第33話「旅立ち」
老婆がそう言うと俺の腕の傷口が塞がっていった。
「おおっ!」
この奇妙な現象に思わず声が出る。
「なにをびっくりしてるんじゃ」
これが治癒魔法……。
薬草を食べた時は痛みが残ったのだが、全く痛みがない!
凄いぞ。
骨折したと思われる左腕をぶんぶんと振り回す。
さっきまでは振り回すどころか、動かすことも出来なかったのに……治癒魔法が地球で普及したら、いろんな人を助けられるな。
「こんなに治癒魔法って凄いんですか!」
「そんな歳して、なにを言うんじゃ」
「いや……俺この世界の人じゃないんで……」
「私を馬鹿にしているのかい?」
ただでさえ皺くちゃな老婆の顔がもっとしわしわになる。
「馬鹿にしてるわけじゃなくて、本当なんですよ!」
「ほら!早く結晶石探してきな!」
老婆は顔中に皺を作りながら俺の話をスルーする。
おそらく俺が馬鹿にしていると思って不愉快な気持ちになったのだろう。
本当のことを言ったらこうなるのか。
できるだけこのことは言わない様にしておかないとな。
このまま何か言ったとしても、馬鹿にしていると思われるからここは老婆の言うとおりにするか。
「お邪魔しました」
老婆の家から出て、ゴブリンを倒した森林へと向かった。
この世界の人じゃないって言っただけで怒るか?
信じてくれないと言えど笑って済む話じゃないか。
深く息を吐来ながら歩いていると森林の前まで来ていた。
いつでも抜刀できる様に強く柄を握り、辺りを見渡しながら入っていく。
先程と同じ森林であるのにも関わらず、初めて来る様な感じがする。
先程は木が風で揺られただけで驚いていたが、それには動じなくなった。
ゴブリンと戦ったばしょなんてわからないため、当てずっぽうで探しているだけだ。
すると結晶石ではなく、俺の武器ケースが開いた状態で落ちていた。
てことは……。
辺りを見ると草木は俺の血が固まって黒くなっていた。
ここでサイクロプスと戦闘したと考えると身震いがした。
あのとき戦えたのは夢を見ていると錯覚していたからだからだ。
もし、この状況で今会ってしまえば確実に殺られる。
「あのモンスターは一度視界に入った生物が死ぬまで追いかけてくるんです」
リルムのその言葉が頭を稲妻の様によぎる。
武器ケースに近づき、魔剣の有無を確認する。
「え……」
その中には奇妙な雰囲気を漂わせていた魔剣が入っていなかった。
リルムは魔剣を置いてきたって言ってたよな。
なんで、魔剣が消えている。
誰かに盗まれたのか?
それと代償になのか、ゴブリンの結晶石が一つポツンと武器ケースの中に置かれていた。
そして、誰かから見られている様な視線を感じた。
辺りを見渡しても、風で揺れる木々と、小鳥が飛び去っているだけだった。
俺は誰かにつけられているのか。
またもサイクロプスの時と同様に身震いがする。
武器ケースを閉じて、歩いてきた場所を辿り村へと走って向かう。
その際、後ろから誰かが追いかけてくるのでは?
という感覚にとらわれずっと後ろを警戒していた。
村に戻り、ガルドフの家に帰る際、老婆の家の前を通りかかった。
怪我を治してくれたお礼を言おうとしたけれど、また怒られるのではないかと思った俺は家の前にゴブリンの結晶石だけを置いた。
俺の強さはゴブリンと同じぐらいってことか。
でも……ゴブリンはこの世界では希少なはず。
俺は強いのか?
まだこれだけじゃ全然強さがわからない。
実践あるのみだ。
俺が異世界に来たのには何かの目的があるんだ。
でもなんで俺が……?
もしかしたら他に地球からこの世界に来た人がいるかもしれない。
そうともなれば……ここに転移させられた理由が分かるかもしれない。
もしこれがゲームだとしたなら、プレイヤーは何処へ向かう?
色々な情報を得られ、アイテムや依頼を受けることができる王国。
みんなそれに向かうはず。
一刻も早く、この世界で苦しんでいる人達全員を救いたい。
自分でもこの時はなぜこんな気持ちになっているのかはわからなかった。
ガルドフの家に戻ると、リルムはアルフのベッドに寄っ掛かって寝ていた。
ガルドフにはゴブリンとの戦闘のこ
と、老婆のことを話した。
ゴブリンはこの世界では極稀に現れるといったモンスターであり、老婆はこの村では有名なおせっかいをするおばあさんらしい。
「ガルドフさんお邪魔しました」
リルムを背中におぶりながら頭を下げた。
ガルドフは何も言わずに手を振った。
扉を開き外に出ようとした時、一言聞こえた。
「リルムとアルフを頼んだぞ」
その声はどこか寂しそうで、何かを俺に訴えている様な気がした。
「はい!!」
そうして俺たちは家へと帰り、リルムにもそのことを話した。
王国に明日行ってくるといったら必死に止められたよ。
だからもっと強くなってから行こうとした。
それから何日もこの村で生活していた。
ガルドフには、色んなことをしてもらった。
防御魔法では石の盾を作ることができるようにもなった。
ガルドフやリルムと一緒に薬草を摘みにいったりして、充実した生活を送っていたが、アルフを早く助けたいという気持ちが心のどこかにあった。
素振りを毎日百回以上して、手が豆だらけになっていた。
そして、そんな毎日を送っているとガルドフは暗い顔をしてこういってきた。
「アルフの命が・・・もう少ないかもしれない」
それを聞いた俺は、明日になったらすぐに王国へ向かおうとした。
それについてリルムは何も言わず、賛成してくれた。
具体的なアルフの寿命はわからないが、早めに帝国軍の呪術師を倒せば、それにこしたことがない。
次の日、王国へと向かおうとした俺たちは準備を整え就寝した。
リルムを連れて行くのは、少々戸惑いがあったが本人が来たいといっているので仕方ない。