますよ。きっと、魔王のいる世界は健全にございます」
「なんで、お前。同族同士が殺し合うって知ってて、そんな楽観的なこと言ってられるんだよ」
「はい。だから、異種族で殺し合う方が幾分健全でしょう?」
「脳内イカれたお花畑姫だな」
クロスは突き飛ばすようにリリィシアを解放した。
リリィシアはわずかに圧迫された喉を押さえて咳き込んだが、すぐに平素を取り戻す。
「それで、如何しますか。クロス様?」
リリィシアは何事もなかったかのように、クロスに問う。
クロスは胸糞悪く思いながらも、フッと息を吐き出す。
「決まってる。潰してやるよ」
元のように、なにもない丘に戻してやる。
祀られているとかいうユッカの遺骨を回収して、静かに眠らせてあげよう。
今度は寂しい丘に独り埋めていくわけではない。彼女を貶める神殿と、この街の連中と一緒に埋めてやるのだから。




