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センス・オブ・スカーレット  作者: 一夢 翔
第一章 魔導軍事学校
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第二十一話 森の展望台

 フィールカたちが学校を後にしたときにはすでに外は夕陽が沈み、すっかり夜になっていた。街から離れていても前夜祭の活気を表すように、街の灯りが暗い森の中を薄く照らしている。夜鳥のさえずる声と鼻腔びこうに漂ってくる植物のかんばしい香り。それらが今、自分たちが森にいることを充分に実感させている。


 二人はリースベルの東ゲートを抜けてすぐのところにある森の中で、三十分以上ふらふらと彷徨さまよっていた。五分も歩けば展望台に着くはずだったのだが、全くその姿を現す気配がない。地面から剥き出しになった木々の根っ子が足を取り、夜の森の中は想像以上に歩きにくくなっていた。


 いつまで経っても辿り着かないこの状況にいい加減痺れを切らしたのか、ミスリアが不満を洩らした。




「………ねえ、まだ着かないのかしら? もうずいぶん歩いたわよ………」




 背中に突き刺さるような冷たい声でそう言われると、フィールカはぼりぼり頭を掻きながら、せわしなく辺りをきょろきょろ見回す。



「えーっと………確かこの辺りのはずだったんですけど………。あれ………おっかしいな………」


「…………」



 青年の自信なげな様子に、ミスリアはこの後、自分たちに待ち受けている最悪な結末を容易に想像することができた。



「まさか、道に迷ったんじゃないでしょうね………」


「………多分?」


「もう! どうしてあなたが案内人になったのか、説明してもらいたいわ………」


「すみません………」



 不甲斐ない自分に、フィールカは返す言葉もない。


 保健室を出たのが七時頃だったので、八時から開催される花火大会まであまり時間がない。しかも夜の壁外フィールドでの行動は、魔物の動きが活発になるため非常に危険なのだ。一刻も早くシエルたちと合流し、この状況から抜け出さなければ………。


 一人で思考を巡らせていると、青年と同じことを考えていたようにミスリアが溜め息とともに呟いた。



「はあ………とりあえず一度、この森から脱出しましょう。ここにずっと長居するのは危険だわ。どうにかして早くこの状況を―――」



 そこで彼女の言葉が途切れる。突然、草むらの奥で何か物音が聞こえたからだ。




 ―――ガサガサッ。




 草むらの方をずっと見据えたままフィールカは、自分を盾にするようにミスリアを後ろに下がらせる。



「………先生は俺の後ろにいてください」



 白衣の美人教諭は小さく頷くと、フィールカはすぐさま《武装解放術式リベレイト・オーダー》を詠唱する。


 右手に青い光が徐々に集まり、片手劍シングルソードが形成されていく。出現させた剣を正面に構えると、その場で沈黙が生まれる。



 すると次の瞬間―――草むらの中から黒い影が勢いよく飛び出してくる。



 葉っぱを派手に散らして現れたその正体は、全身を白銀の毛に包んだ狼だ。



「グルルル………」



 暗闇に赤い眼を光らせて、威嚇するようにこちらを睨んでくる。下位魔級の《ラルジャン》と呼ばれる魔物で、普段は複数で行動しているためかなり厄介だが、今回は一匹なので問題はないはずだった(、、、)


