12 神速
城の下層へ降りると、既に喰種たちと兵士が交戦状態にあった。
敵の数は、イスファナの報告通り二十名ほど。既に倒されている者もいたが、よく統制がとれており、精鋭であることがうかがえた。
「ご主人様ぁ。このイスファナにご命令ください。ご主人様の手を煩わせるほどでも、ございません」
イスファナは舌舐めずりしながら、紫の瞳で獲物を物色しはじめる。
そんなイスファナを見もせずに、武装のリリィシアが前に出た。光魔法が刻まれた長剣が煌めく。
「では、お先に失礼しますわ」
リリィシアはそう言い残して、地を蹴った。
優雅な王族らしい振る舞いから一変、力強い一歩である。彼女はそのまま喰種たちの間を抜けて、手前で戦っていた兵士の首を刈った。
鮮やか過ぎる一閃に、宙を舞った首もなにが起こったのか理解していないだろう。返り血を白銀の甲冑に浴びて、リリィシアは女神のように笑った。
「リ、リリィシア様!?」
「姫様……まさか、本当に……!」
家臣であるはずの兵士の首を刎ねたリリィシアに注目の視線が集まる。
リリィシアはその隙を突いて、更に近くに立っていた兵士の胸部に刃を押し込む。
動きに全く無駄がなく、舞いのように美しい。とても人の命が散っているとは思えない一瞬だった。
リリィシアの剣は美しい。クロスの仲間だった剣士に匹敵する。いや、それ以上の腕前であるとわかった。
「キャッピーーン! 抜け駆けです! イスファナも混ざりたいですぅ!」
クロスがなにも言わないうちに、イスファナも駆け出していた。
イスファナは死神のような大鎌を振り回し、兵士の胴を横薙ぎに一刀両断してしまう。断面からこぼれた臓器を引き出して、イスファナは恍惚の表情を浮かべる。
「はぁあぁああんッ! 最ッ高ッですぅ。快ッ感ッですぅ!」
クロスが「人を殺すのが好き」と設定した通り、イスファナは兵士の血肉を浴びて身体を大袈裟に震わせている。
口の端から垂らした涎を拭いもせず、イスファナは餓えた獣のように獲物を睥睨した。
「魔法で吹っ飛ばすよりもぉ、肉を裂く方が楽しいと思いませんかぁ?」
せっかく第五階級までの魔法が使える上級アンデッドだというのに。個人の趣味に走って、イスファナは鎌を振り回し続けている。
だが、そのイスファナの大鎌が甲高い金属音と共にピタリと止まった。
「死霊……第六階級のアンデッドだと?」
刃を受け止めた風圧で銀色の髪と、群青のマントが舞い上がる。
「死霊がいてはぁ、ダメなんですかぁ?」
イスファナは甲高い声で笑いながら、鎌を受け止めていた剣を薙ぎ払う。剣の主は怯みもせず、大振りの剣を構え直した。鈍い銀の甲冑が光る。
「退け!」
男が夕陽色の瞳でイスファナを睨みつける。
彼はそのまま呪文を唱え、第五階級の炎魔法を発生させた。紅い魔法陣が展開され、炎の弾が現れた。
「おややぁ? もうっ!」
至近距離からの素早い魔法攻撃に、イスファナの方が一旦距離をとる。
第五階級以上の上級魔法は発生に少なからず時間がかかる。そこを時短してきたのは想定外だ。
魔法の威力ではなく、業を磨くタイプの使い手である。
「あら、お兄様。ごきげんよう」
現れた青年を見て、リリィシアが呑気に一礼した。青年――オルフェウスは問答無用で呪文を唱える。
炎弾が周囲の空気を巻き込みながら大きくなり、勢いを増しながらリリィシアに向かって飛んでいく。
イスファナに放った一撃と違って、威力重視だ。
「いきなり、第五階級の魔法であいさつだなんて……お兄様ったら、そんなに短気でしたか?」
「そのくらいせねば、我が妹は討てんよ」
リリィシアは笑いながらも光の壁で炎を防ぐ。だが、炎を完全に防ぐことが出来ず、爆発的に巻き起こった風圧に身体を浮かせてしまう。
リリィシアの身体が衝撃で吹き飛ばされる。
けれども、後方の壁に激突する直前に体勢を整えた。リリィシアは壁に立つように足をつく。そして、そのまま壁を蹴りつけた。
蹴りの力で間合いを詰めて、リリィシアは身体を回転させるようにオルフェウスに斬りかかっていく。
「リリィシア、何故だ!」
「あら、ナターシアお姉様やお父様と違って、お兄様になら理解して頂けると思っているのですが」
リリィシアの攻撃を受け切れずに、オルフェウスの剣が弾き飛ばされる。
「わたくしね、こんな世界は不健全だと思いますの。人間同士が争うなんて。だから、魔王が必要なのですわ」
「意味がわからんことを……お前は自分の民になにをしたのか、わかっているのか。それでも、統治者の血筋か、馬鹿者!」
