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センス・オブ・スカーレット  作者: 一夢 翔
第二章 バレス島
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第二十六話 魔虫の脅威

 反乱兵たちの全方位からの総攻撃は、むことを知らない爆発へと瞬時に変わり、イービルワームの姿は爆煙に包まれてたちまち目視できなくなる。


 だが、それでも彼らの攻撃は止まらない。兵士たちは再び魔力センスを溜めて何度も攻撃を繰り返し、これでもかと思うほど全力で撃ち尽くす。


 そして、シエルは戦闘開始前からずっと溜め込んでいた魔力を一気に解放する。両手で掲げたロッドの先端の虚空こくうから、萌黄もえぎ色の魔力の奔流ほんりゅう螺旋らせん状にまとった、巨大な暴風の球体が生成されていく。




「――これで終わりよ、クレフテス・ヴィエーチル!!」




 気合とともにロッドを振り下ろすと、荒れ狂う暴風の大玉は石畳いしだたみを削り取りながら、イービルワームが隠れる爆煙の中に一直線に飛んでいく。


 直後、すさまじい衝撃音が耳をつんざく。暴風が爆煙を吹き飛ばし、今度は土煙を激しく巻き上げる。確かな手応えのあるその轟音ごうおんは、風力を充分に使い果たすと、まるで嵐が過ぎ去ったように再び広場を静寂へと戻した。



「くっ……やったのか……?」



 両腕で顔を伏せていたフィールカが思わず呟く。


 広場を通り抜けた突風が、魔虫を隠していた土煙を吹き飛ばす。さしもの上位魔級もあれだけの集中砲火を浴びれば、もはや跡形もなく消えてしまったのではないかとさえ思われた。




 しかし、そこに残っていたのは――体表が岩の殻に包まれた、無傷のイービルワームの異様な姿だった。




「うそ……全く効いてないなんて……」




 シエルが信じられないといった表情で茫然と呟く。


 すると、レオンが隣で何かに気づいたように魔虫を指差す。



「おい、なんか様子が変だぞ……!」



 突然、魔虫の体表を覆っていた岩の殻から、一ルメール(メートル)以上の長さはあろうかという無数のいびつなトゲがめきめきと突出し始める。



「まさか……みんな急いでその場に伏せるんだ!!」



 フィールカが顔を青ざめさせ、広場全体に鋭く叫ぶ。


 すると、魔虫を包んでいる岩の殻が路考茶ろこうちゃ色の魔力を帯び始める。次の瞬間、爆発の連鎖とともに体表の殻が砕け散り、突出していた無数のトゲが飛びかかるように反乱兵たちを襲う。




「ぎゃあああああああっ!!」




 あちらこちらから悲鳴のような絶叫が上がる。石畳は一瞬にして血に染められ、飛散したトゲが広場中に鋭く突き刺さる。すぐに爆発はんだが、予想外の反撃に反乱兵たちは倒れて動くことができない。



「うっ……」


「シエル、大丈夫か!」



 頭上から降ってきた声に顔を上げると、いつの間にかフィールカが少女の前に駆け寄っていた。咄嗟とっさに身を伏せていたシエルは、おもむろに身体を起こす。



 一体何が起こったのかわからず、周囲を見渡すと――そこは一面地獄絵図と化していた。



 反応に遅れた大半の兵士たちが傷を負ってその場に倒れ込んでおり、苦痛に身をねじらせている。よく見ると、自分の周りだけはトゲが飛散しておらず、どうやら前衛にいたフィールカが全て打ち落とし守ってくれたらしい。


 しかし中には運が悪かったのか、トゲに腹部を貫かれてすでに絶命している者もいれば、原形をとどめないほど頭部を無惨に潰され、即死したであろう者もいる。




「そ……そんな……」




 あまりの凄惨な光景に全身の力がすっと抜けてしまい、シエルはその場にへたり込んで絶望のうめき声を洩らす。


 自分が敵の行動をもっと予測できていたなら、こんなことにはならなかった。



 ――私が……私が皆を殺したも同然だわ……。



 全身を引き裂くような後悔の念が、何度も脳裏で再生される。このままいっそのこと、自分で死んだほうが楽なのではないか。そしたら今の苦しい気持ちも、家族や同胞を殺された辛い過去も全部忘れて――




