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19 夢オチ

 

 

 

「ねえ、クロス。クロスってば」


 誰かが揺り起こしている。

 まだ眠い。もう少し眠っていたい。そんなクロスの思考など無視して、甲高い声が耳元で喚く。


「起きてよ! 朝ごはん作ってくれないと、あたしが死んじゃう! お腹すいて死んじゃう! お腹すいたお腹すいたお腹すいたー!」


 おいおい。ここは、「あたしが朝ごはん作っといたよ。早く食べないと冷めちゃう。起きて」辺りが定番だろうが。可愛い幼馴染だと尚良し。因みに、クロスの幼馴染は男だから絶対に実現しない。


 そんなことを考えながら、クロスは重たい瞼を開けた。

 この空気感には覚えがある。

 なんだか、とても遠くなってしまった気がする雰囲気だ。


「クーロースー!」

「んぅ……くそ、頭が痛い声出しやがって……」


 クロスのすぐ近くに顔が迫っていた。

 琥珀と翡翠のオッドアイが笑っている。ピンク色の髪が落ちて、顔をくすぐった。


「……ストリェラ!?」

「なによ? そんな変な顔してる暇があったら、早く朝ごはん作ってよ。この前の、ちゅうかどんってのが、食べたいなぁ! あ、大盛りね?」


 だいぶ近い位置に見知った顔を認めて、クロスは思わず飛び上がる。

 周囲を見渡すと、安宿の一室のようだ。魔物退治を生業として旅する冒険者ならば、誰もが見慣れた光景。


「ストリェラ、お前……」

「なぁに? あたしの顔、変かなぁ?」


 ストリェラがキョトンと首を傾げた。

 彼女は無遠慮にベッドに乗ると、逃げるクロスの方に顔を寄せる。猫みたいな動作が可愛くもあり、なんだか誘惑されているみたいで、目の遣りどころに困った。


「ジンとユッカも待ってるよ。トマが料理作ると壊滅的なんだよね」


 よく見ると、ミニスカートに薄手のブラウスなんていう格好だ。いつもの色気がない革のジャケットとショートパンツはどうしてしまったのだろう。


 いや、問題はそこではない。

 断じて、この嬉しいシチュエーションが問題ではなかった。


「ストリェラ……お前、死んだんだろ?」


 眠い頭で思い出す。いや、思い出したくもない。だが、嫌でも思い出してしまった。

 ストリェラはオッドアイをパチクリと何度も瞬きさせる。なにを言っているのか、わからないと言いたげだ。

 その表情を見ていると、クロスは自分の記憶が間違っているのではないかと不安になった。


「ぜ、全部、夢……なのか?」


 魔王を倒したあと、クロスは裏切られてなんかいなかった。

 本当は王様や神殿からたくさんの報酬を貰って、仲間たちと気楽に暮らしていて。

 トマもジンも、ユッカも生きていて。

 ストリェラも、こうして目の前で生きていて。

 百年後の世界になんて召喚されず、なにもかもがハッピーエンド。全てが上手くいっている。


 きっと、現実はこうなんだ。あれは、全部悪い夢だったんだ。


「そう、悪い夢なんだよ」


 ストリェラが無垢に笑った。笑いながら、クロスの頬に触れる。

 ゾッとするくらい冷たい指先で。

 クロスは思わず、ストリェラの手を掴んだ。


「これ、全部夢なんだよ」

「え?」


 ストリェラの顔に視線を戻す。


「…………ッ!」


 琥珀と翡翠の眼が繰り抜かれ、眼窩から赤黒い血が垂れている。耳はなく、身体には槍で刺された穴がいくつも空いていた。


「悪い夢なんだよ」


 歯の抜けた口が再び言葉を描く。

 クロスは首を横に振りながら、逃げるように後すさりした。


「ごめんね、クロス。一緒にいられなくて」


 手を伸ばすストリェラの肌に火傷が広がっていく。同時に、彼女がどんな殺され方をしたのか鮮明な記憶が脳裏に蘇っていった。


 いつの間にか、ストリェラの後ろに人が立っている。

 元の顔がわからなくなるくらい腫れあがって痣だらけになった魔法使い(ウィザード)のトマが立っている。

 神殿に騙されて魔物にさせられた剣士(ソードマスター)のジンが立っている。

 自ら喉を裂いた神官(プリースト)のユッカも、血まみれで立っている。

 みんな不自然に優しい笑顔で、クロスを見ていた。


「ねえ、クロス」


 ストリェラが立ちあがった。

 そして、醜く歪められた顔で言葉を紡いだ。


「――てね」




 † † † † † † †




 ベッドから飛び上がる。


