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センス・オブ・スカーレット  作者: 一夢 翔
第二章 バレス島
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第三十四話 帰還

 紺碧こんぺきの遥か彼方から昇り始めた新鮮な太陽が、今日も世界を照らしている。周期的に繰り返される潮騒しおさいの爽やかな音色と、クー、クーという海鳥たちの可愛らしい鳴き声。その心地よい響きが、いつまでも青年たちの耳に流れ込んでいた。


 いま三人の若者たちが、浜辺で手をついて息を切らしていた。誰もが疲労困憊(こんぱい)の状態で倒れ込んでおり、ろくに動くこともできなかった。



「はぁ……はぁ………どうにか生きてかえってこられたわね………」



 ぐったりと地面に座り込んで荒い息を繰り返しながら、シエルが呟く。


 フィールカとレオンも同様に疲れ果てた様子で仰向けに転がりながら言う。



「ああ………シエルのおかげで本当に助かったよ………」


「シエルちゃんがいなけりゃ俺たち、今頃漂流者にでもなって延々とこの海を彷徨さまよってたかもな………」



 朝陽できらきらと輝く海に目を向けながら、三人は身の毛もよだつ思いで数分前の出来事を思い返す。



「しっかし、まさか途中で燃料が切れるなんてよ。まだリースベルまでだいぶ離れてたのに、最終的に辿り着いた手段がシエルちゃんの飛行魔法で陸地まで飛ぶなんて、さすがに無茶にもほどがあるぜ」


「………仕方ないだろ。それぐらいしか他に方法が思い浮かばなかったんだからさ」



 レオンのとことん呆れた様子に、フィールカはふて腐れたように唇を尖らす。


 皇国軍から無事魔導艇を奪い取った三人はあれから順調に航海していたのだが、リースベルの街並みがようやく見えてきた辺りで深刻な事態が起きた。これまで何事もなく稼動していた魔導艇が突然停止したかと思うと、それっきり全く動かなくなってしまったのだ。最初は何かの故障かと思ったが、どうやら蓄えていた魔導燃料が不充分だったらしく、全て消費し尽くしてしまったらしい。


 あのまま誰かの救助を待っていても状況は悪化する一方だったので、三人は色々と考えを巡らせた結果、最終的にフィールカが提案したシエルの飛行魔法で脱出を敢行かんこうしたのだ。そして、現在の状況に至ったわけだが………。



「でもまさか、またここに生きて還ってこられるなんてね………。向こうで何度も死にそうになったけど、私たちはいまも息をしてここにいる。同時に、たくさんの仲間をうしなってしまったけれど………」



 ようやく呼吸を整えたシエルは、地面に三角座りのまま沈鬱な表情で呟く。


 出発時には八十名いた新兵たちだったが、帰還してみれば生存者はたったの三名。あまりに受け入れがたい酷な数字だった。あれからダインもどうなったのか、それを知る者はここにはいない。


 フィールカはさっと上体を起こすと、二人を元気づけるように言った。



「くよくよしてても仕方がない。とりあえず俺たちが今すべきことは、今回の件を反乱軍の上層部の人たちにきちんと報告して、二度と同じ悲劇を繰り返されないように対策を講じてもらうことだろう?」



 シエルは小さな顔を上げ、こくりと頷く。



「そうね。死んでいった皆のためにも、私たちがちゃんとこの件を伝えないとね。そのためには彼らに会わないといけないわけだけど、第二軍事学校が皇国軍と裏で絡んでいた以上、いま学校に戻るのは危険だわ。私たちが逃亡した情報も、すでに学校内の内通者に行き届いてるかもしれないし。だから、私たちがこれから必然的に向かうべき場所は―――」


「「《第一軍事学校》!!」」



 三人が見事に一致して、同じ目的地を答える。


 第一軍事学校―――第一魔導軍事学校は、その名の通り第二魔導軍事学校の兄弟校であり、リプレニア大陸に全部で五校ある魔導軍事学校の中でも最大規模の大きさを誇る施設だ。リースベルから出ている汽車に乗れば、そのままおよそ一日ほどで第一軍事学校のある第一学園都市に着けるだろう。


 ひとまず目的地が決まったところで、シエルはすっくと立ち上がると、すっかり気分が晴れたように快活な声で言った。



「それじゃ早速出発! って言いたいところだけど、とりあえずその前に………」



 そこで一旦言葉を切ると、少女は視線で二人に問いかける。フィールカとレオンは互いに顔を合わせて頷き、口を揃えて言った。




「風呂と飯!!」




 昨日学校を出発してから水と携帯口糧レーションしか食べていないので腹は減っているし、当然風呂にも入れていない。しかも男二人組に関してはバレス島で海に入ってしまったので、とにかく全身がベタついて気持ち悪いのだ。