 フィールカは力強く地面を蹴り、素早く相手のふところに入り込む。反撃の隙を与える暇もない速さで、そのまま一気に魔物に斬りかかる。



「グギャアアアアアアアアッ!!」



 剣を横に振り払うと同時に、血飛沫ちしぶきが宙に舞い上がる。どさりと音を立てて白銀の狼は地面に倒れると、断末魔のうめき声とともに呆気なく動かなくなった。


 剣についた血を綺麗に振り払い、フィールカは後ろにいるミスリアに気を遣って声をかける。




「大丈夫ですか………? せんせ―――」




 そう言いながら、後ろに向き直ろうとした時だった。



 突然、すぐ近くの草むらからもう一匹―――ラルジャンが全速力で飛び出してくる。



 それを見たフィールカの顔が一気に恐怖で青ざめる。自分が戦闘している間に、奴は密かに隙をうかがってずっと潜んでいたのだ。


 そして最悪なことに、白銀の狼は勢いそのまま、ミスリアに猛然と襲いかかる。




「危ない、先生!!」




 フィールカは咄嗟とっさに叫んでいたが、到底間に合わない。


 この瞬間、青年は彼女を連れてきた自分を激しく呪った。こうなることは充分予測できたはずなのに。自分の出した無責任な提案が、彼女を危険に巻き込んでしまうなんて。




 だが、もう遅い。白銀の狼がミスリアに飛びかかろうとした寸前―――。




 突然、大きな爆発とともに、ラルジャンが激しく吹き飛ばされる。そのまま木の幹に激しく叩きつけられた白銀の狼は、死んだようにすぐに動かなくなる。


 フィールカは一瞬、目の前で何が起きたのか解らなかった。だがそれは、ミスリアのかざした右手からわずかに出ている白煙を見てすぐに理解する。



 つまり彼女は―――魔力センスで火属性の魔法を手から放ったのだ。



 ミスリアがホッと安堵したように手を下ろすと、それを見ていたフィールカは茫然ぼうぜんとした様子で訊いた。




「先生、魔法が使えたんですか………?」




 すると、ミスリアは色気のある唇に微笑を浮かべる。



「ふふっ、これでも一応、魔導軍事学校の元生徒だったのよ。けど二年間の厳しい訓練を通してから、やっぱり自分は兵士に向いてないと思ってね。今ではこうして、生徒たちを支える立場なんだけど」


「そうだったんですか………」



 緊張の糸が切れたように肩を落とし、青年は消え入りそうな声で呟いた。



「すみません………。俺のせいで、先生まで危険に巻き込んでしまって………」



 もしミスリアが咄嗟に魔法を発動していなかったら、今頃彼女は死んでいたかもしれない。彼女が無事だったのは不幸中の幸いだったが、結局すべて自分の軽率な行動が招いた結果だった。


 それなのにもかかわらず、ミスリアは怒るどころかむしろ皮肉めいた口調で言った。



「ホントそうね。恩返ししたい人に対して、こんな災難に見舞わせるなんて思いもしなかったわ」



 しかし、彼女はすぐに表情を改めて真剣なものにする。




「でもね、もし何かあったときは、あなたがあの二人を助けるのよ」


「えっ?」




 突然の彼女の言葉に、フィールカは困惑の声を洩らす。



「レオンくんはそうね………自分に対して少し自信過剰なところがあるわ。戦場では常に状況は変化する。だから彼が無茶な判断をしないよう、あなたが支えてあげるのよ。それにシエルちゃん、あの子は………」



 ミスリアはどこか言いにくそうに、思い詰めた顔で呟いた。



「どんなことでも一人で解決しようとするところがあるわ。まるでそう、ずっと何かを一人で背負い続けてきたような………」



 その重苦しい言葉に、フィールカも表情がくらくなる。


 彼女の言っていることは決して間違っていない。現にシエルは、自分の家族と故郷をすでに皇国軍に奪われているのだ。ミスリアはこの事実を知らないはずだが、入学してから二年間、普段から自分たちを見てきた彼女にとっては何か感じ取れるものがあったのかもしれない。


 青年が一人で考えていると、ミスリアは念を押すように再度確認した。



「だからもし彼女が無茶な行動に出ても、そのときはあなたが護ってあげるのよ。いいわね?」


「は、はい」



 思わず頷くと、ミスリアは嘆息して周囲に視線を向ける。



「話が長くなったわね。それで、ここから脱出する何か良い案はあるのかしら? 今夜はここで野宿だ、なんてことはまっぴらゴメンなんだけど」


「うーん………」



 大声で叫んでシエルたちに気づいてもらおうと思ったが、そんなことをすれば当然魔物をおびき寄せてしまう危険性があるし、何しろこの森の広さではまず無意味だろう。火属性の魔法を上空に放ち、その発光に気づいてもらうにしても、自分や先生の火力では空に届く前に消えてしまうだろう。結局色々と考えてみたが、この状況を打開する方法が思い浮かばない。



「………そうだ!」



 ふと何か閃いたように両手をポンと叩き、フィールカはすぐさま術式を唱えると、独り言のようにぶつぶつと喋り出す。しかし数秒の沈黙の後、意気消沈したように再びがっくりと肩を落とす。



