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20 身勝手な世界

 

 

 

 もう一度寝直す気にもなれず、クロスは月明かりの射す村を歩く。

 誰一人として生きた者がいない村は物寂しくもある。野晒しになった死体を踏み越えて、クロスは進んだ。

 特に感じることはない。ただ、ちょっとばかり疲れる作業だったなと思う程度だ。


 無論、クロスとて無意味に散歩をしているわけではない。

 自分でやらかしたこととはいえ、好き好んで死体だらけの村を歩き回る趣味はなかった。

 リリィシアの風魔法の察知能力ほどではないが、クロスも気配に敏感ではある。それは魔王軍との戦いで培ってきた経験であり、魔王を倒したあとも様々なものから逃げてきた本能でもある。

 村の中で、誰かが動いていた。


「なにしてんだ?」


 気配の正体を見つけて、クロスは声をかける。

 小さな影が、ビクリと肩を震わせた。


「アスワド」


 深紅の瞳が振り返り、クロスを睨みつけた。だが、警戒する相手ではないと悟って、表情を緩めていく。

 それでも、彼女は獰猛な獣のような本能を剥き出しにしたままであった。

 小さな両手に長い猫のような爪が生えており、血に染まっている。


「お前の討ち漏らしだ」


 アスワドは犬歯を見せて笑うと、足元に転がったものを視線で示す。アッカディアの兵のようだ。

 既に顔が潰されているのは、アスワドの仕業だろうか。執拗に斬り裂かれて、甚振られた痕跡があり、もう顔の原型を留めていない。


 生き残りを片づけてアスワドがニヤリと唇の端を吊り上げている。


「どういう風の吹き回しだよ」


 アスワドが積極的に動くのは珍しい。どちらかと言えば、クロスと距離を置いて試すような言動が多かった。


「精霊どもがざわついていたからな。儂が始末してやっただけの話よ」

「それは、どうも」


 アスワドは真意を見せまいとしているのか、伸びていた手の爪を引っ込めた。


「下等生物が」


 アスワドはそう言うと、アッカディア兵の腹を踏みつけた。

 まだ生きていたらしい。ビクリと身体を痙攣させて、うごめいていた。


「こんな弱小種族に、儂の里が奪われたと思うと反吐が出るわ」


 最初は無感情に。されど、次第に高揚した声で。アスワドは何度も何度も兵士を踏みつけていた。


「ダークエルフは人間と違って、無暗に殺したりしないんじゃなかったのか?」


 最初にアスワドが言っていた言葉を繰り返してやる。

 クロスの言葉に、アスワドは動きを止めた。


「随分楽しそうに殺すな」


 クロスはアスワドの傍まで歩み寄る。

 アスワドが表情を変えずに、クロスを見上げた。獲物を仕留めた獣のように笑っている。抑えようとしても、高揚感が滲み出ているようだ。


「たぶん、俺と同じ顔だ」


 アスワドに言われるよりも先に言ってやる。同じことを言おうとしていたらしいアスワドは、開きかけた口を閉じた。


「儂は人を殺してやりたい」


 淀みない声で、アスワドは漏らした。


「里の者たちの仇を討ってやりたい……というのは、建前だ。復讐なんぞしたって、誰も喜ばぬのは、わかっておる。きっと、彼らは今の儂を見ても喜ばぬだろう。むしろ、魔王軍に加担した連中と同じで種族の面汚しと言われるかもしれぬな」


 アスワドの目的は人間への復讐だ。クロスと利害が一致している。それだけの関係だ。だが、同じ目的を持ち、共感する部分もある。


「だから、なんだよ。そんな理屈で動けるくらいなら、最初から復讐なんてしてない。はじめから、自分がスッキリするためにやるもんだろうが」


 クロスはアスワドに共感するからこそ、そう告げた。

 アスワドは一瞬、表情を揺るがせて拳を握る。


「ああ、そうだ。儂は自分のために、人族に復讐しておるよ」


 アスワドはなにかを呑み込むように間を取ったあとで、はっきり宣言した。

 それを聞いて、クロスは満足げに笑う。


「安心した。お前に今更迷われると、いちいち命令しなきゃならないし、他の魔族を捕まえるのも面倒だからな」


 アスワドの心は祝福の代償として人間性が欠落していくクロスとは違う。きっと、衝動で人を殺しても、どこかで迷いが生じているのだろう。それでは、困る。

 彼女の言うことは、わかる。仲間たちが復讐を望まないかもしれない。きっと、クロスを止めるだろう。


「やりたいから、復讐する。それのなにが悪いんだ?」


 別にいいじゃないか。


「俺は散々、勇者としてコキ使われたんだ。その上で、要らない存在として裏切られた。最初に身勝手を働いたのは、この世界の方だ。だったら、今度は俺が好き勝手やっても良いはずだろ?」


 誰だって身勝手なのだ。

 この世界の住人だって、クロスだって。

 だったら、強い者がそれを押し通すのが道理だろう。


「お前だって、誇り高いダークエルフの矜持ってやつで、今まで大人しくしていたんじゃないのか。それなのに、一方的に踏みにじられた。それは人間の身勝手だ」

「そうだ……! 魔王が倒されて以降、魔族の力は衰退した。一方的に狩られる存在として、ひっそりと暮らしておった儂らを見つけて、勝手に踏みにじったのは、人間どもだ。神殿の連中だ! 儂は……儂は……!」


 アスワドの気持ちの高ぶりに合わせて、夜の空気がざわめく。闇の精霊が集まり、魔力の流れを示している。

 クロスは笑いながら、兵士の前に膝をついた。


「【癒しの波導(ヒール)】」


 人体構造の勉強で、多少はマシになった回復魔法をかけてやる。

 引き裂かれた顔は痛ましい状態のままだが、潰れた内臓や傷ついた胴体は概ね治癒しているはずだ。


「ぐぁッ……やめ、も、や……」


 なにかを言っている。

 クロスは聞こえない振りをして、腰から剣を抜いた。そして、柄をアスワドに向けて渡してやる。


「気が済むまで、どうぞ」


 そのやり口に、アスワドが嫌悪の表情を浮かべる。けれども、すぐにクロスから剣を受け取った。


「お前は本当に魔族以上の悪だな」

「魔王になるからな」


 アスワドは兵士が逃げないように足で踏みつける。そして、剣を両手で掲げた。


「……前魔王は魔族のために立ち上がった。お前や儂のように、好き好んで殺しをしていたわけではない」


 剣が振り下ろされる。

 アスワドは何度も何度も人間の身体に剣を突き立てていた。その表情は無心であり、夢中。

 だが、やがて楽しむように笑声を漏らしていた。

 

 

 

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