「――諦めるな!!」




 こちらに背を向け、フィールカが必死に叫んでいた。



「辛い気持ちはわかる! でもここでシエルが諦めたら、助かる命も助からなくなってしまう! だから今は、傷ついた兵士たちを一人でも多く治療してやってくれ、頼む!」



 イービルワームを見据えて両手で剣を構えながら、懇願するように説得する。魔力を使ったせいか、魔虫はすぐに反撃してくる気配はないが、いつ動くかわからない以上一瞬たりとも目を離すことができない。



「でも……でも私は……」


「シエルしかいないんだ!」



 少女はがっくりと項垂うなだれたまま、活力のない声で言った。



「……ごめん、フィールカ。私、また逃げようとしてた……。自分が苦しいからって、何もかも投げ出して諦めようとしてた……。でもそれは皆も同じ気持ちなんだよね……。死んでしまった仲間の分まで私たちが頑張らないといけないのに、指揮官の自分がこんなんじゃ駄目だよね……」



 掠れた声で呟いたその告白に、青年はまっすぐ前を見つめて辛そうに頷く。



「ああ……俺たちだって苦しいんだ。みんな絶望の淵に追い詰められてる。けど、俺たちは決して一人じゃない、頼れる仲間がいる。言っただろう、何もかも一人で背負わなくていいって。シエルが持てない分は、俺たちが全部持つ!」



 フィールカの誠意を込めた言葉に、少女はゆっくりと顔を上げる。



「うん……皆も一緒だもんね。ありがとう、フィールカ。私、もう諦めたりしない。何があろうと、最後まで精一杯戦い抜いてみせる」



 重くなった両脚を力強く持ち上げ立ち上がると、すぐに兵士たちに指示を飛ばす。



「いま見た通り、あの魔物は魔力を使うことができるわ! とりあえず敵を刺激しないためにも、全員一時攻撃を中止! 動ける者は引き続き魔物の反撃に警戒しつつ、生存者と負傷者の人数の確認をお願い! 負傷者は、重傷者の治療を優先し、軽傷者は後回しにする! 回復系統の魔法が使える人は、すぐに私のところに集まってほしい!」



 いまは一刻も早く負傷者の治療を急がねばならない。またいつ魔虫が目覚めるかもわからないし、何より今の状態ではまともに戦うことすらままならないだろう。



「シエルちゃん! 早速だけど、こっちに来てくれ! 怪我がかなりひどい状態なんだ!」


「わかった、いま行くわ!」



 幸いレオンも無事だったようで、彼に呼ばれてシエルもそっちに向かう。


 急いで駆けつけると、数人の兵士たちに囲まれて一人の青年が地面に横たわっていた。苦悶くもんの表情で呻き声を洩らしており、左の脇腹から大量の血が軍服ににじみ出ている。このまま放って置けば、確実に数分で命を落としてしまうだろう。



「酷い傷ね……。まずは止血から入るわ。すぐに痛みはなくなるから、それまで我慢しててね」



 青年の前にしゃがみ込み、いたわるように優しい声で言葉をかける。


 シエルは傍らにロッドを置き、回復系統の魔力が含まれている光属性の起句を詠唱し始める。聞いたこともないようなその術式を瞬時に唱えると、突然彼女の両手の中から小さな光が生まれる。


 そのほのかな光を青年の傷口に当てた途端、見る見るうちに止血していく。初めて見る神秘的な光景に、周りで見守っているレオンたちも驚きを隠せない。あっという間に傷口まで完全に塞がると、青年の表情に安らかな色が戻ってくる。



「とりあえずこれで出血の心配はなくなったわね。まだ動くと痛むかもしれないから、しばらく安静にしておくといいわ」


「あ、ありがとう……」



 天使のようなシエルの微笑に、青年はすっかり照れた顔で感謝の言葉を述べる。それを見ていたレオンも、相変わらず感激した様子で言った。



「すげぇぜ、シエルちゃん! 傷を簡単に治しちまうなんて、あんな魔法初めて見たぜ!」


「フィールカやレオンが瀕死だったときも今の魔法で治したのよ。使い勝手の良さの分、魔力の消耗が激しいんだけどね。さあ、魔物が反撃してこないうちに負傷者の治療を急ぎましょ」


