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センス・オブ・スカーレット  作者: 一夢 翔
第二章 バレス島
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第二十九話 死闘の果てに

 フィールカはシエルを抱きかかえたまま、一度イービルワームから距離を取って体勢を立て直すことにした。あれだけの猛攻撃を浴びた魔虫もさすがに今は反撃してくる様子はなく、ひとまず二人は広場の中でも比較的安全な場所に移動すると、青年は少女をゆっくり地面に下ろした。


 シエルは安堵と心配の入り混じった表情でいた。



「身体は平気なの……?」


「ああ、もう大丈夫だ。話は全部レオンから聞いたよ」



 青年の肉声を聞いた瞬間、すでに少女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。



「よかった……あなたが死んだら私、もう何もかも投げ出すところだった……。本当によかった……」



 辛く顔をうつむけながら、さらにシエルは言葉を続ける。



「私……またあなたのことを傷つけちゃった……。最低だよね……二度も死にかけるような苦しい思いをさせたんだもんね……」



 今にも泣きそうになりながらどうにか声を絞り出して言うと、しかし、フィールカはそんな彼女のことを何も言わずに抱き締めていた。


 突然の青年の行動に、シエルは思わず身を硬くしてしまう。だが、フィールカはいっそう強く包み込むように彼女を抱き寄せ、耳元にそっとささやいた。



「そんなことないんだ。俺は、シエルを守れてよかった、生きててよかったと心からそう思ってる。ただそれだけなんだ。お前の命がまた危険にさらされようとも、俺が必ず守ってみせる。これは、俺が心に誓った決意でもあるんだ。だからこれ以上、自分のことを責めないでほしい」



 青年の偽りのない本心を聞いたときには、シエルは彼の肩に顔をうずめて泣いていた。



「ごめんね……本当にごめんね……。私も……あなたのことを絶対に守るから……。もう傷つけることなんてさせないから……約束するから……」


「ああ……頼りにしてるよ……」



 少女の紅い髪を優しく撫でながら、フィールカはなぐさめるように静かに呟く。


 シエルが泣きやむまでの間、青年はずっと彼女のことを抱き締めていた。しばらく嗚咽を洩らし続け、自分が満足するまで涙を流し尽くした少女は、真っ赤に泣き腫らしたまぶたをゆっくりと持ち上げる。


 ようやく呼吸を整えたシエルを見て、フィールカは気遣うように声をかける。



「大丈夫か……?」


「……うん、もう平気。ありがと」



 抱擁を解くと、目尻に溜まっていた涙をそっとぬぐう。やっと元気が出たようで、シエルは青年に柔らかな笑顔を向ける。




「――感動の対面は終わったか?」


「うわっ!?」




 いつの間にか近くにいたレオンに、フィールカは面食らったように頓狂とんきょうな声を上げる。黒髪の青年は恨めしそうな顔をしたものの、すぐに気を取り直して訊いた。



「……もしかして、ずっと見てたのか?」



 すると、レオンはにこやかに笑いながら二人に指摘した。



「はっはっは、そりゃこんな広場の目立つ場所で男女が抱き合ったりしてたら、誰も注目しないわけねぇだろうよ」



 そう言われて、フィールカとシエルは周囲を見回すと、広場を封鎖していた皇国軍の兵士までいつの間にかこちらに注目していた。どうやらずっと気づかないまま、この一部始終を見られていたらしい。二人は羞恥しゅうちに顔を真っ赤にして、思わず俯いてしまう。


 そんな二人を尻目に、レオンは改めて表情を真剣なものにしながら、魔虫のほうに視線を向ける。



「それよりどうするよ。さっきの魔物の攻撃で、皆ほとんどやられちまった……。もうこっちはたったの四人しかいないし、体力も限界に近い……。恐らく、次が最後の勝負になるだろうな……」



 三人は再び沈鬱な表情に戻る。アルーナとクレイルも、自分たちの目の前で殺されてしまった。レオンの言う通り、実際ほとんど体力も残っていなかった。しかし、だからと言ってここで戦いをやめるわけにはいかない。


 それに、シエルの答えはすでに決まっていた。



「……私がもう一度やるわ。さっきの魔法なら、あと一発は撃てると思う……。私が七属性セブンス・センスの力を使えば、それで全て決着がつく」


「で、でもよ……!」



 レオンは危惧するように呟く。


 今の彼女の表情には、明らかに疲労の色が濃く表れていたからだ。もしそんな疲弊した状態で一人で行かせて魔虫をたおし損ねたりでもすれば、間違いなく彼女は持てる力の全てを出し尽くし、最悪動けなくなったところで無惨に殺されてしまうだろう。




「――だったら、シエルの代わりに俺がやる」




 フィールカは少女に面と向かって自分の意見を伝えた。



「そうすれば、お前の危険も少なくなる。俺がどうにかして魔物に斬り込むから、二人は後方から援護してくれればそれでいい」



 だが、突拍子もない青年の無鉄砲な発言に、シエルは当然怒りをあらわにして声を尖らせる。



「い、いくら何でも無茶苦茶よ! 言いたくないけど……今のあなたに、あの化け物を斃す手段はあるの!? 本来ならあなたの身体はまだ病み上がりの状態だわ……! それならいっそのこと、私が行ったほうがよっぽどマシよ!!」



