14 不死鳥
カルディナ王家には三人の子がいた。
末のリリィシアは魔力の強さもさることながら、女だてら剣の腕も一級品。王族でなかったら、神殿が欲しがるほどの聖騎士である。
長女のナターシアは強力な魔力を持つ魔法使い。気性が荒くて高飛車だが、魔法に関しては天才級。若くして第六階級の上級魔法まで放つことが出来た。
一番上のオルフェウスは妹たちに比べると、凡庸であると言えた。
代々魔力の強い王家の血筋にありながら、人並み外れているとは言えない魔力。
炎魔法はなんとか第五階級までを使いこなすものの、雷魔法は並み程度である。せっかくの二属性持ちだというのに、突出したものがない。剣の腕も悪くはないが、妹のリリィシアには劣る。
国を継ぐ長子でありながら。
勿論、歴代の国王と比して大きく劣っているわけではない。一般の魔法使いよりも、遥かに優秀であった。
だが、妹たちが非凡だったのだ。
そのような評価を受けながら覆すのは、並大抵ではない。
伸びしろのあった炎魔法を追求した。魔法陣展開から放出までの時間をいかに短縮出来るか。少ない魔力量で効率的、且つ効果的に戦うには、どうすればいいのか。
貧弱な雷魔法の使い道はないのか。どのような動きをすれば、無駄を省くことが出来るのか。剣を奪われたあとの戦いはどうするか。
生まれてから努力を怠ったことなどない。
凡庸と言われた王子。
だが、やがて、オルフェウスを凡庸と呼ぶ者はいなくなっていた。天才と言われた妹たちを差し置いて、誰もが認める最強に。
けれども、手が届いたところで無意味だった。
自分が磨いてきた技を逆手に取られて、無様な敗北を晒した。
ナターシアが召喚したという勇者。漆黒の髪と眼を持った禍々しい容姿の男だ。確かに、百年前に召喚された勇者クロス・カイトについて書かれた文献と一致している。
だが、あれは、なんだ。
一度世界を救った勇者だとは思えなかった。あれでは、本物の魔王ではないか。
彼は本当に魔王となるつもりなのだろうか?
『だから、言ったのに』
目の前に黒い霧が現れていた。
待て。視界がある。音も聞こえ、焦げ臭い匂いを嗅ぎとる嗅覚もあった。
『さぁて、それが君の授かった祝福だよ』
黒い霧が笑っていた。
オルフェウスはとっさに身を起こして、手を伸ばして霧を掴もうとする。しかし、直後に自分の右腕を見て愕然とした。
「どういうことだ……?」
オルフェウスの右腕は焼け落ちたはずだ。身体も内側からの雷撃で破裂して、炭のように……それなのに、今ここにいるオルフェウスは無傷であった。
魔法によって穿たれた城の壁の外に投げ出されている。
もうリリィシアたちの姿は見えず、喰種どもが兵士の遺体を食い漁っているところだった。
オルフェウスは気づかれぬうちに、庭木の陰に身を隠す。
「あれは夢だったのか……?」
『いいや、全て現実だよ』
黒い霧が嘲笑うように揺れている。
『君は一度死んだ。そして、蘇ったんだ』
「蘇った……?」
いったい、何故。
自分で覚えているだけでも、凄まじい身体の損傷だった。あの状態では、光魔法に精通したリリィシアであっても回復は不可能だろう。
『君が授かった祝福は【不死鳥】。何度死んでも蘇る。まあ、多少の代償はあるだろうけどね。それは、おいおいわかることさ』
「蘇る……祝福……?」
城に入る前、この霧はオルフェウスになにかをした。あれが祝福だったというのか。
自分の身体に変化は感じられない。
だが、オルフェウスは確かに死んで、こうして蘇っている。そんなことが出来る魔法なども知らなかった。
『それは本来なら勇者にのみ与えられる祝福。なにが与えられるかは、祝福の側が選ぶ。君は勇者に選ばれた。おめでとう』
「勇者だと?」
『クロス・カイトは魔王になるんだ。それなら、勇者の役割が必要だろう? 何度死んでも向かってくる勇者。なかなか強いと思うよ』
霧はそう言いながらも、クスクスと笑っているようだった。