「――あ、あの……」



 不意に後ろから気弱な声をかけられる。


 振り返るとそこに立っていたのは、両手でロッドを持ち、おっとりとした雰囲気をかもし出した女兵士だった。



「すみません……私で良ければ、一応回復系統の魔法は使えますが……」



 控え目にそう言ってきた彼女は、学科別成績魔導科《次席》のミエラ=アルーナだ。学校に在学していたときは、魔導科の中でもシエルの次に実力がある生徒と言えば間違いなく彼女だろう。


 

「アルーナさんね、授業ではいつもお世話になったわ。ちょうど人手が足りなかったからよかった。本当にありがとう、おかげで助かるわ」



 さすがのシエルもこれにはホッと胸を撫で下ろす。


 回復系統の魔力に分類されている光属性は、上位属性なので使用できる者が非常に少なく、最悪の場合、自分一人で治療をになうことを考えていたのだが。




「――シエル、生存者と負傷者の人数がわかった!」




 フィールカが息を切らしながら、急いで駆け戻ってくる。少女たちの前で呼吸を整えると、沈鬱な表情で言いづらそうに告げた。



「……生存者が三十一人、そのうち負傷者が十八人だった。残念だけど、他の七人はもう……」



 その報告を聞いたシエルは表情を曇らせ、そう……と悲しげに一言だけ呟いた。


 しかしすぐに気持ちを切り替えて、青年にねぎらいの言葉をかける。



「ありがと、フィールカ。苦労をかけるけど引き続き魔物の警戒を、他の皆もお願い」


「ああ……わかった」



 重苦しくうなずき、全員魔虫の警戒に再び戻っていく。


 シエルはずっとかたわらで話を聞いていた少女に申し訳ない様子で言った。



「悪いしらせを聞かせちゃったわね。二人だと大変かもしれないけど、一人でやるよりは遥かにましだわ。重傷者の治療は私に任せて、アルーナさんは軽傷者のほうをお願い」


「わかりました」



 シエルたちは作業を分担し、それぞれ負傷者の治療を始める。二人だけだと正直心許(こころもと)なかったが、それでもどうにか半数以上いた負傷者の治療を十分ほどで終わらせることができた。



「よし、これでようやく済んだわね……」



 先に自分の作業を終えて、シエルが一息ついたときだった。




「――うるせーんだよ!!」


「きゃっ!」




 怒号どごうとともに向こうから悲鳴が聞こえてくる。


 何事かと思い、シエルは急いで様子を見に行くと、そこには地面に尻餅をついたアルーナとあの陰険な男――クダ=ベラムが立っていた。 



「ちょっと、何やってるのよ! ――アルーナさん、大丈夫?」


「は、はい……。私は平気です……」



 気遣うように彼女の身体を立ち上がらせると、ベラムに声を張り上げて糾弾きゅうだんした。



「あんた、一体これはどういうつもりよ!」



 すると、ベラムは唇の端を歪めてあざけるように言った。



「そこの女が許可なく俺様の足にさわろうとしたんだよ。勝手に触っていいなんて、一言も言った覚えはねぇんだけどなー」


「だ、だって、あなたも怪我しているじゃないですか!」



 これには気が小さいアルーナも鋭く反駁はんばくする。


 よく見ると、ベラムの右脚は魔虫の攻撃を受けてしまったせいかズボンの一部が裂けており、傷口から血がじんわり滲み出ていた。



「ケッ、こんな傷たいしたことねぇし、最初からお前らの治療なんか受けるつもりはねぇんだよ! 俺は上から指図さしずされるのが大っ嫌いなんだ!!」



 理不尽に怒鳴り返し、ベラムはそばに置いてあった剣を拾い上げる。そのままイービルワームのほうに歩き出すのを見て、シエルは思わず怒声を上げた。



「ちょっとあんた、何を考えてるのよ! 私はまだ攻撃の許可なんか出してないわ!」


「うるせー!! そういう態度が気に食わねーんだよ! だいたいお前の命令なんかに従わなくても、俺様一人で充分だってことを今から証明してやるよ!」



 完全に命令を無視し、ベラムの独りよがりの行動に少女は悲痛の声を上げる。



「や、やめて! いま攻撃なんかしたら、今度こそ全滅の事態に……!」


「そうやっていつまで俺様を待たせるつもりなんだよ! あの魔物が余裕ぶっこいて居眠りしてる今こそ絶好の機会だろうが! 俺様の手にかかれば、あんな図体ずうたいでかいだけの下等生物なんて一撃に決まってんだろ!」



