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17 粉砕

 

 

 

 カルディナの王都がアンデッドの群れに襲われたらしい。

 門は閉ざされ、誰も生きて帰ることが出来ない。

 まさに死都。


 そんな噂めいた不確かな情報がカルディナ国内には広がっていた。

 神殿は緊急の討伐隊を組むが、如何せん、情報が少なすぎる。生存者がいるのかもわからない状態であった。


 そんな折りに、国境を越えて進軍するアッカディア兵。

 侵略の兵はカルディナの国土を踏み荒らし、まっすぐに王都を目指して進撃する。一時期はカルディナ側が勝利すると思われた戦況を巻き返し、再び優位に立つアッカディアにとって、これは好機であった。


「しかし、アンデッドとは……いったい、どこから湧いたのやら」


 アッカディアの指揮官ガイウスが漏らす。

 濃緑のマントが翻り、指揮官である身分を表す徽章(きしょう)が光る。


 通常は王都を囲むように神殿が配置されている。魔物など、外から来ればすぐに駆除されるはずだ。突破されても、時間差が出る。王都がみすみす陥落するほどの損害が出るとは考えにくい。


「どう考えても、解せんな」


 国境での戦い。カルディナがわざと敗走して、軍を退いたことにはすぐ気がついた。

 妙だと思っていたところ。カルディナ国内の不穏な噂。

 アッカディア軍を利用しようという魂胆が見え透いていた。


「わざと不穏な噂を流して王都に向けて進撃させ、その背後を突くつもりなのでしょう」


 補佐官がハキハキと答える。ガイウスも頷いた。


「その手には乗らぬ」


 利用されてやるつもりは毛頭ない。

 堅牢なはずの王都がアンデッドに堕ちるなど、有り得ない話だ。少なくとも、アッカディアの王都はそのようなザルではない。わけのわからん噂話に翻弄されるガイウスでもなかった。


「しばし進軍し、方向を変える。後から追ってきているであろうカルディナの兵を待ち構えて叩くのだ」

「それがよろしいかと」


 兵士たちはまっすぐに進む。足並みが揃ったその風景を眺めて、ガイウスは満足げに笑った。


「カルディナの王子は切れ者だと聞いていたが、ここまで出て来ぬし、考える策も浅はか。大したことはなかったな。やはり、あの暗君の子よ」

「まったくそうですな」


 兵は進む。

 愚かなる国の土を踏み荒らしながら、民を巻き込みながら。

 途中の村を略奪し、食料を確保する。戦が日常となった世界では当たり前の行為であり、強者にとっては当然の権利だ。

 兵は進む。

 勝利を目指して。




 † † † † † † †




 進軍するアッカディアの兵は近隣の村々を襲って略奪の限りを行っている。

 食料は奪われ、家畜も奪われる。男は殺され、老人も殺される。女は着るものを奪われ、犯される。

 戦争とはそういうものであり、弱者は虐げられるもの。


「この世界の村人って、馬鹿なんだよなぁ」


 アッカディア軍の略奪を受けて混乱する村を屋根の上から眺めて、クロスは呟いた。下では子供や女の悲鳴、殺されていく男たちの断末魔が聞こえる。


「軍隊が来たって聞いた時点で、貴重品と食料だけ持って逃げればいいのに」

「まあ、流石はクロス様。理に適っておりますわ。まったくもって、その通りなのです」


 リリィシアが女神のように優しい笑みで同意した。


「軍としても、侵略された場合は田畑を焼き、家畜を逃がすようにと推奨しています。略奪させないことで、相手の供給源を減らすのは有用な戦術ですから。現に、アッカディアがカルディナ国内に侵略しながらも、一度は国境まで退けられたのは、そのためです」