『どうする? その無限の命、どう使う? もう一度、クロス・カイトに挑むかい?』
問われて、オルフェウスは視線を落とす。
城は陥落し、王都はアンデッドの蔓延る死都と化している。
そして、オルフェウスは敵の力を見た。
「いや」
拳を握って、沸き起こる衝動を抑える。
「仕切り直す」
オルフェウスは死なない身なのかもしれない。だが、今の自分ではどう足掻いても、あの男には勝てないだろう。
動きでは圧倒していたが、すぐに対策を取られてしまった。こちらも仕切り直さなければ、もう一度行ったところで返り討ちだ。
再戦すれば勝てると勘違いするほど、オルフェウスは思い上がっていない。
それに、自分が死なないという事実は、早々に見せない方が良いだろう。
切れるカードは多い方が良い。
『慎重だね。死んだ姫や国王とは違う。ちょっとつまらない気もするけど』
「……ああ」
死者を悪く言うつもりはないが、ナターシアや父は猪突猛進に戦争を押し切る過激派だった。こんなに国力が疲弊した状態で戦争を続ける意味もないはずなのに。
和平交渉の準備を整えていたオルフェウスを疎ましく思って、戦地への出陣を過剰に命じ続けていたのも、そのためだ。
「父は王の器ではなかったのだ」
そう言い捨てて、オルフェウスは歩き出す。
『君には、その資質があると? 自信家だねぇ』
「それ以上、このオルフェウスを愚弄することは許さんぞ」
オルフェウスは魔法で火炎弾を生み出し、霧にぶつけてやる。
『まあ、健闘を祈るよ。君の名が勇者王として歴史に刻まんことを』
悪夢のように笑いながら、霧が炎に蹴散らされて消えていく。
† † † † † † †
玉座の間。
最奥に座すのは、新しい城の主。
右手には銀髪の王女。左手には気丈なダークエルフ。頭を垂れるのはアンデッドの群れ。
「さて、クロス様」
ひじ掛けに置かれたクロスの手を取って、リリィシアが笑った。
「王都は掌握しました。お次は、どうしますか?」
クロスは無頓着にリリィシアの手を払うと、反対側に立っていたアスワドに視線を移す。
腕を組んだままのアスワドと視線が交わる。
「利用出来るものは利用しないとな」
自分が笑っていると自覚出来るほど、口角が吊りあがる。それを見て、アスワドが表情を凍らせていた。
「俺を魔の火山まで案内しろ」
「!?」
アスワドが驚いて表情を変えた。
「ダークエルフのお前がいれば、火山への道を通ることは可能だろう?」
問われて、アスワドは口を噤んだ。
魔の火山は魔族の魔力が集まる山。今でも魔族の砦として機能しており、住処を失くした魔族たちが集まっているという。
強大な魔力が眠っており、その力を操ることが出来る者を魔王と呼ぶ。
魔王が火山の力を制御して放出することで、魔族はかつての力を取り戻すのだ。その魔力を欲して、魔王の元に魔族たちが集まる寸法である。
百年前、クロスが魔王を倒し、火山も封印した。そのせいで、魔族たちは弱体化している現状だ。
魔力を解放し、クロスが魔王となる。
そのためには、ダークエルフであるアスワドに火山への道を開かせなければならない。
「火山が人間を選ぶとは限らんぞ……前例もない」
「そのときは、そのときだ。別の方法で世界を壊すだけだよ」
かつて、クロスは魔王を倒した。
そして、世界から裏切られた。
魔王を倒した元勇者が魔王となり、魔族を使って人間たちを虐殺する。
その光景がどんなに滑稽なものか、今から楽しみだった。
「俺を裏切った罪を償わせてやるよ」
全て壊してやろう。
醜いものも、美しいものも。全てを灰に変えてやる。
人間を殺して。森や山に隠れた精霊族たちも殺して。最後には魔族も滅ぼしてやろう。
こんな世界、壊れてしまえばいい。
もう大切なものなんて、全て奪われてしまったのだから。
代わりに奪い尽くしてやっても、自業自得だろう?
第1章、完結です。
引き続き、第2章をお楽しみください!




