09 二度目の春が来て 9 本当は誰のため?
花壇で、あんなにきれいに咲いていたのに……。ったく、なんてことしやがる!!
女生徒の左手のうちにあるチューリップを見ると、拓はみぞおちが何かに激しく掴まれ、絞られるような心地がした。
そして、薫にさんざんくすぐられて彼女の力が抜け、もうあまり拓たちに抵抗しなくなってからも、羽交い締めする力を緩めることができなかった。
むしろさらに力を込めていった。
――だめ! あんまり強くしたら骨とか折れちゃうよ。
背中に浴びせられたリッピアの声に、拓は、はっと我に返った。
彼女は、大きな目を潤ませ心配そうに彼を見上げている。
拓は手を止めた。
――すまない。
――本当に本体の――チューリップのためにやったこと?
リッピアは微動だにせず、拓を見つめている。
――そのつもりだった。……だが、今は自信がない。
リッピアに嘘はつけなかった。
花ばさみを振り回す危険を阻止し、これ以上チューリップが折られぬようにする。
どうしてもやらねばならないことだったのは確かだ。
ただ、その目的を遂行するというよりはむしろ、行為自体に魅入られるように力を込めていたのではないか?
拓の背筋に寒気が走った。
女生徒や茜に気づかれぬよう、拓は静かに深呼吸を繰り返した。そしてそのあと、強く奥歯を噛みしめ、力を抑えたのだった。
「放してください」
「だめだ。だが、話は聞く。一緒に部室に来い」
拓は右手で女生徒の首を押さえたまま、茜に頼んで、自分の左手首と女生徒の左手首とをハンカチで結んでもらった。そしてそこに、薫のブレザーをかぶせ、茜と薫もかたまって歩きながら校舎に戻った。
上履きに履き替えるために下駄箱に寄るのは無理なので、革靴を脱ぐと皆ソックスやニーソックスのまま、園芸部の部室に向かう。
新入生や、他の部の勧誘員たちはほとんど廊下からいなくなっていた。
「はぁあ!?」
恭平が駆け寄ってきた。
「ちょっとちょっとぉ、俺がいないとこで、なぁにイチャコラしてんの!」
「これがイチャコラに見えるのかよ!」
拓が睨みつけても恭平は、「だってつながってるじゃんブレザーの下」と口を尖らせる。
茜が手短に事情を話すと、彼はへぇー、と物珍しげに女生徒を眺めた。
実は園芸部の面々以外にもリッピアがいたのだが、当然ながら拓以外、気づく者はない。
「まずはチューリップの水切りだ。が、お前に花ばさみを持たせるわけにはいかない」
拓は茜に、部室の隅にあるロッカーからバケツを出して水を汲んでくるよう頼んだ。
「水切り」とは、花に水を吸い上げさせる「水揚げ」の一種で、水中で花の茎を斜めに切るものだ。
切り花はこれにより元気を取り戻す。
「茜が――ポニーテールの女子がやるから、お前は、茎の根元から何センチくらいのところで切るかを茜に伝えるんだ」
女生徒は、自分でやると主張した。
けれどもそれが通らぬことを知ると、赤い花は何センチ、白い縁取りでピンクの花は何センチと呟き始めたのだった。
茜はすべてをメモ帳に書き取った。そして、さきほど女生徒から奪い取った花ばさみをポケットから出すと水切りを始めた。
銀色のブリキバケツが、チューリップの長短さまざまな明るい彩りで、一気に華やかになる。
「さて、話してもらおうか」
女生徒の手首と自分の手首とをハンカチで結んだまま、拓は部室の大テーブルの椅子に掛けた。
「花の本来の美が見える、とさっき言ってたな。どういうことだ?」
「これ、放してもらえませんか」
「だめだ」
女生徒はしぶしぶ彼の横に掛けた。
恭平は、大テーブルがある板敷スぺースから、その奥の、ちゃぶ台がある小上がりみたいな畳スペースに行こうとしていた。
が、背後から茜に呼び止められた。
「長庭君、一緒にいて」
「うひょー! 茜ちゃぁん、やっと素直になってくれたんだね」
冗談か本気か判別しがたい様子でにやけながら、恭平は戻ってきた。
そして茜に、女生徒の後ろに座っていてくれときわめて事務的に頼まれていた。彼は嬉々(きき)として従う。
恭平のほか、薫は拓の後ろに、茜は拓と女生徒の間に、それぞれパイプ椅子を持ってきて掛けたのだった。
卒業した高校の下駄箱がどこにあったかや上履きの種類が、思い出せません。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。