「まずはお風呂にでも入って、心身ともにさっぱりしたいわね。早速街の湯屋に行きましょ」



 おー! と三人は意気込んで海岸を離れると、リースベルに向かって歩き出す。


 と言っても、街はもう目と鼻の先なのだが。何しろ皇国軍が港で待ち伏せしている可能性がゼロではなかったため、念のために街の近くにある海岸までわざわざ飛んできたのだ。五分とかからず街の東ゲートに辿り着くと、三人は大門をくぐって中に入る。まだ早朝であるにもかかわらず、すでに大勢の人たちが街の中央にある第二軍事学校まで伸びる長い街路を行き交っており、いつもと変わらぬ光景がそこにあった。



「たった一日離れてただけなのに、ここに還ってきたらなんかすんげえホッとしたぜ………」



 リースベルの街の賑わいぶりを見て、レオンは思わずそう言葉を洩らす。フィールカとシエルも同感だ。


 つい昨日まで自分たちは、バレス島という遥か海の彼方の戦場で戦い、命からがら死地から戻ってきたのだ。そう意識した途端、まるで故郷に帰ってきたような安堵感が急に身体の底から込み上げてくる。帰還したという実感がようやく湧いてきたところで、三人は目的の湯屋に到着した。



「それじゃ、一時間後にまたここで。二人とも遅れないように」



 そう言い残して、先にシエルは女湯の方へと消えていった。フィールカは傍らの相棒に向き直って言う。



「俺たちも入るか」


「そうだな」



 二人ものれんをくぐり、男湯の中へと入っていった。



                ∞



 フィールカたち三人は一日ぶりの風呂を満喫した後、近くにあった酒場に移動していつもより遅めの朝食をることにした。青年たちは決して朝食とは思えない数の料理が次々と運び込まれてくるたびに綺麗に平らげると、すっかり腹も満たされたので店を後にし、次の目的地を決めることにしたのだった。



「飯もたらふく食ったことだし、そろそろ第一学園都市に向けて出発するか?」



 妊婦のようにぱんぱんに膨れ上がった腹をさすりながら、レオンは道端で二人に訊ねる。



「その前にちょっと寄りたいところがあるの。二人ともついてきて」



 やけに真剣な顔で言って、シエルは先に街路を歩いていく。フィールカとレオンは慌てて少女の後を追いかける。



「一体どこに行くんだ?」


「ふふっ、それはね………」



 フィールカが隣から訊ねると、シエルは勿体振るように悪戯っぽい笑みを浮かべる。なぜか鼻歌を歌いながら胸を躍らせる少女は、程なくして一軒の店の前で足を止めた。



「着いたわ、ここよ!」


「………衣服屋?」



 店に吊り下がった服マークの看板を見て、フィールカとレオンは不思議そうに言う。



「まずはここで衣服を新調しましょ。みんな軍服はボロボロで不潔だし、何よりこんな格好で歩いてたら誰よりも目立って仕方がないわ」



 シエルの意見に、男二人組は自分の服を見下ろして少し考える。


 確かに彼女の言う通り、こんな見窄みすぼらしい格好で街中を歩けば当然周囲から浮いて目立つし、最悪皇国軍に見つかって捕まる可能性も出てくるだろう。



「それもそうだな………。この際、新しい服をこしらえるか」


「いつまでもこんな汚い格好でいるのも嫌だしな」



 全員の意見がまとまったところで、早速三人は衣服屋の扉を押し開ける。

 

 カランカラン、と乾いたベルの音を響せて店内に入ると、中にいた女性店員が「いらっしゃいませ」と挨拶してくる。


 店内は外観で想像していたよりも奥行があって広々としており、今季の流行の春服をふんだんに取り揃えていた。男性と女性で売り場が分かれているので、三人は各自で服を選ぶことにする。


 しかし、男性コーナーに移動したフィールカとレオンだったが、陳列棚に置いてある様々な種類の服を見ながらすぐに途方に暮れる。



「それにしても、今まで服なんてほとんど買ったことがなかったからな………」


「ああ………。一体どれを選べばいいか、さっぱり見当がつかねぇぜ………」



 これまでの人生でファッションに対して全く興味がなかった二人は、三年前にこのリースベルに来てからというもの、衣服などほとんど買ったことがなかった。そのため、どれから手を付ければいいか非常に困っていた。