 つい怒りから出てしまった本音に、しかしフィールカはむしろそれを肯定した。



「ああ、確かにそうだ。俺の体調はまだ万全じゃない、あの魔物を自力で斃す手段も正直ない――でもそれは、あくまで俺が一人の場合だ」



 きっぱりそう答えると、続けて言った。




「だからシエル、お前の力を貸してほしい」




 強い意思を瞳にたたえて、少女の顔を見据える。それでもシエルは、尚も納得がいかない様子で青年の意図いとを訊いた。



「……何か良い手はあるの?」



 すると、フィールカは力強く首肯した。



「さっき魔物がトゲに魔力センスをまとわせてたように、俺の剣にも同じようにシエルの七属性の魔力をまとわせることはできないか?」



 その提案に対し、シエルは少し考えるような素振そぶりを見せたが、すぐに首を左右に振った。



「確かに武器や防具に魔力をまとわせることはできるけど……でもそれはあくまで、自身でおこなったときの場合だわ。他人の魔力をまとわせるなんて、今まで聞いたこともないわよ。……けど、やってみる価値は充分ありそうね」



 ようやくいつもの強気な笑みを見せてくれた少女に、フィールカはホッと胸を撫で下ろす。


 すると、レオンがふと浮かんだ疑問に首をかしげる。



「でもよ、どうやって剣に魔力をまとわせるんだ?」


「それは私が直接、フィールカの身体に魔力を送り込んでみるわ」



 シエルは青年の後ろに回り込むと、背中にそっと手を当てる。


 その光景を傍目から見ていたグラウスは、感心した様子で独り言のように呟いた。



「百年に一人の七属性の力を目醒めさせたかと思いきや、今度はあの瀕死の状態だった小僧をすんなりと生き返らせ、そのうえ先ほど放った魔法の凄まじい破壊力といい……。まだ完全には制御し切れていないようだが、とんでもない逸材が現れたものだ。――シエル=スカーレット、次はいったい我々に何を見せてくれるのかね」



 抑えきれない期待の笑みを浮かべて、ニヤリと唇を吊り上げる。



「それじゃ行くわよ。右手に意識を集中しておいて」


「ああ、わかった」



 フィールカは眼を閉じると、シエルも青年の身体に風属性の魔力を送り始める。少女の身体から再び萌黄色もえぎいろの魔力の奔流ほんりゅうが溢れ始め、右手を伝って彼の身体へと流れていく。フィールカは剣に魔力をまとわせるイメージで、自分の右手に意識を集中させる。


 すると、剣が魔力の光を次第にび始めると、それにともない風の渦を巻いていく。風はどんどん威力を増していき、ついには地面に亀裂きれつを生じさせる。


 凄まじい風圧に魔力の付与が成功したことが判ると、シエルが感心したように言葉を洩らした。



「すごい……ホントに成功しちゃったわね……」



 それを聞いたフィールカはゆっくりと瞼を開く。



「ああ……剣からどんどん力が伝わってくるのがわかるよ」



 逆巻く風をまとった剣を見つめながら、小さく頷く。少しでも気を緩めれば、暴風の力を制御できずに自分が吹き飛ばされてしまいそうだ。


 それを察したように、シエルは不安げな顔で忠告した。



「でもこれだけは気をつけて。技を撃てるのは、たったの一度きりよ。剣を振り切った瞬間、その時点で技は発動する。もしこれで失敗すれば……私たちにはもう、あの化け物を斃す手段が完全になくなるわ」



 しかし、フィールカは少女の肩にポンと手を置くと、己に課された使命に気負いした様子もなく言った。



「大丈夫、俺たちならやれる。そう信じてきたから、ここまで折れずに戦ってこれたんだろう? なら、あとはもう最後まで突っ走るだけだ」


「うん……そうね。死んでいった皆のためにも必ず勝ちましょ、私たちの力で」



 ようやく二人の意見がまとまったところで、レオンも張り切って声を上げる。



「よっしゃ! そうと決まれば、早速円陣だぜ!」



 三人は寄り添って自分のこぶしを前に突き出すと、輪の中心で互いに固くぶつけ合う。


 フィールカは二人の顔を一瞥いちべつし、最後に言葉をかけた。




「さあ、今度こそこの無意味な戦いに決着をつけよう。――勝つのは俺たちだ」




 そう短く言うと、レオンとシエルも力強く頷く。すでに三人の中で、自分たちの運命がこの先どうなろうと覚悟は決まっていた。


 青年たちは決意を宿した瞳でイービルワームを見据えると、一斉に武器を構える。




「―――いくぞ!!」




 魔力の剣をしっかり右手に握りながら、フィールカは魔虫に向かって駆け出す。


 先ほどシエルに破壊されかけた岩盤は今は完全に修復しており、敵の接近を敏感に反応したイービルワームは、巨大な黒い岩石の鎧に身を包んだまま攻撃を仕掛ける。地面から鋭い岩のトゲが不規則に連続で突き出し、青年に勢いよく襲いかかってくる。