「やっぱり駄目か………」



 こんなときこそ、基本技の《想像接続術式イマジン・コネクト》を使えばレオンとシエルに連絡が取れると思ったが、やはり向こうが術式を使用していないために通信は無理らしい。最後の望みがついえてしまった青年は、今度こそ追い込まれたように頭を抱える。




「………まずいわね」




 不意にミスリアの緊迫した声に、青年はハッと顔を上げて我に返る。


 正面暗闇の奥―――そこに二つの赤い眼光が鋭く光る。それに続き、さらに数十もの不気味な眼が周囲の闇から一斉に開かれる。


 二人は背中合わせにそれぞれ剣と掌を反射的に構える。グルルル………と血に飢えた狼たちが、樹の陰からぞろぞろと姿を現す。



「どうやら、いつの間にか囲まれてたようね」


「くっ………」



 フィールカはただただ己の無力さに歯噛みする。


 出来れば先生を当てにするようなことはしたくないが、さすがにこの数を相手に一人で彼女を護るのはほぼ不可能だ。こんなとき、レオンとシエルが一緒に居てくれたらどれほど心強いのか………と改めて認識させられる。


 だが今は、無い物ねだりをしても仕方がない。せめて先生の負担を最小限に抑えながら、どうにかして自分が血路を開くしかないのだ。しっかり両手で剣を構えて、今にも襲いかかってくるであろう餓狼たちを迎撃しようとしたその寸前―――。



 突然、森全体が強烈な白光に包まれると、その直後―――空からけたたましい轟音ごうおん耳朶じだを響かせた。




 いきなり雷が落ちたのだ、それも森のど真ん中で。




 白銀の狼たちは心臓が跳ね上がったように狼狽ろうばいすると、その場から一目散に逃げ去っていった。


 これにはミスリアも動揺した様子で声を上げる。



「な、なんで雲もないのにいきなり雷が落ちるのよ!!」


「あれはまさか………シエルか!?」



 あれだけの雷撃を放てるのは彼女以外に思いつかない。


 二人はすぐさま雷の落ちた方角へ向かう。ついさっきまであれだけ静かだった森が、いまは獣や夜鳥たちが慌ただしくギャーギャーと騒いでいる。草木が生い茂る暗い森の中をひたすら突き進むと、不意に二つの人影がうっすらと見えてきた。


 樹の陰に隠れながら慎重に近づいていくと、正体不明の二つの影が姿を現す。




 それは―――赤髪のツインテールの少女と金髪を逆立てた青年、いつもの見慣れた二人の姿だった。




「あっ、やっと来たわね! こっちこっちー!!」




 こちらに気づいたシエルに手招きされながら、フィールカたちはやっとの思いで展望台に辿り着いたのだった。




「もう、あんた一体どこほっつき歩いてたのよ、心配してたんだからね!! ―――先生、大丈夫ですか!?」




 いきなりまくし立てるように言われ、フィールカはがっくり肩を落としてさらに疲労感が増しそうになる。


 すぐにレオンも心配した様子で青年に歩み寄ってくる。



「おい、大丈夫だったか? 全然現れないからずっと心配してたんだぞ」


「いやーごめんごめん、途中で道に迷ってさ………。いや、最初から迷ってたのかも………」



 目の前にたたずむ古びた展望台を見上げ、無事にようやく辿り着いたことを実感すると、フィールカは安堵したように身体の力が抜けてその場にへたり込んだ。




「その様子だと、やっぱり道に迷ってたのね」




 ひとまずミスリアをレオンに任せて展望台に上らせたシエルが、全てを見透かしていたような口調で頭上から言い放ってくる。


 フィールカは思わず顔を上げると、眼前に佇む少女に気になっていた疑問を投げかけた。



「なあ、どうして俺たちが道に迷ってたってわかったんだ?」



 それを聞いたシエルは、これ以上救いようのない顔で大きく嘆息した。




「あんたが方向音痴だってこと、すっかり忘れてたわ」




                ∞



 無数の小さな星々が、自分たちを主張するように夜空に点々とまたたいている。ずっと見上げているだけでこの広大な闇の中に吸い込まれていきそうな、そんな感覚を思わせる綺麗な空だった。森の向こう側に見えるリースベルからは街の灯りがいつも以上に溢れており、普段の生活からは見れない光景を自分たちに見せている。