「二人とも、もう決まったー?」



 横からシエルがやけに機嫌よく訊いてくる。見ると、彼女が手に持っている藤のかごの中は当然のように大量の衣服でいっぱいになっていた。


 フィールカとレオンはどうしようもないといったように肩をすくめる。



「ふふっ、どうやらその様子じゃ、すっかりお手上げって感じね。しょうがないから、二人とも私がコーディネートしてあげるわ。女子が直々に服を選んであげるんだから、何も遠慮することなんてないわよ。それじゃ、まずはフィールカからね」



 急に張り切って、シエルは勝手に進行し始める。


 陳列してある男性服を手早く選び取り、二人が持っているかごに次々と放り込んでいく。それからシエルは二人を試着室に連れていくと、「とりあえずそれに着替えて」と指示する。


 フィールカとレオンは言われるがまま試着室に入り、自分のかごに詰められた服に着替え始める。それぞれ試着すると、二人はカーテンを開いて姿を見せた。


 しかしそれを見た少女は、なんとも微妙な反応で唸る。



「うーん………なんか二人ともしっくりこないわね。―――ちょっと待ってて」



 どうやら納得がいかなかったらしく、シエルはすぐに新しい着替えを持ってくる。七面倒くさそうに二人は新しい服に着替えると、もう一度姿を現す。


 すると今度は、少女はちゃんと満足した様子で頷く。



「うんうん、バッチリね。二人ともすごく似合ってるわよ」



 まずフィールカは白地のTシャツに黒いジャケットを装い、下は黒色のカーゴパンツでまとめたカジュアルな服装だ。一方、レオンは黒地のTシャツにミリタリージャケットをまとい、下はベージュ色のカーゴパンツで合わせたちょっぴり大人なコーディネートである。



「あ、ありがとうシエル。おかげで助かったよ」


「シエルちゃんのおかげで、俺たちダサい服装にならずに済んだぜ」



 二人も自分の新しい服装が気に入った様子で、照れくさそうに言う。



「ふふっ、それはよかった。それじゃ、次は私の番ね」



 シエルは試着室に入ると、これまでにない恐ろしい目つきで釘を刺すように警告する。



「いい? くれぐれも絶対に覗かないでよね。見たらブッ飛ばすわよ」



 しれっと物騒なことを言ってから、さっとカーテンを閉める。


 ブッ飛ばされるくらいで済むなら覗いてもいいかな………と一瞬脳裏に邪念がよぎったが、この前の大浴場のときのようにさすがに関係を悪化させたくないので、フィールカとレオンはどうにか欲情を抑えてじっと待つことにした。


 妙に長い時間に思えたものの、すぐにシエルは試着室から姿を見せた。



「お待たせー。どう、似合うかしら?」



 二人に見せつけるように、片手を腰に当てて可愛くポーズを決める。彼女のあまりの可憐さに、フィールカとレオンは咄嗟に言葉が出てこない。


 服装は膝下まで伸びた白いワンピースに赤い花柄の意匠を凝らしたもので、脚には黒のタイツを穿いている。どれも彼女の赤い眼や新しいゴムで結んだツインテールと相まって、衣服の華やかさを引き立てていた。これまで制服姿しか見たことがなかったため、初めて見る彼女の私服姿の新鮮さに、二人はぽかんと口を開けたまま思わず見とれてしまう。



「なによ、二人して黙り込んじゃって。そんなに似合わなかったかしら?」



 審査員たちの間抜けな反応に、シエルはムッと不機嫌な顔になる。フィールカとレオンはようやく我に返ると、ぶんぶん首を左右に振る。



「い、いや、すごく似合ってるよ。なあ、レオン?」


「あ、ああ、思わず見とれちまったぜ」


「ホント? それじゃあ色々と試着してみたいから、次も感想よろしくね」



 一方的にそう言って再びカーテンを閉めると、新しい衣服に着替え始める。


 しばらく二人はシエルのファッションショーに付き合わされ、女心の解らない自分たちはどう言えば彼女の機嫌を損なわずに済むのかとずいぶん苦労した。結局、最初に試着したワンピースが一番似合っていたので、シエルはそれを選ぶことにしたのだった。


 三人はそれぞれ自分の衣服を購入し、新しい服に着替えてから店を後にした。心機一転した一行は、いよいよ出発の準備が整ったところで早速駅に向かうことにする。西側に延びる目抜き通りを抜けて、市外に隣接した駅の前に着くと、不意にシエルが立ち止まって言う。