 だが、フィールカは左右の素早い移動でそれらの攻撃を危なげなくかわしてみせると、地面ぎりぎりを滑空するように魔虫との距離を縮めていく。


 一度でも剣を振れば、その時点で技は発動する、とシエルは言った。それゆえ、敵の攻撃を剣で防ぐことは残念ながらできない。最後まで完全に攻撃を避け続け、この剣の一撃を魔虫に与えるしかないのだ。


 すると、イービルワームも全ての防御を捨て去り、全身を覆っていた岩盤から無数のトゲを突出させると、激しい爆発の連鎖とともにそれらを飛ばしてくる。フィールカも極限まで神経を研ぎ澄まし、地面と空中から殺到する攻撃を見事に躱し続ける。しかし、敵の攻撃の包囲網が次第に狭まってくると、それも非常に困難になってくる。


 そしてついに、一本のトゲが確実に避けられないであろう角度から飛んできた。



 ――くそっ、ここまでか!!



 フィールカは仕方なく、咄嗟とっさに剣で攻撃を防ごうとした時だった。


 トゲが青年に当たる直前、突然空中で粉々に砕け散ったかと思うと、広場には弾けるような銃声が響き渡っていた。




「――フォルス・ショット。俺のとっておきの一発だぜ」




 後ろを振り返ると、レオンが地面に伏せながらスナイパーライフルを構えていた。どうやらいつの間にか武器を変えていた相棒は、スコープ越しに親指をぐっと立てて、早く行け、と言うようにうながす。



「フィールカ、そのまま走って!!」



 後方からシエルが鋭く指示すると、青年に向かって飛んでくるトゲを次々と風弾ふうだんで撃ち落としていく。


 空中からの攻撃を二人に任せて、フィールカは再び走り出す。とにかく地面からの敵の攻撃に意識を集中し、魔力の反応を素早く感知する。左、右、前、時には後ろから襲ってくるトゲを、青年は絶妙なタイミングで躱していく。



 ――これなら……行ける!!



 前方の地面から突出したトゲを、しなやかに身体を一回転させて飛び越えると、そのまま着地して黒煙と破砕はさい音の中をひと息に駆け抜ける。


 だが、イービルワームに辿り着く直前で地響きとともに震動が伝わってくる。直後、地面から岩壁が伸びるように切り立ち、フィールカの前に巋然きぜんと立ちはだかる。



「くっ……!」



 どうする。一か八かAS(アタック・センス)を足に溜めて岩壁を蹴り、一気に飛び越えるか? だが、目測で判断しても五ルメール(メートル)の高さは確実にある。いや、それよりシエルたちの攻撃を一度待ってから岩壁を破壊してもらい、くぐり抜けるか? しかしその間にこちらが攻撃されれば、作戦は一巻の終わりだ。


 逡巡しゅんじゅんの末、フィールカはそのまま一直線に岩壁を登ることを決断したときだった。



 不意に視界の端から、黒い影が勢いよく飛び込んでくる。



 その後ろ姿を見て誰かはすぐにわかったが、フィールカが驚いたのは、影の正体が、剣で一閃した対象が自分ではなく岩壁のほうだったからだ。




「ダイン!?」


「……さっさとやりやがれ、この負け犬が」




 憎々しげに毒づいたその直後、岩壁の中心がけたたましい音を立てて崩れ落ち、盛大に舞い上げた土煙の奥に巨大なあな穿うがっていた。


 フィールカは左手で親指を立てつつその隙間に飛び込むと、イービルワームの前へと一気におどり出る。先ほど魔虫自身の攻撃で岩盤の一部が剥がれ、体表があらわになっている箇所がある。


 ここしかない。そう確信した瞬間、フィールカは両手に剣を持ち替えると、高々と振り上げていた。




「うおおおおおおおお――――ッ!!」




 全身全霊の裂帛れっぱくとともに、魔虫に向かって緑色のおびを引きながら地面に剣を叩きつける。


 その瞬間、嵐のような暴風が生み出され、それは地面を喰うように削り取りながら魔虫に直撃する。もはや防ぐすべはなく、イービルワームは荒れ狂う烈風の刃に全身を斬り裂かれると、ドス黒い体液と肉塊にくかいを吹き飛ばして甲高い悲鳴を上げる。



 例えるなら、全てを呑み込む災禍さいかうず――《カラミティ・スパイラル》。



 凄まじい嵐の渦は尚も威力を落とさないまま地面をえぐり飛ばし、そのまま正面にたたずむ民家までこっぱみじんに破壊して土煙を激しく巻き上げると、一瞬で瓦礫がれきの山と化した。剣が暴風の力を一滴も残さず使い果たしたときには、イービルワームは跡形もなく消滅していた。


 広場の荒れ果てた光景を見つめながら、フィールカはただ茫然と言葉を発した。




「やった……のか……?」




 未だにあの怪物を斃せたことが信じられなかった。死闘の余韻を全身に感じながら、とうとう勝ったんだ、という安堵感が遅れて込み上げてくると、フィールカは大の字になってその場に倒れたのだった。




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