13 エルフの口づけ
残りの兵士たちは、リリィシアとイスファナに任せて大丈夫だろう。
精鋭のようだが、オルフェウスほどではない。問題はなさそうだ。
「【魔道具召喚 雷槍ゲイボルグ】」
クロスは空間魔法で収納していた魔道具を呼び出す。
二メートルを越える長槍が出現し、クロスは右手でその柄を掴んだ。かなりの重量があるように見えるが、そうでもない。所有者たるクロスが持つと、槍は羽根のように軽かった。
「槍で間合いを取るつもりだろうが、このオルフェウスには通じんぞ……!」
振り回すのも憚れるような長槍を見て、オルフェウスが笑みを描く。だが、その表情はすぐに残像へと変わった。
微弱な雷魔法の信号によって高められた身体能力で走る姿を目で追える者はいない。視界に燃え盛る炎の拳を確認する頃には、獲物はオルフェウスの射程範囲内だ。
「【女神の守護】」
光の壁でクロスは自分の四方を囲んで防ぐ。
ある程度格闘術の心得はあるが、流石にオルフェウスとの接近戦は相性が悪すぎる。
「【雷よ 我が声に従い 我が命を受け、彼の者を貫け 雷神の鉄槌】」
防御用の壁を一瞬解き、すかさずゲイボルグをオルフェウスに向ける。矛先に集まった雷撃が一ヶ所に纏まり、高速の電磁投射砲となって発射された。
オルフェウスは雷撃の光線を軽々と避けてしまう。
雷撃は虚しく、後方の壁を吹き飛ばすのみだ。
オルフェウスは防御壁の消えたクロスの足を払う。クロスはとっさに避けるが、バランスを崩して壁へと追い詰められた。
「なるほど。神速なんて、大層な名前がつくわけだ」
「全属性の上級魔法を使いこなす勇者か……ナターシアめ、厄介な者を呼び出してくれたな」
オルフェウスがもう一度間合いを詰めようと地を蹴る。
クロスは雷槍ゲイボルグを振り、矛先をオルフェウスに向けた。
「また同じ攻撃か?」
オルフェウスが勝利を確信して笑みを描く。
だが、口端をあげていたのはクロスも同じであった。
「どう殺してやるのが一番か考えていたんだけど」
地面に巨大な魔法陣が描かれる。ゲイボルグによる雷魔法増強の魔法陣だ。
しかし、その中心は術者であるクロスではない。オルフェウスは自分がその中心にいることに気づき、動きを止めた。
いや、違う。
動きが止まった。
「ぐっ……な、なにを……!?」
「理科はもっと真面目に勉強しておけばよかったと思ってたけど、これくらいなら小学生でも習うし、俺だって覚えてるよ」
地面に描かれた魔法陣に吸い寄せられるように、オルフェウスの身体が崩れる。
「雷魔法で強化されたお前の身体は磁石と一緒なんだよ」
ゲイボルグの効果は雷魔法の増強。
オルフェウスは身体に流れる電気信号を強化してやることで、彼自身の身体を電磁石へと変えてしまっていたのだ。
無様に魔法陣に吸い寄せられ、地面に這いつくばる格好となる。自分で魔法を解除しようにも、既に遅かった。
「残念だったな」
クロスは魔法陣の中心でもがくオルフェウスを蔑むような視線で見る。魔法増強の魔法陣を重ねた。
「個人的な恨みはないけど、邪魔をされるのは嫌なんでね。ちょこちょこ動かれると、目障りだ」
微弱であったはずの魔法が大幅に増強され、オルフェウスの身体に内側から雷撃が走る。
「あ、あ、があああああああああッ! く、そッ……! 貴、様の、好きに、は……このオルフェウス、ただでは、死なぬ!」
身を裂かれ、炭と化していく身体でオルフェウスは腕を前に出す。
最期の力を振り絞ったのか、爆発的な火力を持つ第五階級の炎弾が造り出された。
「覚え……ていろよ、クロス・カイトッ! 死ね……死ね! 死ね! 死、ね! しね! シネ! し……」
右腕が炭となって焼け落ち、放たれることのなかった炎弾がその場で爆散する。その勢いで、黒焦げになったオルフェウスの身体が吹き飛んでいった。
バラバラになりながら、クロスが雷撃であけた壁の穴から外へと放り出されてしまう。
「素晴らしいお手並みでしたわ、クロス様」
兵士たちも片づき、リリィシアが木漏れ日のように柔らかく笑う。
されど、銀の髪や白銀の武装は血濡れており、足元は凄惨な死体で埋め尽くされていた。
その奥では、イスファナが興奮しきった様子で「あぁッん! とぉっても、気持ちよかったですぅ!」と言って身体を震わせて悶えている。
「あら」
リリィシアがクロスを見て、口元に手を当てる。
「お怪我が」
リリィシアに指摘されて、クロスは自分の頬に触れた。
わずかだが、血が滲んでいるようだ。
「治癒して差し上げましょうか?」
「いい。自分で治すよ」
かすり傷くらいなら自分でも治すことが出来る。クロスは傷口に触れて、回復魔法を唱えた。
「残念ですわ。そうですわね。わたくしは、エルフではありませんから」
「…………」
リリィシアが意味深に笑ってクロスの隣に立った。そして、クロスの手に小さな宝石を握らせる。
クロスの記憶だった。戦闘前に結晶化したものだ。ポケットに入れたと思っていたが、どうやら落としていたようだ。
宝石の中を覗き込む。
「知ってる? エルフのキスは、傷を癒すんだって……試してみようか?」
頬にかすり傷を作ったクロスの顔にストリェラが自分の顔を近づけた。
「え? は、はあ!? な、なに言ってんだよ! い、いいいいいらない、自分で治すッ!」
琥珀と翡翠のオッドアイに見つめられて、クロスは顔を真っ赤にしてしまう。距離があまりに近い。
「もう! あたしがハーフだからって信用してないな?」
「い、いや、そういうわけじゃ……! だいたい、ストリェラは自分の怪力を自覚すべきだ。治すどころか、サクッと首でも折られるんじゃないかと心配で……」
「は?」
「ごめんなさい。まだ死にたくないです」
クロスはその場で土下座した。
美しい思い出は、結晶となって抜け出てしまう。
自分のものではなくなってしまった記憶を、クロスは空間魔法で収納した。今まで抜け落ちた記憶の結晶は、全て収納してある。
だが、呼び出したことはない。
記憶の墓場を閉じて、クロスは踵を返した。
『だから、言ったのに』
クロスたちが去ったあとで、黒い霧が笑う。子供とも大人とも判断がつかない声で、バラバラになったオルフェウスの骸に近づく。
『さぁて、それが君の授かった祝福だよ』