「今回は、わざと進軍させているわけだから、その勧告を敷いていないってことか」

「そうですね。少し考えればわかることですのに……あいにく、下々の民は上から指示をされなければ、なにも出来ないのです」


 自分の国民の話だというのに、リリィシアの口調は実に明快であった。


「それもこれも、人同士で争う弊害なのですわ」


 全く迷いのない口調だ。一点の濁りもない水のように澄んでおり、清々しい。

 これが王女として国民を想いやる言葉であったなら、彼女のことを良き王女として讃えたくもなるだろう。

 しかしながら、あいにく、彼女が口にしている言葉は自国民を貶める発言であった。


「人族は醜いな」


 少し離れたところで、アスワドが皮肉な笑みを浮かべていた。

 人間に復讐しようと人里へ降りたダークエルフには、この光景が滑稽なのだろう。幼い少女のように見える顔には、邪悪な笑みが刻まれていた。


「そろそろ良い頃合いかな」


 クロスはそう言って立ち上がり、手を前にかざす。


「【魔道具(アイテム)召喚 雷槍ゲイボルグ】」


 魔道具を召喚したことで魔法陣の光が発生する。

 それに気づいた略奪のアッカディア兵たちが、屋根の上を指差した。


「【我が眷属たる精霊たちよ 我が声に集い 我が声に従え 愚者どもに鉄槌を下すがいい】」


 クロスの周囲に雷撃が発生し、金色の魔法陣が展開する。同時に、蒼穹に突如、禍々しい煙のような黒い雲が現れた。

 稲妻をはらんだ積乱雲が周囲に闇を落とす。


「【神々の鉄槌(クロスサンダー)】」


 第七階級の魔法だ。

 かなりの魔力が一気に消費されていったが、魔力増強の補助道具であるゲイボルグが負担を軽減させる。

 発生した稲妻が幾本もの柱となり、村の外に待機していた兵士たちに襲いかかった。村を襲っている兵など、ほんの一部だ。

 クロスは軍の本隊を狙って、広範囲の魔法を放った。


「馬鹿な……第七階級の魔法など……!」


 最上級魔法を扱う人間など見たことがないのだろう。村を襲っていた兵士たちが略奪を辞め、恐れ慄く。


「なん……だ……あれ……?」


 村の外に広がった光景は、まさに穴だった。

 地面にポッカリとクレーターのような穴が開き、煙が上がっている。灰も炭も残っていない。全てが消し飛んだ死の世界であった。


 流石にクロスも汗を拭った。ここまで高威力の魔法を放つのは、魔王やその配下の幹部相手以来か。

 クロスは人間の軍隊を相手に戦争などしたことがない。

 リリィシアのように低級の魔法を広範囲に撃つという器用な芸当は出来ないのだ。オーバーキルだが、確実に全体を吹き飛ばせる魔法を選択した。


 水魔法で洪水を作っても良かったが、雷魔法の方がクロスとは相性が良くて得意である。【精霊隷属】を使わなくても、扱うことが出来る魔法属性でもあった。


「ダルい……この辺りも練習した方がいいかな」


 最上級魔法を放ったせいで魔力の消費が激しい。クロスは煩わしく思って、背筋を伸ばした。

 ざっと、二万ほどの兵がいたか。丸々吹き飛ばせる範囲が確保出来てよかった。撃ち漏らしがあるとスッキリしない。


「な、な、なんだ、あれは……!」


 村にいた兵士たちが逃げていく。クロスはその背を指差して、魔法を放つ。


「【我が眷属たる雷よ 逃がすな 雷矢(スパーク)】」


 雷撃が矢となり、一瞬で兵士を貫く。


「残念だったな。こっちは消耗して、一気に吹き飛ばしてやれないんだよ」


 逃げていく兵士の背を、次々と魔法で撃ち抜いていく。

 呆気なく身体に穴を空けて兵たちが倒れていった。内臓を丸々焼かれる者、頭を吹き飛ばされる者、的が外れて身体の半分を焼失し、しばらくのたうち回る者。


「なるほど。確かに第二階級程度の魔法で充分みたいだ」


 リリィシアが人同士の戦いにおいて大切なのは第二階級程度の魔法を広範囲に向けて何度も撃つことだと言っていた。低威力魔法を矢のように一点集中させて撃ち込むだけで、人体は呆気なく壊れていく。


「脆いもんだな」


 刹那、気配を察知した。

 足元の屋根がミシミシと音を立てている。クロスは即座に屋根から飛びすさり、その場を離れた。


 質素な造りの家が一気に崩れて、木の根のようなものが這い出てくる。


「おのれ、我が軍勢を一撃で……貴様、何者であるか!」


 崩壊した家からうねるように育った根が伸びて、クロスに襲いかかる。


「土魔法か」


 土魔法で植物の成長速度を速めたのだろう。自在に操られた木の幹や枝が触手のようにクロスへと伸びた。


 クロスは土煙の上がる向こう側に視線を凝らす。

 

 

 

 イスファナは王都でお留守番をしています。

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