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73 夏から秋へ、そして 14 夏休みの終わり

いらしてくださり、ありがとうございます。

 たくはしばらくその場に立っていた。リッピアの後ろ姿は、生きている人間のそれと同じように小さくなっていった。


 電車に乗ってから、拓はSNSであかねにメッセージを送った。

《今、病院の帰りです。じいちゃんは大丈夫だ。茜は大丈夫か?》

《よかった。大丈夫だよ》

 すぐに返事がきた。


 しまった、と拓は思った。大丈夫か、と()けばたぶん茜は「大丈夫だ」と答えてくるやつなのだ。そうじゃなくても。

 ――大丈夫なわけないじゃん。

 なぜか脳内にリッピアの声で突っ込みも入った。

 それに、これでは会話が終わってしまう。


 相手がどんな状況か(たず)ねるのに何か気の()いた言葉はないか。

 拓は考えた。が、良いアイデアは浮かばない。

《無理するな。詳しい状況を教えてくれ。》

 仕方なく、思ったとおりにまたメッセージを送った。

《状況? 特に何も。親に話すとしても、美花子みかこさんの話を聞いてからと思ってるし》

《そうか》


《心配してくれてるの?》


 う、と拓は思った。自分の心臓の音が急に大きく聞こえてきた。

 何と返事したらよいものか。

 かなりの確率で、茜は不安な気持ちでいる。

 そんな相手に《心配している》と言えば、かえって負担になるのではないか。


 こういうことは、これまであまり茜に対して考えたことはなかった気がした。いや、茜だけでなく誰に対しても、かもしれない。

《別に》と拓は書き、すぐにそれを消した。


 あれこれ文案を考えているうちに、もう次は家の最寄り駅だ。

 拓は急いで《ちょっと》と打ち、送信した。

 ため息が出た。


 たったこれだけの言葉を書くのに、なぜこんなに疲労困憊ひろうこんぱいしているのか。

考えてもわからなかった。


《ありがとう。疲れてるだろうし、拓も早く休んでね》

 なんでばれてるんだよ! エスパーか!

 茜の返事を読みながら、拓は胸のうちで一人ごちた。

 心臓の鼓動がさっきよりさらに高まっている。

 顔も急に熱くなった。きっと赤くなっているに違いない。


 茜の部屋に明かりがついているのを眺めたあと、拓は家に入った。

 父親から何度か着信があったんだった、と拓は思い出した。メッセージも入っていた。

 かけ直そうとすると再び携帯端末が鳴った。


「拓、元気か!」

 拓は携帯端末から耳を離し、急いで音量を下げた。

「あ、うん」

「そっちで昼の一時頃、母さんから電話があってな。お義父(とう)さん、意識戻ったんだって? よかったなあ」

 音量を下げてもなお、声が割れている。冬でも聞いていると暑くなってくる声なのだ。夏だと暑苦しいことこの上ない。


「……ああ」

「けどそのあと母さんと連絡がつかないんだよ。拓、何か知ってるか?」

「母さんは倒れた」

 拓が言い終わらぬうちに、父、水原爽也みずはらそうやは母、美花子を心配する言葉を矢継早やつぎばやり出した。


「声でけえよ。落ち着けって。命に別状はない」

「落ち着いてられるか! 美花ちゃんは――母さんは今どうしてるんだっ!」

「じいちゃんと入れ替わりで意識を失って、同じ病院とこに入院してる」

「意識は戻ったのか?」


「いや。医者や看護師とも話したけど、特にどこが悪いってわけでもないらしい。ただ、なぜか意識が戻らねーそうだ」

「どこも悪くないのに意識不明だなんて。……もしかして、華眼師かげんしや花の精と何か関係があるのか?」

「じいちゃんによると、そうらしい」


 拓はダイニングキッチンに飾ってある、何年も前に旅行先の山で撮った親子三人の写真を見た。

 拓や美花子と違い、爽也は真っ黒に日焼けしている。そして白い歯を見せて笑いながら、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした体で美花子と拓を抱きかかえるようにしているのだった。

 写真を眺めたまま、祖父の重蔵が語った内容を拓はかいつまんで彼に伝えた。

「そうか」

 と言ったきり、父親はしばらく黙ってしまった。それからぽつりと付け加えた。


「代わってやれるものなら代わってやりたい」


「やめてくれよ。海外で倒れられたら俺の負担、増えるじゃねえか」

 拓がそう言うと、父親は小さく笑った。

「だな。……すぐに帰りたいところだが、どうしても今抜けられない仕事があるんだよ。ごめんな」

「いいって。慣れてるし。人あんまりいねーんだろ、そこ」


 父親がいるのは勤務先の海外事務所だ。彼と現地スタッフ数人で仕事を回していると、拓は前に聞いたことがあった。

「まあな。だが、大人がやるべきことをお前にやらせてしまっていることには変わりない。なるべく早く仕事を片付けて戻るようにするから、その間、母さんとお義父とうさんをよろしくな」

「ああ」

 通話の最後に父親は、何かあったら二十四時間いつでも連絡をよこせと言った。


「つっかれたぁ! やっぱ苦手だわあの人」

 拓はダイニングキッチンの椅子に浅く掛け、両手足を投げ出した。


 夏休みの本当に最後の方で、祖父の重蔵じゅうぞうは病院を退院した。

 拓の家で一泊したあと、重蔵が一人で家に帰ると言うのを拓は引き止めた。そして、数時間をかけて一緒に重蔵の家に向かった。

 換気かんきや掃除、荒れた庭の手入れなどをし、山に囲まれた自然豊かな地で拓は数日を過ごした。


 通っている高校の二学期の始業式には、自宅に戻るはずだった。

 けれども近くの、といっても何キロも離れた病院を受診した重蔵が急に熱を出してしまった。

「わしは大丈夫だ。早く帰れ」

「やだね。大丈夫じゃねーから熱出てんだろ。それに、しっかり治してもらわねえと、また何時間もかけてここまで来ることになるからな」

「くそっ、若い頃はこんなふうじゃなかったんだが」

 といった会話を何度か繰り返した末、もうしばらく拓は重蔵の家にとどまることにしたのだった。


 だいじょぶかなあ、拓とおじいさま。

 下校時、携帯端末に何の連絡も来ていないのを確かめた茜は、小さくため息をついた。

 二学期の始業式からもう一週間近くっている。

 

 こちらからの連絡はひかえているとはいえ、もう少し様子を教えてくれても、と思わなくもない。

 カバンの重みを感じつつ、夕日に照らされた広い坂道を茜は歩き続けた。

 すると、「あの」と後ろから声をかけてきた者がいた。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。


皆様、ピョンチャンオリンピックは楽しんでいらっしゃいますか?

オリンピックはいよいよ終盤ですが、この物語はまだ続きます。

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