16 駆除
カルディナ王国の都――今は死都と成り果てた地。
城壁の上に座り、クロスは退屈に息をついていた。
「【雷よ 光の矢となり 彼の者を貫け 雷矢】」
無感情に呪文を呟いて、目標物を指差す。
第二階級の安い魔法だ。大して魔力も消費しなかった。
「ひ、ひぎゃぁぁぁあ!」
指の先にあったのは、死都となった王都に近寄ろうとした商人たちの馬車だ。
暇潰しに、こうして城壁の上から魔法を放って駆除している。
王都がアンデッドたちに占拠され、死の都となっていることは商人や周辺の村で広まりつつあるらしい。だが、こうして間抜けにやってくる者もいる。
「あら、そのようなことは、あの下品な死霊に任せてしまえばよろしいのに」
風が吹き、いつの間にかリリィシアが現れる。風魔法で自分の身体を浮かせて、城から飛んで来たらしい。
「そういう気分だったんだよ」
クロスは足を組みかえて、息をつく。
「そんなにお怒りですか?」
「怒ったってほどでもないけど、胸糞悪い」
リリィシアから、この世界で一般的に語られている魔王討伐のお伽噺を聞いて吐き気がした。
「都合のいいこと言いやがって」
この世界の連中は魔王を倒した途端、掌を返したようにクロスたちを排除しようとした。裏切り、仲間を殺し、クロスを断罪した。
それなのに、この世界の連中は都合のいいように歪めた歴史を語っている。
平気な顔をして。
「王家の所蔵する本の中には、真実を書いたものもございます。世間では禁書として燃やされてしまいましたけれど」
「ほんと、胸糞悪い話だよ」
再び目標物を指差して、雷矢を放った。
炎上する馬車から逃げる商人の一人を雷が貫く。遠くてよく見えないが、恐らく、腹に穴が開いて内臓が焼失していることだろう。
わらわらと湧く他の商人も、荷馬車に詰められていた奴隷たちも、一人ずつ貫いていく。
蟻の行列を指先で一匹ずつ潰していくような気分だった。特に感慨もないが、なんとなく、気分が良い。
「【雷矢】」
投げやりに呪文を詠唱する姿を見て、リリィシアが菫色の瞳を瞬かせる。
「そういえば、クロス様」
「なんだよ」
面倒臭く思いながら、クロスは的から視線を外してリリィシアを振り返った。
「クロス様は、どうしていつも無駄に長い呪文を唱えていらっしゃるのでしょうか? 普通の呪文でも、魔法を使うことが出来るのに」
「え」
指摘され、クロスは顔を硬直させた。
「同じ魔法でも、たまに詠唱を変えていらっしゃいますわよね」
「…………」
呪文は基本的にワンフレーズだ。「【雷矢】」と唱えれば、きちんと魔法を放つことが出来る。「【雷よ 光の刃となり 彼の者を貫け 雷矢】」と長たらしく呪文を詠唱する必要などない。
リリィシアが言っているのは、そういう意味である。
「……俺の場合は、そうだな……祝福で無理やり全属性の精霊を眷属にしているからな。呼び出すのに、少し長い手続きが要るんだよ」
「そうだったのですね。でも、短い呪文もお使いになりますわよね?」
「……精霊が俺に慣れてくると、短くても大丈夫なんだ」
「そのようなこともあるのですね。わたくしが短慮でした。申し訳ありません」
リリィシアがにっこりと慈悲深い女神の笑みを作る。見透かされている気がして、気持ち悪い。
「どうして、長くて恥ずかしそうな呪文を唱えていらっしゃるのか、疑問でしたので。流石はクロス様です。素晴らしいですわ」
「……当たり前だろ」
かっこいいと思って、勝手に呪文を長くしているとは、とても言えない空気であった。
恥ずかしい呪文だと思われていたなんて……やっぱり、異世界人とは趣味が合いそうにない。
「あら」
適当に憂さも晴れたところだし、そろそろ城に帰ろう。腰を上げようとしたとき、リリィシアが表情を変えた。
最初は驚いたように。だが、すぐにいつもの笑みに変わった。
最近は素直に彼女の笑いを「優しい」や「慈悲深い」とは思えなくなってきていた。なにを考えているのか理解出来ない、気味の悪い笑い方にしか見えない。
「クロス様、しばらく火山へのお出掛けは控えた方がよろしいかもしれません」
リリィシアが得意な風魔法で、なにか情報を得たことを察する。
クロスの場合は得意属性以外の精霊を無理やり服従させて魔法を使うが、リリィシアの場合は違う。特に彼女は精霊から好かれているようで、遠くの報せも勝手に教えてくれるらしい。
便利だ。
「なにかあったのか?」
「はい。アッカディアの軍勢が国境を越えて、王都に向かっているそうです」
「アッカディア……カルディナの戦争相手が?」
「はい」
リリィシアの話では国境付近でカルディナ軍と交戦中だった。国境を越えたということは、普通、カルディナ軍が負けて後退しているということを意味する。
「指揮はオルフェウスお兄様が執っていたはずですから、無理もありませんわ。今、カルディナ軍は混乱しているのでしょう」
なんと言っても、オルフェウスは何らかの手段で王都陥落を察知して帰還後、呆気なくクロスに殺されたのだから。指揮官を失えば軍の統率もとれない。
王都が落ちた情報を聞いて、兵の士気が乱れたか。
「いや、違うな」
クロスは自分の思考を否定した。
「カルディナ軍は王都の状況を知っているからこそ、自分たちが退いて敵国に攻めさせるつもりか」
アッカディア軍は王都の状況を知らない。
自分たちではなく、敵軍に敵を討たせようという算段だ。
「狡賢いやり方だな」
「争いとは、そういうものですわ」
仮にアッカディア軍が進軍中に王都の異変に気づいたとしても、兵を進めるだろう。いや、気づく。商人や近隣の住人を介して、都の変化は伝わっているはずだ。
「気づいたところで、アッカディアは兵を止めないでしょう。これ幸いと都を落としてしまおうと考えるはずです。カルディナ軍はオルフェウスお兄様が討たれたことで、クロス様の強さを知っております。ですが、アッカディア軍には、それがわかっておりません」
「アッカディア軍が都を落とせばそれでよし。痛手を負った軍を囲んで討てば、城壁内に籠られたところで勝算がある。アンデッドに支配された王都には、籠城に耐えられるだけの食糧もないからな。逆にアッカディア軍が破れたところで、カルディナ側に損害はない」
「流石はクロス様。素晴らしい呑み込みですわ」
リリィシアが大袈裟に褒める。
クロスだって、召喚される前は普通の高校生で、こんなことなど考えなかった。こちらの世界に召喚されて魔王軍と戦ううちに、戦い方をなんとなく理解したに過ぎない。
「どうしますか、クロス様?」
「どうすると言われてもな……予定通りに、火山へ行く」
返答を予測していなかったのか、リリィシアが目を見開く。
クロスはすくっと立ち上がり、遠方に視線を凝らす。
「【雷矢】」
指差して、魔法を放った。
城壁の外に構えられていた集落の家が一つ吹き飛んだ。王都の惨状を見て、この辺りからは人が逃げたはずだが、中から火達磨になった男が飛び出してくる。
カルディナの偵察兵だろう。見張りをつけないわけがない。
「待っていてやる道理はないからな」
クロスはリリィシアを振り返って口角を吊り上げてやった。
クロスはオルフェウスが生きていることを知りません。