 全く聞く耳を持たない青年を、シエルが無理やり止めようとした時だった。




「――何をしてるんだ!!」




 異変に気づいたフィールカやレオンたちが遅れて駆けつけてくる。剣をたずさえて魔虫のほうに足を向けようとしている青年に、フィールカは理解できないというふうに声を荒らげる。



「おいベラム、一体何を考えてる!」


「あぁん? そこの女指揮官がいつまでも他のお荷物たちの治療ばっかで余りに頼んねーから、今から俺様が代わりにあの化け物をブッ殺してやろうって言ってたんだよ。わかったらさっさとそこをどきやがれ!」


「なっ……今そんなことをしたら、どうなるか解ってるのか!?」



 フィールカは正面に剣を構えて立ち塞がる。ベラムは嗜虐しぎゃく的な笑みを浮かべながら、この上なく嬉しそうに言った。



「ラグナリア〜、俺はあの狭苦しい学校にいたときから、ずっとお前の態度には心底むかついてたんだよな〜。だーかーらー、――今からこの剣でお前のことをブッた斬れるって考えただけで、実はめちゃくちゃ興奮が抑えきれねーんだぜ?」



 左手に握っている剣を無造作に振り回し、空気を斬り裂いてぶんぶん音をたてる。


 その本音を聞いて顔をしかめる青年に、ベラムは面白がるようにあざける。



「そう硬い顔するなよなー。そんなにりきんでると、お前の本来の実力が充分に発揮できね―――ぞッ!!」



 言い終えるのと同時に、突然右手に隠し持っていた飛礫つぶてをフィールカの顔面に目掛けて思いきり投げつける。


 驚愕きょうがくに眼を見開き、フィールカは反射的にそれをぎりぎりのところで剣で弾き落とす。そのすきにベラムは距離を詰め、左手に持っていた剣を素早く両手に持ち替えると、頭上から勢いよく振り下ろしてくる。



「オラッ!!」


「くっ!」



 フィールカも剣を横にして両手で受け止め、どうにか攻撃を防ぐ。激しい鍔迫つばぜり合い。一瞬の膠着こうちゃく状態から互いに反動で引きずられるように後方へ下がると、今度は剣戟けんげきの応酬が始まる。剣と剣がぶつかり合うたびに甲高い音を上げ、石畳に大量の火花が降り注ぐ。


 しかしベラムの猛攻に、フィールカが防戦一方の形でじりじりと押され始める。



「どうしたどうしたー!? それでも本当に剣術科次席の実力者か!? そんなにただ守ってるだけじゃ、お前の剣が泣いちまうぞ!?」



 醜悪な顔をさらに歪ませ、煽るように責め立ててくる。



 ――くそっ、まだだ……もう少し……。



 フィールカは次々と迫り来る攻撃をさばきながら、この後必然的に訪れる勝機を待っていた。



 それは、どんな人間でも動き続けると必ず身体に表れてくるもの――疲労だ。



 ベラムが使用している長剣は、フィールカの片手剣に比べてリーチが長く、振ったときの威力もなかなか強力だが、その反面重量が二倍近くもあるので振るい続けるにはかなりの体力を消耗する。


 ベラムは徐々に息を荒げながら顔に疲労の色が見えてくると、いらついたように噛み付いてくる。



「てめぇ……さっきから守ってばっかで、本当にやる気あんのか!?」



 しかし、フィールカはそれを無視して愚直に攻撃を捌き続ける。いい加減その生意気な態度に、ベラムは堪忍袋かんにんぶくろが切れたように叫んだ。




「……そうやっていつまでも余裕ブッこいてんじゃねーぞ!! 死ねぇええええええ――――ッ!!」




 最上段に剣をかかげると、絶叫と共に振り下ろしてくる。


 だが、フィールカはこの機を待っていた。疲労が限界まで蓄積した状態での渾身こんしんの一撃。それは、一度発動すると簡単には止めることができない。


 フィールカはベラムの剣を捌いて自身の右下段に受け流し、左上段への素早い斬り上げで無防備の奴の右腕を狙う。白銀の切っ先が、吸い込まれるようにベラムの腕を捕らえた瞬間、血飛沫ちしぶきが宙へと舞い上がり――




「痛てぇええええええ!! 俺様の腕がああああああッ!!」




 地面に両膝をついて悶えながら、悲鳴を喚き散らす。




「――動くな!! 剣を捨てろ!!」




 フィールカはベラムの顔に剣を突き付ける。加減して腕は斬り飛ばさなかったが、これでもう満足に戦えないだろう。


 すると、ベラムは急に叫ぶのをやめ、降参したように両手を上げる。




「ああ、わかったよ……。おとなしくお前の命令に……」




 しかし、言葉が終わらないうちに――




「従うわけねーだろうが!!」




 不意にベラムは出血した左腕を振り払い、フィールカの両眼に血飛沫を飛ばす。フィールカは反射的に眼を閉じるが、けることができない。直撃した赤い液体が視界を奪う。



 ――目眩めくらましか!



