08 二度目の春が来て 8 続く戦い
いらしてくださり、ありがとうございます。
「見える、だと……?」
拓は顔をしかめた。
もしかしたら、こいつも花の精が見えるのか?
「隙あり!」
茜が青い髪の女生徒の手に飛びついた。
花ばさみは裁ちばさみに比べ刃が短い。
そのため、はたから見るとまるで、腕を伸ばして厭がる女生徒の手を、茜が無理やり両手でくるみ込み、引っぱっているみたいだ。
「くぅーーーっ!!」
茜は歯を食いしばり、のけ反る。刃が手のひらに突き刺さるのか、時おりひどく顔をしかめる。
「わたしの大事な花ばさみにさわらないでください」
女生徒も、般若のような形相で頻繁に腕や頭を動かそうとする。が、拓に羽交い絞めにされているので分が悪い。
動きがままならぬ状態で彼女は、何度も脚を蹴り上げた。
チェック柄のスカートから、締まった長い脚がスパァーーーンと伸びる。
ニーソックスの上、いわゆる絶対領域は暗闇で栽培されているウドのように白い。
そしてそんな太腿から革靴の爪先まで、勢いと力、そしてスピードに満ちあふれている。
危ない!
幾度となく拓は思った。
だがさっきよりも気迫に満ちた目をした茜は、花ばさみをもぎ取ろうとする動きを止めぬまま、サッ、サッと移動し、すべての蹴りをかわしてみせたのだった。
ごく僅かな間に、急速に動体視力が進化したかのように。
肩で息をしながら二人の少女が睨み合っていたそのとき。
「い、いやぁっ! ひゃうん! あっ……」
突然、女生徒が声を上げ、首をのけ反らせた。
さっきまでの凛として冷めた感じとは違う、高く上ずった声だった。
続いてアッヒャヒャヒャヒャ! と女生徒のけたたましい笑い声が響く。
「フゴッ!」
女生徒の髪に顔をうずめる形になった拓は、急いで顔をずらし辺りを見た。
いつの間にそばに来ていたのか、薫が女生徒の右に立ち、腕を伸ばし、彼女の脇の下で指を細かく動かしている。
「くすぐったいっ!! やめてください。ほんとに、もう、もう……アハッ、アヒャヒャヒャヒャ!」
女生徒は身をよじらせ、その動きとともに彼女の腕や、花ばさみを持つ手もふるふると震える。
懇願されても、薫は顔色一つ変えず、真剣なまなざしで彼女をくすぐり続けるのだった。
女生徒の苦悶混じりの笑い声と体の震えは、シャンプーの香りとともに直に拓に伝わってくる。
そんな中、茜は、狐につままれたような顔で花ばさみを彼女から奪取した。
奪取したというよりは、するりとゲットした、という方が的確かもしれない。
「ありがとう薫ちゃん! グッジョブ!」
目を丸くしたまま茜は花ばさみをブレザーのポケットにしまい、微笑んだ。
その表情には、感謝の念とともに、(えっと、さっきまでの戦いは何だったのかな)という思いがちょっとまじっているように拓には見えた。
「さ、こっちもちょうだい」
茜は女生徒の反対の手から、切られたチューリップをもらおうとした。
ところが女生徒は、笑い声を漏らしながら左の脇を締め、激しく頭を振る。
「渡せません。……クヒャヒャヒャ。あふんっ、……う……アヒャッ、わたしが責任をもって生けます。……本来の美を発揮できる姿で」
「でも、こんなことがあった以上、あなたに花ばさみを持たせるわけにはいかないわ。それに、ぎゅっ、て持ってたら茎や葉が潰れちゃうよ」
茜の言葉に、女生徒ははっとした表情を浮かべた。そして握りしめていた左の拳を少しゆるめたのだった。
真紅や白い縁取りがあるピンクなど、さまざまな花色のチューリップが、女生徒の手の中で、茎を白鳥の首みたいに曲げてうなだれていた。
もの言いたげに開きかけた口のようだったり、指を広げて何かを掴もうとしているみたいだったり。可憐なのは花壇にあるときと同じだけれど、シャンとはならない。
「早く水切りしないといけないと思うけど」
「でも、あぁっ……ふひゅんっ、アハ、アッヒャヒャヒャヒャァァンッ、切る長さも、くっ……、もう決まってるんです」
苦悶の表情を浮かべる女生徒を眺めながら、薫は淡々と彼女の脇の下をくすぐっている。
引いてもだめなら○○○○てみな。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。