「はい、二人とも。駅に入る前にこれを着けて」



 そう言って、シエルは先ほど衣服と一緒に買った何かを紙袋の中から取り出す。出てきたの大きめのシルクハットと黒いサングラス、それに麻の赤いスカーフだ。


 それを見たフィールカは怪訝けげんそうに訊いた。



「なんだ、それ?」


「変装道具よ。もしかしたら、すでに皇国兵が中で待ち伏せしている可能性があるわ」



 その理由を聞いて、フィールカとレオンはなるほどと納得する。確かにその可能性は充分にあるだろう。いくら警戒しても、し過ぎるということはなかった。


 シエルは二人にそれぞれ変装道具を渡す。フィールカはシルクハットをかぶり、レオンはサングラスを掛け、少女自身は髪をまとめてスカーフを頭に巻きつける。しかし………。


 

「なんか、俺だけあんまり変わってないような………」


「あら、そうかしら? まあ細かいことは気にしない気にしない」


「そうだぜ。せっかくシエルちゃんが買ってくれたんだからよ」



 自分だけいまいちな変装に、フィールカは不満そうに愚痴をこぼすが、シエルとレオンは適当に受け流して先に駅の中に入っていく。


 青年も慌てて二人についていくと、構内はたくさんの人たちでごった返していた。二つある広いプラットホームには左右と真ん中、合わせて三本の線路が敷かれており、全て黒塗りの汽車で埋め尽くされている。


 三人は人数分の切符を売り場で購入し、階段を上ってホームに入る。ここから先は周囲に警戒しながら、あくまでも自然体を装って歩く。これから自分たちが乗る予定の第一学園都市行きの汽車の前には、子どもから大人まで長蛇の列ができていた。二つあるうちの一つの列の最後尾に三人も並び、順番が来るまでしばらく待つことにする。 


 この時、すでにシエルはあることに気づき始めていた。



 ―――必要以上に視線を巡らせてる奴が何人かいるわね。



 胸中でひっそりと呟く。怪しいと思ったのは、二人の男だ。


 二箇所ある汽車の乗車口の前にそれぞれ一人ずつ居ており、一人はホームに設置された時計の下であたかも待ち合わせをしているような素振りをし、もう一人はベンチに座りながら新聞を開いていた。傍から見れば特に違和感はないが、少女の目は決してごまかせない。おそらく一般人に扮した皇国兵だろう。現に先ほどから、汽車に乗り込んでいく客たちをひとりひとり確認するように鋭い視線を向けている。


 他人に聞こえないように声を潜めて、シエルは前に並んでいるフィールカとレオンに注意を促す。



「気をつけて、二人とも。一般人の中に、何人か皇国兵が混じってるわ」


「なに、本当か………?」


「ど、どうするんだ………?」



 激しく動揺する二人に反して、冷静なシエルは人差し指を立ててそっと唇に当てる。 



「しっ、落ち着いて。敵はまだこちらに気づいてないわ。今はこのままじっとして、この場をやり過ごしましょう」



 フィールカとレオンは小さく頷くと、敵に悟られないように平常心を保ったまま順番を待つことにする。身体の内側では心臓がばくばくしながらも順調に列は進み、ようやく自分たちの順番が回ってきた時だった。




「ちょっと待て、そこの三人」 




 唐突に横から呼び止められ、二人組の男がこちらに近づいてくる。



 ―――やっぱり仲間グルだったわね………。



 シエルの予想は的中していた。その二人の男は、先ほど彼女が怪しいと睨んでいた奴らだ。咄嗟とっさに前に出ようとするフィールカとレオンを両手で制止させ、少女は男たちに堂々と歩み寄る。