 妙に汗をかいていて、寒い。息が荒く、肩も大きく上下していた。

 蒼白い月明かりが窓から射し込んでいる。まだ朝は来ていないようだ。


「くっそ……!」


 クロスは握り拳を作って、ベッドに叩きつけた。安っぽいベッドが軋んで、妙な音を立てる。それでは飽き足らず、クロスは壁を殴りつけた。


 この世界では、百年前の出来事だ。

 しかし、クロスにとっては、ついこの間の記憶でもある。


 魔王を倒して数日、まずはトマが殺された。優しいトマが人間相手に反撃できないと知った上での仕打ちだ。駆けつけたときには、トマは村人たちから殴り殺されたあとだった。王国から懸けられた懸賞金が目当てだったようだ。


 それから、クロスたちは逃げるように神殿へ身を寄せた。神殿は人間世界では中立の立場で、国境も関係なく誰にでも分け隔てない施しを与える。クロスたちの旅でも、何度も世話になった。


 だが、そのせいでジンが騙されて魔物にされた。人間を魔物化する薬の実験に使われたらしい。ジンの恋人だったユッカが彼を殺す瞬間、神殿の人間は平気な顔で実験結果の記録を書いていた。


 ジンを殺してしまったショックでユッカの精神が崩壊した。廃人のようになったユッカを連れて逃げたが、気がついたら自分の喉を裂いて死んでいた。


 残ったクロスとストリェラは逃げた。

 人間は信用出来ない。旅の途中に手を貸してくれたエルフの里に逃げ込んだが、そこでも酷い仕打ちを受けた。どこにも逃げ場などなかった。


 魔王が倒されてしまえば、勇者なんて用なしだったのだ。

 売られるように二人は神殿に差し出され――ストリェラも殺された。クロスを逃がして、自分が囮になる形で。


「あああああッ! くそッ! くそ、くそ、くそッ!」


 クロスは何度も悪態をついて壁を殴りつけた。思い出すだけで胸糞悪い。だが、忘れることが許されない。


 ストリェラまでいなくなって、クロスは独りになってしまった。

 今まで、心の隙間を埋めてくれていた仲間はいない。祝福の代償として楽しい記憶ばかりが抜け落ちて、穴は広がっていくばかりだ。

 空っぽの廃人。もう、なにかを考えることすら、嫌になっていた。ただただ、ストリェラの死を無駄にせまいと生きることだけ考えた。


 そんな矢先、足元に現れた魔法陣。

 召喚された先は、ストリェラたちが死んだ百年後の世界で――今のクロスを見たら、仲間はなんと言うだろう。

 火がついた復讐心に任せて、誰彼構わず殺して、壊して、潰して……止められるだろうか? それとも、応援してくれる?


 今考えれば、どうして、もっと早くこうしていなかったのか悔やまれる。

 ストリェラが死んだとき、いや、トマたちが死んだとき……もっと早くにこうしていれば良かった。


 人はわかり合える。世界は敵なんかじゃないと思い込んでいた間抜けな善良勇者。そんなクロスが招いた過ちではないか。

 どうして、もっと早くにこうしていなかった? どうして、誰かを信じようとしてしまった? どうして、信じられると思った?


 馬鹿みたいな自分。


「こっちが夢だったら、よかったのに」


 夢オチなどではなく、さっきの世界にもう一度戻りたい。夢なら、ずっと覚めない方がいい。


「朝飯くらい作ってやるよ……昼も晩も、ついでに夜食とデザート付きだ。お前、ゴマ団子好きだろ……肉ばっかりじゃなくて、野菜もちゃんと食えよ」


 誰にも聞かれていないとわかっていながら、誰かに話しかける。自分でも意味がないことだとわかっているし、頭がおかしいとも思っている。


 窓の外に視線を移す。月明かりが村の道を照らしている。

 村人の死体が放置されていた。

 全部、クロスが殺してやった。

 アッカディア軍を吹き飛ばして、そのまま村人も殺してやった。全て、クロスがやった。後悔は特にしていないし、それなりに気分も晴れたと思う。痛ましい姿を見ても、あまり感情も揺さぶられない。

 魔力を使いすぎて疲れて、そのまま、適当な家で寝ているだけだ。


「夢の中くらい、都合のいいこと言ってくれよ。アホリェラ」


 夢の中で最後にストリェラが言った言葉を思い出す。

 あれは夢だ。クロスが作った妄想の産物に過ぎない。

 それなのに、何故だか実際にストリェラが言ったことのように思えてならなかった。


 ――生きてね。


「俺だけ生きてても、しょうがないだろ」

 

 

 

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