 一瞬の隙をついてベラムは剣を拾い上げ、フィールカの剣を思いきり弾くと、



「くらいやがれ!!」


「ぐはっ!」



 体当たりで青年を突き飛ばし、そのままイービルワームのほうに向かって走り出す。


 終始戦闘を見守っていたシエルが、すぐに心配した様子で駆け寄ってくる。



「フィールカ、大丈夫!?」


「うっ……俺は平気だ……。それより早くあいつを止めるんだ……!」



 かすれた声で呟く。だが、ほとんどの兵士たちは治療を終えたばかりでまともに動くことができない。



「おい、誰かそいつを止めろ!!」



 レオンが焦燥しょうそう感に駆られて思わず声を上げる。


 ベラムの前に前衛部隊の兵士たちが剣を構えて次々と立ちはだかるが、青年は手負いとは思えぬ動きで彼らを斬り伏せていく。



「ハッハッハ―――ッ!! お前らみたいな雑魚ばっかじゃ、この俺は止められねーぞ!!」



 背後を見て嘲笑しながら、ベラムは一息にイービルワームの前まで辿たどり着くと、右手で剣を振り上げ魔虫に飛びかかる。




「ヒャッハ――――ッ!!」




 広場中に奇声を響かせて放ったその一閃いっせんは、イービルワームの巨体の一部を見事に斬り裂く。直後、ドス黒い色をした、血のような液体が切り口から勢いよく噴き出す。



「へっ、どうだーッ! 俺様の剣の味はよーッ!」



 得意げな顔で言いながら、剣に付いた血をヘビのような長い舌でうように舐める。


 すると、ずっと眠っていたイービルワームが苦痛で悶えるように覚醒かくせいした。




「ギャアアアアアアアアアッ!!」




 耳をつんざくような甲高い咆哮ほうこうに、フィールカたちは思わず耳を塞ぐ。あまりの騒音のせいで、全員その場から動くことができない。


 数秒の間、魔虫は怒り狂ったように悲鳴を撒き散らし続けると、すぐに鳴きむ。が、ベラムの今の攻撃で完全に目を覚ましてしまった。



「ううっ……そんな……」



 耳を押さえていたシエルが茫然と呟く。すると不意に、フィールカが何かに気づいたように下を向いた。



「な、なんだ? この地響きは……?」


「えっ?」



 シエルも同じように耳を澄ますと確かに地面の奥深くから、ゴゴゴゴ……と何か迫ってくるような音が聞こえてくる。地鳴りはどんどん大きくなり、それはすぐに形となって現れた。


 突然、広場の石畳を突き破って四枚の巨大な岩壁が出現し、それはイービルワームのすぐ近くにいたベラムを瞬く間に取り囲む。


 思いもよらない事態に、青年は混乱したように喚く。



「おいなんなんだよ、この壁は! 出しやがれ!! ――くそっ、全然斬れねーぞ!」



 叩きつけるように何度も剣で斬りつけるが、強い魔力がり込められた岩壁は全く壊れる気配を見せない。


 脱出不可能の状況にベラムが焦せり始めると、不意に周囲が影に覆われて暗くなる。今度はなんなんだ、と思い頭上を見上げるとそこには――空を覆い隠さんとばかりにイービルワームが巨大な顔を壁の外から覗き込ませていた。