 どうにかフィールカたちは花火大会の開始時刻に間に合い、始まるまでのしばしの間、展望台から一望できる夜景をずっと静かに眺めていた。




「綺麗な景色ね」




 ミスリアがぽつりと呟く。フィールカも隣で錆びた鉄柵に両腕を置きながら、小さく頷く。



「俺もこの時間に来たのは初めてですけど、先生に満足してもらえて良かったです」


「………街からの無断外出は校則で禁止なのに、これ以外の時間にいつ来る暇があったのかしらね」



 やれやれと呆れた様子でミスリアは言うと、シエルもそれに同調するように隣から追い討ちをかけてくる。



「ホントですよねー。こんな調子だからすぐに怪我するし、周囲の人たちにも迷惑ばかりかけてると思うんです」


「そ、それは関係ないだろう………」



 フィールカはふて腐れたような顔で唇を尖らせる。レオンもそんな青年の肩に手を置いて、同情するつもりもなくさらりと言った。



「そうだなフィールカ、他人に迷惑ばかりかけてたらダメだぞ」


「お前が言えた義理かよ………」



 はあ、と肺に溜まった空気を大きく吐き出し、ふと夜空を見つめる。



 ―――けど………。



 こうやって、皆と何気なく過ごす時間が楽しかった。


 明日には自分たちも戦場に向かわなければならない。レオンやシエルは緊張気味かと思っていたが、どうやらその心配はいらなかったようだ。そして、ミスリアが再び自分たちと素直に向き合ってくれたこと、それが何よりも嬉しかった。


 三人の賑やかな雰囲気を眺めながら、フィールカが感慨にふけていた時だった。



 突然、ひゅー、と夜空に甲高い音が鳴り響いたその直後―――。




 ―――バーン……バーン……バーン…………。




 漆黒の夜空を背景に、色とりどりの大輪の花が次々と煌く。その華やかな光景に、四人は感激した様子でうっとり呟く。



「綺麗な花火………」


「ホントね………」


「来た甲斐があったぜ………」


「そうだな………」



 しばしの間、彼らは食い入るように夜空に打ち上げられていく花火を眺めていた。耳朶を響かす爽快な音、目に入ってくる華麗な光、どれを取ってもここで見るものは新鮮だった。




「―――そういえば、まだちゃんと言ってなかったわね」




 不意にミスリアは後ろに下がると、青年たちにくるりと向き直り、これまでにない穏やかな笑顔をたたえて言った。




「三人とも、卒業試験合格おめでとう」




 そう言われて、フィールカたちも互いに顔を見合わせて小さく頷く。



「ありがとうございます、先生。実は、俺たちから先生に贈りたいものがあります」



 突然のサプライズに、ミスリアは少し驚いた表情をした後、わくわくした口調で言った。



「あら、何かしら。生徒たちからの直々のプレゼントだなんて。期待してもいいのかしら?」



 フィールカはシエルに視線で促すと、彼女は両手を前へと差し出す。


 すると、ボンッ! とコミカルな音とともに白煙の中から、薄紅色の包装紙で包まれた花束が掌に現れる。花は色鮮やかな桃色のカーネーションで、レオンとシエルが今夜のためにじっくり選んでくれたものだ。


 シエルが代表で花束を持って前に歩み出ると、ミスリアに感謝の言葉を伝えた。



「入学してから二年間、ずっとミスリア先生にお世話になりっぱなしでした。自分たちは何もお礼をすることができませんでしたが、これは先生へのせめてもの感謝の気持ちです。ぜひ受け取ってください」



 二年間、自分たちを支えてくれた恩人に花束を渡すと、ミスリアは笑顔でそれを受け取る。



「綺麗なお花ね、保健室に大切に飾らせてもらうわ。三人とも、ありがとう」


「―――先生」



 フィールカは彼女を静かに呼ぶと、ずっと胸に秘めていた想いを口にする。




「俺たち、いつかまた帰ってきます―――必ずここに」




 青年の誓いの黒い眼差まなざしに、ミスリアは今までにない最高の笑顔で応えた。




「それまで、ずっと待ってるわね」




 彼らを盛大に祝うように、次々と打ち上がる花火の音色がいつまでも夜空に鳴り響いていたのだった。




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