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センス・オブ・スカーレット  作者: 一夢 翔
第二章 バレス島
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第三十二話 脱出作戦

 海から吹いてくる静かな潮風と絶えず聞こえてくる喧騒が、真夜中の森をずっとざわつかせている。唯一の頼りだった太陽は水平線の彼方にすっかり沈み、代わりに夜空には銀色の三日月と無数の星々が美しくちりばめられ、地上に降り注ぐ月光が暗い森の中をささやかに照らしていた。


 フィールカたちは現在、島の中心にある高台の山中にいた。青々とした草木が鬱蒼と生い茂り、空気中を漂う花や植物のかんばしい香りが鼻腔びこうをくすぐる。気温もだいぶ下がり、冷え冷えとした自然の中で、彼らは無数に密生した樹木の一本―――その木の上でひっそりと身を潜めていた。



「くそっ、奴らまだ捜してるのか。これは当分休ませてくれそうにもないな………」



 はあ………とフィールカはすっかり疲れ気味に息を吐く。


 あれから青年たちは、とにかく皇国兵たちに捕まらないようにと島中をひたすら逃げ回っていた。真上にある月の位置から考えても、すでに時刻は深夜に近い時間帯だろう。どうやら向こうは昼夜交代でこちらを捜索し、休む機会を一切与えてくれそうにないらしい。現にさっきからそこら中で、皇国兵たちの騒々しい指示が飛び交っているのが否応なく耳に届いてくる。今はどうにかして、この状況を早く打開したいところだが………。




「それにしても遅いな………」




 青年は、一人偵察に向かったレオンが戻ってくるのを辛抱強く待っていた。相棒がここを離れてからすでに一時間以上経過しているが、きっとあいつのことだ、慎重に上手く行動してくれているのだろう。



「…………」



 隣に視線を向けると、枝の上に座ってうなだれたまま、シエルは沈鬱な表情を一切変えず一言も発しようとしない。この数時間で起こった様々な出来事は、自分たちのこれから進んでいく未来に大きな変化をもたらし、同時に心に深い傷を与えた。


 二年間、共に訓練を積み重ねてきた仲間のほとんどは自分たちの目の前で無惨に殺され、ダインに関しては未だに生存状況が判らないままだ。そして、今回の戦いで誰よりも傷つき、誰よりも辛い思いをしたのは間違いなくシエル自身なのだ。みなを率いる反乱軍の指揮官の一人として勇ましく戦場に乗り込み、皇国軍の卑劣な罠にかけられて次々と仲間を殺されてしまった。それは指揮官だった彼女にとって、最後まで仲間をまもり切れなかった責任を罪深く感じているに違いない。



 ―――それに俺も………。



 二度も魔物によって瀕死の状態まで追い込まれ、死の淵に立たされていたところを自分はシエルにまた救われた。その時もまた、彼女にとても悲しい思いをさせてしまっただろう。死闘の果てに、自分たちは魔物をたおすことに成功したが、それもつかの間の平穏だった。


 皇国の女帝であるルティシアが突如姿を現したかと思いきや、これまでの惨事の発端ほったんは全て奴の陰謀だと自ら認めたのだ。ずっと魔女に復讐する機会を強く願っていたシエルだが、奴と繰り広げた戦闘はもはや戦いとは呼べないほど酷いものだった。まさかルティシアも彼女と同じ七属性解放者セブンス・センサーの一人であり、実力差はそれほど変わらないと思っていたが、魔物からの連戦の疲労だけでなく実戦経験があまりにも違い過ぎたのだ。


 彼女の家族と故郷をことごとく奪い去った張本人が目の前にいたにもかかわらず、魔女ルティシアに傷一つ与えられないまま、シエルはただ尻尾を巻いて逃げることしかできなかった自分を激しく呪ったに違いない。今は彼女をそっとしておくのが一番だろう。そんなことをずっと一人で考えていたときだった。




「―――おーい二人とも、遅くなっちまったぜ」




 不意にどこからともなく聞こえた声に、フィールカは後ろを振り返ると、いつの間にか背後のもう一本の木の枝にレオンが立っていた。あーらよっと! と陽気な声とともに、青年がこちらの木に飛び移ってくる。


 フィールカは早速、彼に任せていた二つの件について訊いた。



「魔導艦の方はどうだった?」



 それに対し、すぐにレオンは首を左右に振る。



「俺たちが上陸した西海岸付近は全部見てきたけど………やっぱ回収されてた。一隻はダインがブッ壊したって言ってたから、もう一隻はまだ残ってるかもって少しは期待してたんだけどな………」



