18 勇者は辞めた
「我が名はガイウス・レダ・エルニオス! 貴様、カルディナの魔法使いであるな!」
ガイウスと名乗った男がクロスに剣を向けた。
いかにも豪傑と言った風貌の壮年だ。甲冑や徽章を見たところ、指揮官のようだった。
「俺、別に魔法使いじゃないんだけど……あーでも、魔法使いなのかな。勇者って、どこに分類すればいいんだろ」
考えてみれば、クロスは最初から勇者としか呼ばれていなかった。剣も扱えるが、どちらかと言うと、【精霊隷属】を活かした魔法使いのような位置づけかもしれない。
呑気にそのようなことを考えていると、クロスの足元の地面が割れる。
「ふはははは! ご丁寧に第七階級の魔法なんぞ叩き込みよって! 貴様の魔力も底を突いておろう!」
ガイウスの指摘通り、第七階級の魔法を放ったことでクロスの魔力には余裕がない。
第二階級程度の魔法ならまだまだ使えるが、上級魔法はせいぜい、第五階級があと二回しか撃てないと思う。
「クロス様、わたくしが参りますわ」
リリィシアが杖を剣に変えて武装する。彼女は地割れに巻き込まれるクロスを風魔法で浮かせると、白銀の刃をガイウスに向けた。
「させるか!」
だが、その間に軽装の兵士たちが割って入る。動きが素早く、隙が見えない。暗殺者のようだ。アスワドも囲まれていた。
魔力を消費したクロスの代わりにガイウスと戦える状況ではない。
「面倒臭いな」
クロスは一言呟いて、腕を前に突き出す。
「【魔道具召喚 海神リヴァイアサン 闘神イフリート】」
空間に収納されていた双剣が現れる。
氷のように透き通る剣と、炎を纏った紅の剣だ。それぞれを両手に持って構える。
右手に持ったイフリートの炎で襲ってくる木を断ち、左手のリヴァイアサンの起こす水魔法で土を押し流す。
二属性の魔法を素早く、且つ効率的な魔力消費で使用するための双剣だ。単一属性の上級魔法で押し切るほどの魔力はクロスに残されていない。
土魔法は大地や土を操る効果と、植物を自在に成長させる効果がある。大抵はどちらか一方に特化した使い手が多いが、このガイウスという指揮官はどちらにも精通しているらしい。実質、二属性の魔法使いと同等だ。
「だいたい、なんで指揮官がこんなところにいるんだよ」
「たわけ! 貴様には関係なかろうが!」
大方予想はつく。
軍の中枢で指揮をしていたのではなく、兵士たちの略奪行為に便乗していたというところだろう。特に女は早めに手をつけておかなければ、下っ端に掠め取られてしまうこともある。
結果的に、それで命拾いしたわけだ。
「残念だったな。邪魔をした」
クロスは邪悪に笑って、木の根を避ける。クロスはそのまま太い根に飛び乗ると、一気にその上を駆けた。
「【我が剣に宿り 我が敵の肉を断て 炎蛇剣】」
炎の剣に第二階級の魔法をかけてやる。
剣に纏わりついていた炎が蛇のように伸びて、鞭のようにしなる刃となった。低級の魔法だが、対人戦では充分な威力だろう。
「馬鹿め、第四階級以下の魔法など効かぬわ!」
しかし、ガイウスは甲冑の籠手で蛇のような刃を弾いてしまう。
どうやら、あの甲冑には魔法の防御が施されているようだ。直接、甲冑で覆われていない部分を狙うか、第五階級以上の魔法を叩き込むしかない。
「なら、これならどうだよ! 【火炎弾】」
剣先から発生した炎が集まって弾となる。
クロスは狙いを定めて、ガイウスに向けて魔法を放つ。第五階級の上級魔法だ。これなら、防御の施された甲冑も貫通するだろう。
「がはははは! 甘いわ、小僧が!」
ガイウスが豪快に笑って地面を両手で殴りつける。すると、大地が盛り上がって壁となり、反り立った。
壁に阻まれる形で火炎弾の軌道が逸れて、明後日の方向へ飛んでいってしまう。
「【水よ 我が道を阻む敵を浄化せよ 水龍の波導】」
漂う精霊が集まり、水となって濁流を生む。土の壁を洗い流さんと、大量の水がガイウスに向けて押し寄せた。
