センス・オブ・スカーレット

第一章 魔導軍事学校

第一話 訓練試合

　世界には、東西に分かれて二つの巨大な大陸がある。

　東のクロフィア大陸と、西のリプレニア大陸。それぞれの大陸が果てしなく広がる大海を挟み、互いに遠く離れた位置に存在していた。

　そんな二つの大陸の中でも、世界最大の大きさを誇るのがリプレニア大陸だ。その大陸の沿岸にある、第二学園都市《リースベル》。今、その街の中央にある《第二魔導軍事学校》の室内訓練場にて、二年生の剣術科の生徒たちによる訓練試合が行われていた。

　訓練場の中央には、白い石材で精緻《せいち》に造られた四角い試合場の周囲をぎっしりと生徒たちが取り巻いており、彼らは皆《みな》、その舞台に静かに佇《たたず》む二人の青年を応援していた。

　一人は黒髪に深い漆黒の瞳を持ち、両手で木剣を握って身体の正中線に構えている。一方、それとは対照的にもう一人はオールバックの金髪に褐色の瞳で、右手に同じく木剣を携《たずさ》えており、型にはまらない無造作な構えをしている。

　二人の中間に審判として立っている教官は両腕を組みながら、「始め！」の厳かな掛け声とともに試合開始の合図を告げる。

　それを聞いた途端、真っ先に動き出したのは金髪の青年のほうだ。

　腰を低くしながらの素早い動きで一直線に黒髪の青年の懐《ふところ》に肉薄すると、いきなり突き技を繰り出してくる。

　だがすぐに反応して、黒髪の青年はそれを木剣ですくい上げるように弾き返す。こちらも負けじと反撃を開始するが、ことごとく奴の木剣に迎撃されて二人の激しい打ち合いが始まる。

　金髪の青年は、大きく振られた黒髪の青年の攻撃に対して柔軟に身体を捻《ひね》って躱《かわ》すと、そのまま一回転して勢いよく木剣を彼の脇腹に向かって叩き付ける。

「くっ……！」

　黒髪の青年はどうにか反応して攻撃を受け止めるが、衝撃の余勢に思わず両足を引きずりながら大きく後退する。

「やっぱ強いよな……！」

　興奮しながら嬉しそうに呟く。青年がそう言うのも無理はない。

　なぜならいま目の前に佇んでいる男――ダイン＝ランザックは、剣術科で最強、否、この魔導軍事学校の中でもトップに値する実力の持ち主なのだ。

　そして黒髪の青年――フィールカもまた、彼に続く校内屈指の実力者だった。

　ダインはこちらに木剣を突き付けると、挑発するように声を荒らげる。

「どうしたどうした！？　テメェの実力はそんなもんか！？　もっと俺様のことを楽しませてくれよなァ！！」

「……なら行くぞ！」

　その言葉に煽《あお》られたように、今度はフィールカから動き出す。右手に木剣を握り直して、左斜め下から奴の脇腹に向かって素早く斬り払う。

「甘めぇよ！！」

　毒づきながら、ダインはその攻撃をいとも簡単に木剣で受け止める。

「剣ってのは――」

　受け止めたフィールカの木剣を力強く押し返すと、

「こうやって振るんだよ！！」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　お返しとばかりに、今度はダインから猛攻撃を仕掛けてくる。

　フィールカは上下左右から殺到する攻撃を次々と捌《さば》き、そのまま鍔《つば》迫り合いに持ち込むと、しばらく拮抗《きっこう》した状態が続く。

　しかしダインの恐ろしい怪力に、じりじりと木剣が押し返され始める。

「オラァ！！　どうした！？　このまま押し切っちまうぞ！！」

　仰《の》け反《ぞ》りそうになりながらも、どうにかフィールカはその場で踏み止まろうとする。このままでは押し倒されると判断した青年は、無理やり攻撃を弾き返すと、その隙を突いてダインが両手で握った木剣を振りかざす。

「終わりだァ――――――ッ！！」

　絶叫と共に勢いよく木剣を振り下ろしてくる。

　だが、フィールカはこれを待っていた。

　振り下ろされた攻撃を瞬時に防いで左肩の力をすっと抜くと、両手で握った木剣を左腕に沿うように刀身を上下逆さにする。

「！」

　ダインは驚いたように眼を見開く。

　フィールカは肩と腕と木剣で三角形を作るように奴の攻撃を滑《なめ》らかに受け流すと、金髪の青年は勢いのあまり堪《たま》らず前のめりになる。

　その瞬間を逃さず、フィールカは再びダインの脇腹に向かって木剣を叩き込む。

「せあッ！！」　

「チッ！」

　ダインは打たれるのを覚悟で、咄嗟《とっさ》に左腕で木剣を受けてガードする。鈍い痛みが腕に走り、先ほどまでの奴の勢いが衰える。

　――いけるッ！！

　今までの借りを返すべく、透かさずフィールカは一気に攻撃を畳み掛けようとする。

「……ちっとはやるじゃねぇか！　だが――」

「！」

　勝利を焦って甘く繰り出されたフィールカの攻撃を、ダインはその刹那《せつな》、時間が止まったかのような天性の反応で躱《かわ》すと、木剣を握っている彼の右手首を狙って剣尖《けんせん》で突く。

「うっ……！　しまった……！」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　電撃が迸《ほとばし》ったように右手が痺《しび》れてしまい、フィールカは思わず木剣を床に落としてしまう。

　しかし、もはや無防備になった青年に容赦なく、ダインは弓で矢を引き絞るように顔の横で木剣を構えると――

「やっぱりテメェは詰めが甘めぇ！！」

　そう告げた直後、勢いよく放れた渾身《こんしん》の一突きをフィールカの額《ひたい》にぶつける。青年は後方に軽く吹き飛ぶと、仰向けにどさりと倒れて訓練場全体に大きな音を響かせた。

　――くそっ……またかよ……。

　天井を向いたまま周囲から何やら騒がしい声が聞こえてきたが、その前に意識がぼんやりと遠のいていった。