「人を殺せと命じて戦地に行かせるのと、なにが違うのですか? ナターシアお姉様は戦略だからと言って、味方ごと魔法で吹き飛ばします。それと、なにが違うのですか? オルフェウスお兄様だって、敵兵をたくさんお殺しになります。なにも変わらないではありませんか」
「リリィシア」
「わたくし、知っていますのよ。こうやって味方に刃を向けるのも、敵に刃を向けるのも、全く同じ気持ちなのです。お姉様たちを殺めても同じでした。ちょっと理由が違うだけではありませんか。人を殺す点において、戦となにが違いますの?」
リリィシアは地面に着地すると、自然流れで胴を狙った突きを放つ。だが、オルフェウスは甲冑の籠手を使って刃の軌道を逸らした。
「なにかを成すのに、犠牲はつきものです。目的のためなら、手段を選んではいけません。お兄様はわたくしに、そう言ってくださったではありませんか。いつだって、わたくしを理解してくれたのは、お兄様でしょう?」
オルフェウスは一度、リリィシアの間合いから出るために距離をとる。
「リリィシア……魔王がいたところで、人は――」
「【火炎舞】」
だが、リリィシアから離れたオルフェウスの足元に紅い魔法陣が現れた。
「なに!?」
「残念だったな。俺は気が長くないんだ」
一連の戦闘を見飽きたクロスが指を鳴らす。
瞬間、オルフェウスの足元から展開した魔法陣から、凄まじい威力の黒炎が噴出した。
第六階級の炎魔法だ。防ぐ術などない。炭も残さず焼ける。
炎の中で肉が焼け落ちたのか、甲冑が転がる音が響いた。
見たところ、オルフェウスは技術タイプの魔剣士だ。
巧みに魔法と剣術を絡めて使っているが、能力は高くない。単純な魔力の強さや剣術は、リリィシアの方が上だろう。時間をかければ、イスファナでも充分倒せる。
リリィシアは彼を王国最強だと評していたが、期待外れだ。身内に対する過大評価だったようだ。
「…………!?」
刹那の違和感だった。
空気が騒いだ気がして、クロスはとっさに身を捩じらせる。
「この痴れ者が!」
顔のすぐそこを炎が通り過ぎる。
いや、炎を纏った拳だった。避けていなければ、確実にクロスの首を持っていかれていた。
銀の髪の下で、夕陽色の瞳が憎々しげにクロスを睨む。
魔法陣の燃えカスに残されているのは、黒焦げの甲冑だけだ。
まさか、あの一瞬でオルフェウスは魔法陣から外に出たというのか。
クロスは一度距離を取ろうと後すさった。
「逃がさんよ」
距離を取ったつもりが、気がつけばオルフェウスの身体が迫っていた。このスピードは甲冑を脱いだ身軽さだけが要因ではない。
「こいつ……!」
オルフェウスの身体は微弱だが、雷魔法がかけられている。
理科で習ったが、確か、人間が身体を動かすには電気の信号が走るらしい。その信号を操って、身体能力の強化を図っているのだ……理科の内容ではなく、ほとんど漫画で読んで覚えたことだから、クロスにも詳しいことはわからない。
科学ではなく、魔法が進歩しているこの世界で、こんな魔法の使い道があるとは思っていなかった。
「ああ、言い忘れておりました。クロス様」
離れた場所でリリィシアが笑っている。返り血に染まった姫は、いつも通りの笑顔だった。
「オルフェウスお兄様は、カルディナ最強の魔闘士ですわ。第二階級の雷魔法と、第五階級の炎魔法を操る前衛型の戦士です。甲冑を脱いだお兄様を、国の者は『神速』と呼んでおります」
「早く言えよ」
「クロス様なら、問題ないかと思いまして」
ニコニコと、されど、挑むような声だった。
まるで、クロスを試しているようだ。
クロスはそれに応えるように表情を消した。
「【女神の守護】」
迫りくるオルフェウスの拳を光魔法の壁で防ぐ。
一つひとつ避けている余裕などない。防御魔法でクロスの四方を囲うほかなかった。
しかし、これでは反撃が出来ない。そのことを熟知しているのか、オルフェウスは絶え間なく攻撃を続ける。動きを目視することも難しかった。
けれども、クロスは唇を吊り上げて笑う。
「問題ないよ」
指の関節を鳴らしながら、答えてやった。
※補足※
魔力だけなら、ナターシア(光・闇)>リリィシア(光・風)>オルフェウス(炎・雷)という順番です。
リリィシアは後衛前衛万能型。オルフェウスも両方いけるけど、魔力量の関係で前衛の方が得意。
ナターシアは後衛からボコスカ撃ちまくる火力厨。第六階級まで放てます。
ナターシアさんはリリィシアに騙されて消耗した挙句、高いはずの戦闘力を発揮出来ないまま、頭踏み潰されました。賢さランキングはお察しです。




