75 深まりゆく秋 2 変だと思います
いらしてくださり、ありがとうございます。
「失敬。わからないところはできる人に訊くのが早いと思ったのでね。それに」
理緋人はじっと恭平を見つめた。
「出会ってからの時間の長さって、そんなに大事?」
理緋人の口調は穏やかで控えめだった。表情もあまり変化していない。
けれども、澄んだ目にひそむ硬い芯のようなものが恭平を圧倒していると茜は思った。
「し、失敬!? いつの時代だよ! んなもん、知らない同士が知り合ってさぁ、こう、少しずつ少しずぅつ距離を縮めて親しくなってくのが通常ルートだろーが」
「通常、ねえ」
ふ、と息を吐き出しながら理緋人は笑った。
「じゃ、きみはそうすればいい。けど、土屋さんのことは、決めるのは土屋さんじゃない?」
「茜ちゃんのことは……そりゃ茜ちゃんが決めることだろうが、相手のある話だし、第一あんたの言い方が気に入らねーな! さわやかに言ってても自分に有利に事を運ぼうってにおいがプンプンしてる!」
恭平は理緋人を指さし、その指を振り回しながらまくしたてた。つんつん尖った赤い髪の下で、上がり眉がひくひくしている。
「長庭くん、声大きい」
「う、……ごめん。ちきしょう、少しくらい顔がいいからってなんでも許されると思うなよ!」
声をひそめてもまだ、恭平は悪態をついていた。
対する理緋人は、いろいろ言われてもずっと笑みを浮かべたままだった。
「勉強のお邪魔をしてすみません、茜先輩」
高華は眦をキッと上げたまま理緋人を一瞥したあと、申し訳なさそうに茜を見つめた。
「ううん、ぜんぜん。ちょうど終わるところだったし。岸野くんも、もういいでしょ?」
「もう少しやりたい気もするけど、うん、かまいやしないさ」
理緋人が肯定すると、茜はまた高華の方を向いた。
「ところで、菖蒲院さんたちはどうして図書館へ?」
「秋の花壇に何を植えるか決める参考にしようと思って」
「そっか。秋は二人が計画素案づくりの当番だもんね」
「俺はさぁ、野菜と果物だけでもいいと思ってるんだよ? 実りの秋が来るわけだし、クリスタルせんせも前に言ってたみたいじゃん? 食育が大事、食べられるものが花壇にほしいって。けど高華っちがそんなのだめとかうるせーからさぁ」
恭平は頭の後ろに両手をやり、ジト目で高華を見た。
「誰が高華っちです! その呼び方を認めた覚えはありません。だいたい、秋に食べたいものの苗を今から植えたって、よっぽどはやく成長するものでない限り間に合うわけないでしょう?」
「そうなん? ブドウとかクリとかサツマイモとか部室で食えたらいいと思ったんだけど」
「今年の秋に、ってことだよね。なら、すぐに食べられる状態のものを店で買った方が早いと思うよ」
すがるような目をする恭平に対し、茜は苦笑しながら答えた。
四人は帰途についた。
駅について間もなく、理緋人の家の方に向かう電車がホームに滑り込んできた。
彼はそれに乗り込み、力を抜いたような笑みを浮かべて去った。
「茜先輩は、あの岸野って人、どう思います?」
彼を見送ったあと、高華が思いつめたような顔で茜を見た。
「どうって……独特な雰囲気や言葉遣いだなあ、と思うことはあるけど、別になんとも」
「そうですか。わたしはちょっと、いえ、だいぶ変だと思います」
「だろ!? だろ!」
恭平が首を伸ばして高華を見つめた。
「いやぁー、俺、いつもだったら『変なやつが変って言うならまともなやつなんじゃね?』とか言うだろうけどさぁ、今日はまったく同感!」
「さりげなく今、誹謗中傷しましたよね?」
高華の迷惑そうな顔にもかかわらず、恭平はしゃべり続ける。
「高華っちとこんっっっなに意見が合う日が来るとはさぁ、思ってもみなかったよー。なんだよあの落ち着きはらった上から目線! 『失敬』とか『かまいやしないさ』とか気取りやがって! 昭和かよ! 大正かよ! 明治かよ!!」
「わたしは、そういうところを言っているのではありません」
「え、じゃどーゆーとこ?」
「それは……」
眉根に皺を寄せ、高華はうつむいた。が、意を決したようにキッと顔を上げた。
「見えたんです。彼の姿にだぶって、映像が」
「あっらー、とうとう花だけじゃなくて、人にまでそーゆーの見えるようになってきちゃったの」
今度は恭平が気の毒そうに彼女を見た。
「何が見えたか教えてくれる?」
そうだ、菖蒲院さんには《花のあるべき姿》が見えるんだよなあ、と茜は思い出した。
向きや形、いかなる他の植物と合わせあるいは単独で活けるべきか。
それらが実際の花の上にさまざまな映像や輪郭線となって折り重なるゆえに、花壇や野原の花はごちゃごちゃ、ぐちゃぐちゃとして汚いものとして彼女の目に映っているのだ。
園芸部で花の苗を植え育てながら、菖蒲院さんは独特の見え方からくる吐き気の克服に努めていた。
花だけではない。チューリップの精リッピアについても、拓に見えている姿とは違うものが重なって見えているようだった。そのことは長庭くんは知らないけれど。
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