「一体なんでしょうか? こうしてる間にも、後ろで待っている人たちに差しつかえてるんですが」



 強気な態度で出ると、それに対し男たちは顔を見合わせ、ニヤリと唇の端を吊り上げる。男の一人がぞんざいな口調で言ってきた。



「なァに、俺たちはちょうど指名手配中の三人のガキどもを捜してたところなんだが………お前ら、いくつか条件が一致してるな。悪いが、ちょっとこっちに来てもらおうか」



 しかし、男は悪いなどと欠片かけらも思っていない態度でシエルの腕を乱暴に掴むと、彼女を無理やり連れていこうとする。



「い、いきなり何するのよ! 名乗りもしないで強引に連行だなんて!!」


「名乗らなくてもお前たちが一番わかってることだろうよ。さっさとこっちに来い!!」



 ずっと沈黙を貫いていたフィールカとレオンも、これには思わず手が出そうになった時だった。




「きゃあああああああああ――――ッ!! 触らないで、この変態ッ!!」




 突然、シエルが悲鳴を上げたかと思うと、男を大声で罵倒ばとうする。


 後ろに並んでいた人々は、それを聞いてようやく異変に気づいたように「何かあったのか?」「怖いわねぇ、変質者かしら?」などと口々に言い始める。


 さすがにもう一人の仲間の男は、焦ったように声を荒らげる。



「なっ………おい、静かにしろ! 変な目で見られるだろうが!!」



 少女の口を必死に手で押さえて黙らせようとするが、彼女は尚も暴れてわめこうとすると、男の手にがぶりと噛み付く。



「ぎゃあああああッ!! 痛ってぇえええええええ―――ッ!! こ、この糞ガキッ!!」



 とうとう男はブチ切れて手を上げると、シエルに勢いよく殴り掛かろうする。




「―――その辺にしといたらどうだ、オッサンたち」 




 男の拳が急にぴたりと止まる。いつの間にか、フィールカが横から男の腕を掴んでいたからだ。


 レオンも忠告するように口を揃えて言う。



「痛い目見ねぇためにも、今のうちに引き下がることを強くオススメするぜ」


「ふ、ふざけるなッ!! 仮にも俺たちはあの皇国軍の兵士だぞ! 誰がお前らの指図なんかに―――」



 ようやく男が自ら正体を明かしたかと思うと、次の瞬間、ボンッ! と後ろから小さな爆発音が聞こえた。思わず振り返ると、シエルを捕まえていたもう一人の男が「ぶへっ」と間抜けな声を洩らし、その場にどさりと倒れた。



「あーあ、やっぱり皇国兵だったのね。万が一にも変質者かなんかだったらもう少し手加減してあげたけど、そうと判れば遠慮する必要なんてないわよね?」



 背筋が凍るような薄気味悪い笑みを浮かべながら、少女は怒気をにじませた口調で言う。一人になった男は恐怖で腰が抜けると、地面に尻餅をついてびくびく後ずさる。



「ひいいっ、や、やめろ! 俺たち皇国軍に逆らえば、一体どうなるか解ってんだろうな!?」


「ええ、それはもう充分に」


「だ、だったら抵抗はやめて大人しく投降を―――ぐぎゃあああっ!!」



 言い終える前にシエルが掌から放った雷に撃たれると、男はその場に黒焦げになって倒れた。



「あちゃー………」


「だから言ったのによ………」



 敵ながら気の毒に思いながら、フィールカとレオンは頭を抱えて嘆息する。昔から彼女が怒ると恐いということを身をもって知っていたので、えて親切に注意したのだが………。


 ふんっ、と鼻を鳴らし、シエルはくるりと二人に向き直る。



「さ、まだ皇国兵が近くにいるかもしれないわ。今のうちにさっさと汽車に乗り込みましょ」



 三人は汽車の前で並んでいた人たちにぺこぺこと頭を下げてから、駅員に切符を渡す。



「はい、おじさん。切符三人分ね」


「あ、ああ………。なんだか色々と大変だったね………」



 人数分の切符を受け取った駅員は、同情するような目で青年たちを見る。


 三人は期待に胸を膨らませながら、いよいよ念願の汽車に乗り込む。内装は全て木目調を活かした木造りになっており、初めて汽車の中に入ったがとても温かみのある空間だと感じた。座席は特に指定されていないので、とりあえず三人は空いていた一番奥の座席を適当に選んで座ることにする。



「ふう、ようやく一段落ついたってところだな」



 革張りの席に深くもたれたレオンは、ぐーんと手足を伸ばしながら言う。それに対し、向かい側の席に腰掛けたシエルも頷く。



「そうね。このまま順調に行けば、第一軍事学校まであっという間に着くわ。でもまだ油断は禁物よ。学校に着くまで何があるか判らないし」


「ふあ〜、なんか安心したら急に眠くなってきた………」



 言っているそばからフィールカは大きくあくびをして、今にも寝そうな顔になる。



「もう丸一日寝てなかったもんね。どうせなら初めての汽車の旅を満喫したいところだけど、今回は皆疲れてることだし、第一学園都市に着くまでの間しっかり睡眠を取ることにしましょ」



 それから程なくして、三人は泥のように眠ると、彼らを乗せた汽車もまた第一学園都市に向けて静かに走り出したのだった。



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