 青年の表情が夜陰やいんの中でいっそう暗いものになる。フィールカは肩を落としながらも気を取り直し、もう一つの件に話を切り替えた。



「………広場の方はどうなってた?」



 しかし、それに対してもレオンは即座に否定した。



「そっちも見てきたけど、もう誰もいなくなってた。魔女も、ダインも………。それらしい死体はどこにもなかったし、広場も酷い有り様だったぜ………。俺たちや魔物が派手に暴れたせいで、すでに原形は見る影もなかったな………」


「………そうか。ありがとうレオン、おかげで助かったよ。お前はしばらく休んでくれ」



 フィールカはねぎらいの言葉をかけると、頭の中でこれまでのことを一度整理する。


 敵に魔導艦を回収されたとなると、状況的にかなり厳しくなってしまった。それに死体がなかったということは、ダインは奴らに捕まった可能性が高い。とりあえず今は一刻も早くこの島から脱出したいところだが、そのためには………。




「やっぱり、《魔導船》を奪い取る以外に方法はなさそうだな………」




 一人呟いたフィールカの隣でレオンは枝に腰掛けながら、水筒を口につけて水分補給を終えると、ボンッ! と小さい音を立てて白煙とともにそれを消す。


 青年は改めて表情を真剣なものにして訊いた。



「でもどうするよ? もし当初の情報通りなら、敵は少なくとも二千はいるぞ。さすがにその人数を俺たち三人だけで相手するには無理があるぜ」


「………私がおとりになるわ」



 不意に暗い声でそう呟いたのは、終始沈黙していたシエルだった。




「私が敵を引きつけている間に、二人は海から回り込んで魔導船に侵入してほしい」




 いきなりの無鉄砲な言い出しに、レオンは少女を止めようと必死に説得する。



「い、いくら何でも無茶苦茶だ、シエルちゃん! たった一人で敵を引きつけるなんて………他に何か方法を………」


「こちらが魔導船を奪う以外に島を脱出する手段がない以上、敵はその可能性を確実に潰してくるわ。多分今頃、ほとんどの皇国兵たちは船への警戒を強めて、私たちがのこのこと姿を現すのを狙って待機してるはずよ。だからこそ逆に、私が派手に奇襲を仕掛けて敵を陽動する。その隙に二人が船を奪ってくれれば、私たちが脱出できる確率は飛躍的に上がるわ。この作戦は、七属性セブンス・センスの力を持っている私が囮役になって初めて成立するものよ。だから今回だけは、私を信じて、全て任せてほしい」



 意地でも譲らない強い意志を瞳にたたえて、シエルは二人に頼み込む。


 すると、フィールカはそんな彼女に対して胡乱うろんげに訊いた。




「………死ぬつもりじゃないんだな?」




 不安と疑念の入り混じった声で、さらに問いかける。




「俺たち三人で必ずこの島から脱出する、そう約束できるか?」




 真剣な眼差まなざしで少女の顔を見据えると、シエルは少し目を伏せてから、重苦しい表情のまま言った。




「………ええ、約束するわ。―――私には、まだやるべきことが残ってるもの」




 その言葉を聞いたフィールカは、少女がまだ《魔女への復讐》を諦めていないことをすぐに理解した。



 《だからシエルには、まだ戦う意志がある》―――心からそう信じ、青年は首肯したのだった。



「………わかった。でも危なくなったら、すぐにその場から逃げてほしい。シエルが失敗したと判ったら、その時点で俺たちも一度島に引き返す。もしそうなった場合、《想像接続術式イマジン・コネクト》を使ってもう一度どこかで落ち合おう」



 二人の意見の一致に、レオンはやれやれといった様子で肩をすくめる。



「それで、どの魔導船を狙うんだ?」



 ここから一望できるバレス島の周囲の海上には、全部で十隻もの魔導船が東西南北にあちこち停泊している。


 シエルは小さく頷くと、島の地図と羽根ペン、インク入りの小瓶を掌から出現させる。フィールカに瓶を持たせて、少女は地図にさっと何かを書いていく。すぐに書き終えると、男二人組はそれを覗き込む。そこには、島の周辺の海域に十個のバツ印が記していた。その中でもシエルは、島の東側にある一つの船に目をつけた。



「これよ。他の魔導船は島からかなり離れた沖合に停泊してるけど、この一隻だけ不自然に近い位置にあるわ。だから当然、私たちをおびき出すための罠の可能性も充分ある。でもだからと言って、それ以外の船は島から離れ過ぎていてとてもじゃないけど奪いに行ける距離じゃないわ。正直なところ、私はもうこの一隻にけるしかないと思ってる」


「………決まりだな。シエルの奇襲と同時に、俺とレオンが海から侵入して魔導船を奪い取る」



 フィールカはそう言うと、二人の前に拳を突き出した。




「必ず三人で生きてかえるんだ」




 レオンとシエルもこくりと頷き、拳を突き出して互いに合わせると、三人は早速作戦を開始した。




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