「まだまだぁ! この程度では、このガイウスは倒せんぞ!」
ガイウスは豪快に叫ぶと、土の壁を重ねていく。彼の周りを囲うように堤防が築きあげられ、水の流れが阻まれていく。
第七階級の魔法を放ったあとのクロスでは、これが精一杯の攻撃だ。力押し出来ず、防ぎ切られてしまっていた。
「ぬはははは! 観念せよ、カルディナの魔法使いよ! このガイウスが勝たせてもらうぞ! しかし、殺すにはなかなか勿体ない人材。我が軍門に下るのであれば、命だけは――」
「馬鹿がよく笑う」
クロスは唇の端を吊り上げて笑った。
「残念だったな」
ガイウスはクロスが何故笑っているのか理解出来ていないようだった。その様子を見ていると、じわじわと愉快な心持ちになってくる。
「なにを……あ?」
数秒、ゆっくりと間を置いたあとにガイウスの表情が変わる。しかし、彼が状況を把握したときには、既に遅い。
土の壁によって軌道を逸らされて飛んでいったはずの火炎弾が、上から迫っていた。
クロスは火炎弾を消失させず、上空に向けて進ませていたのだ。それをこのタイミングで落下させた。
水の威力が思うように出せなかったのは、火炎弾維持のために魔力を使っていたからだ。
「水の方が囮だったんだよ。ばーか」
水の浸入を防ぐために作り上げた土の堤防の内側に、火炎弾が落下する。
「ぐぁぁああああ! あづ、ぐがああああああ!」
逃げ場のない堤防の中から断末魔が聞こえる。人の肉が焼ける臭いと黒煙が昇った。
別段、中身を覗き見る趣味もないので、クロスは土魔法を使って堤防の上に蓋をするように土を被せてやった。良い具合にオーブン状態となっているだろう。
食べる趣味はないが。
「流石はクロス様ですわ。少ない魔力でも充分に戦う知恵をお持ちだなんて。元勇者の力は伊達ではございません」
リリィシアが返り血まみれの顔で笑った。少し離れたところでアスワドが不満そうに始末した兵士を踏みつけている。
「す、救ってくださった……?」
「村は守られたんだ!」
「救世主だ!」
クロスが一息つくと、隠れていた村人たちが集まってくる。
皆、略奪の兵を一掃したクロスを英雄のように讃えた。怯えていたはずの表情は希望に満ち溢れ、笑みがこぼれている。
――勇者様、ありがとうございます!
――この世界を救ってください!
けれども、クロスは知っている。
この表情の奥で、こいつらがなにを考えているのか。
「ありがとうございます、旅のお方!」
村の女がクロスに向かって歩み出た。痩せているが色気があり、美人の部類に入るだろう。
女は目に涙を溜めながら、クロスの腕に自分の腕を絡める。クロスは別段腕を払うこともせず、村の光景を眺めた。
――あんなバケモノ、これ以上生かしておいたら、こっちがやられる!
――早く殺せ、今のうちに!
「残念だったな」
クロスは絡みつく女の腕に触れた。
「ありがとうございます。ありがと――え、え、え? い、いだ、あっ、ああああああ、あああああああああ!」
ゴリッと骨が砕ける音と、肉を抉る感触。
有り得ない方向に腕を捻じ曲げられ、女が絶叫した。捻じれた肉が裂け、折れた骨が露出している。
泣き叫ぶ女をゴミのように地面に捨てて、クロスは見下ろした。
「俺はもう勇者を辞めたんだよ」
悲鳴が上がった。事態を把握して危険を察知した村人が一目散に、その場から逃げはじめる。
「【電磁石】」
クロスを中心に魔法陣が広がる。範囲は狭いが、集まっていた村人を囲うには、ちょうどいい大きさだ。
魔法陣に吸い寄せられるように、村人の動きが止まってしまう。逃げようにも身体が思うように動かず、クモの巣にかかった虫のようにもがいていた。
オルフェウスに使ってやった磁石の原理を応用したのだ。
「あ、あ、ああああ、た、助けて……!」
命乞いの音色を聞きながら、クロスは動けなくなった村人の命を、一人ずつ絶ってやった。
上手に焼けました。