 魔虫はノコギリのような歯を鋭くき出すと、ベラムに向かって大きく口を開く。それを見た青年の顔から、すーっと血の気が引いていく。



「お、おいっ!! 誰か助けてくれっ!!」



 岩壁をこぶしで叩きながら何度も必死に助けを呼ぶが、この隔離かくりされた状況では誰も近づけるはずもなく、無慈悲にも魔虫の口がどんどん迫ってくる。


 ついにベラムは尻餅をついてガクガクと恐怖に怯えながら、無茶苦茶に剣を振り回す。 




「や、やめろっ!! 来るんじゃねぇ!! うわあああああああ―――っ!!」




 それ以上、彼の声は続くことはなく、ただひたすら魔物のむさぼる音だけが無情に広場に響き渡っていた。




「…………」




 遠くから魔虫の姿を見ていた反乱兵たちは、ずっと無言のままだった。


 ベラムを最後まで止めることができず、また一人の命が奪われてしまった。完全に目覚めたイービルワームは、壁の中にいた青年を満足げに喰い尽くした様子で、再び醜悪な顔をあらわにする。


 そして、反乱兵たちの穏やか時間はここまでだった。突然、魔虫の全身を地属性の魔力が帯び始める。


 それにいち早く気づいたシエルが鋭く叫んだ。



「まずいわ! あの魔物、魔力を溜め始めてる! 一気に解放するつもりだわ!!」


「なっ……みんな、動けない兵士たちを守るんだ!!」



 フィールカは急いで動ける者に指示を出す。先程の攻撃でほとんどの兵士たちは傷を負い、まだ治療を終えて病み上がりの状態なので完調に動くことができないのだ。シエルは動けない者を守ろうと、彼らの前に歩み出る。



「結界魔法を使える人は他の動けない兵士たちをお願い!! ここは私がどうにかする! フィールカたちは私の後ろに隠れてて!」


「ああ、わかった!」


「すまねぇシエルちゃん、ここは頼んだぜ!」



 フィールカとレオンも彼女の後ろにひかえて、魔虫の攻撃に備える。




「さあ、来るなら来なさい!!」




 ――またこっちに攻撃してくるなら、全部防いでやるわ!



 シエルは高速で術式を詠唱すると、風属性の上位魔法《ステルス・プロテクション》を発動する。


 すると、不意に彼らの周囲の空間を黄緑色の気流が包み込み、透明になって不可視の防壁が形成されていく。これは、地属性攻撃に対しての防御に特化した頑丈な結界魔法だ。イービルワームとの相性を考えれば、そう簡単に壊れることはないだろう。シエルほどではないが、結界魔法が使える他の兵士たちも彼女にならって防壁を展開する。



「来るぞ!!」



 フィールカが叫ぶのと同時に、イービルワームのまとっている魔力がいっそう強く輝き始める。すると、広場全体に小さな震動が伝わってくる。



「こ、今度はなんだ!? 地震か!?」



 レオンが動揺したように声を上げる。


 震動は徐々に大きくなると、広場中の石畳に亀裂きれつを生じさせる。誰もが地震かと思ったが、次の瞬間、その安易な予想は微塵みじんに打ち砕かれた。


 突然イービルワームの周囲の石畳が吹き飛んだかと思うと、数えきれないほどの岩石のトゲが広場全体に広がるように地面から突き出し、こちらに向かってくる。



 ――まずい!! 攻撃範囲が広すぎる!!



 予想外の攻撃に、シエルは咄嗟とっさに他の兵士たちに回避の指示を出そうとするが、もはやそんな余地は与えてくれなかった。物凄い勢いで迫ってきたトゲが、空間に張っていた透明の防壁に直撃する。その瞬間、結界の中にいたシエルたちをすさまじい衝撃が襲う。



「くっ……なんて威力なの!!」



 シエルは歯を食い縛りながら、両手を正面に突き出して必死にこらえる。少しでも気を抜けば、結界はガラスのように呆気なく崩壊し、一瞬にして自分たちの命を奪い取っていくだろう。視界の端では、他の兵士たちが激しい攻撃に耐えられず次々と串刺しにされ、ばたばたと倒れていくのが嫌でも目に入ってくる。一人、また一人と――




「――見るな、シエル!! いまは自分の魔法だけに集中するんだ!」


「俺たちがついてるぜ、シエルちゃん!!」




 フィールカとレオンが後ろから少女の肩をつかみ、大声で鼓舞してくる。


 その声援に、シエルはどうにか体勢を立て直す。いまにも吹き飛ばされそうな衝撃だが、二人が一緒に支えてくれている。それだけでシエルは、自然と心が落ち着いてひたすら防御に徹することができた。


 気づいたときには、魔虫の攻撃を見事に相殺そうさいすることに成功していたのだった。




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