72 夏から秋へ、そして 13 再会
いらしてくださり、ありがとうございます。
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祖父、重蔵を見舞った際、病院の売店近くで拓は、消滅したはずのリッピアそっくりな少女を見かけた。声をかけたけれど、彼女は行ってしまった。
ところが、拓が病院から帰るときのこと。
自動ドアをくぐり外に出ると、リッピアが立っていた。
――……リッピア!! お前、生きてたのか!
人通りがあることもあり、以前と同じように、心内語で拓は話しかけた。
――拓には、あたしが見えるの?
リッピアは茶色いゆるふわボブカットの髪に手をやり、拓を見つめた。
変わらぬ、あどけない顔と甘ったるく高めな声。
眉根に皺を寄せた下、大きな目の中で、光がちろちろ揺れている。
結ばれた唇が、もどかしげに蠢く。
――見えるの、って、現にそこにいるじゃねーか。
白い縁取りがある赤いチューリップの花と、ウェイビーで長く尖った葉とを髣髴とさせるショート丈ワンピースも、以前のままだった。
――まあ、いるはいるけど。
――なんだよ。歯切れが悪いな。
――見えてないみたいなんだよねぇ。
――そりゃ人間には見えねーだろう、花の精なんだから。
――じゃなくてさ、ほとんどの花の精から見えてないようなの。
くっと顎を上げ、リッピアは拓を見上げた。苛立ちが顔に表れている。
――はぁ?
今度は拓が顔をしかめる番だった。
――無視されてるだけじゃねーの?
――いくらなんでもそれならわかるよぉ。まあ見ててよ。
リッピアは、サンゴジュの生垣の方に歩いていった。
そこでは赤、緑、白を基調とし、ところどころ流線型があしらわれた服を着たサンゴジュの精が、「本体」たる木々を立ったりしゃがんだりしながらじっくりと眺めていた。
おそらく、葉や幹の状態を確認しているのだろう。
リッピアは彼女に近づいていき、正面に回ると、思いっきり変顔をしてみせた。
あかんべえをしたり、舌を出したり、自分の顔を両側から引っぱったり押しつぶしたり。
けれども、サンゴジュの精は変わらず作業を続けていた。リッピアの変顔が面白くないとかいうレベルではなく、彼女がまったく目に入っていないようだ。
それどころか、リッピアが後ろから抱きついて体を密着させても、テヤッ、と横から飛び蹴りをしても、痛くもかゆくもないようなのだった。
極めつけは、リッピアがいとも簡単にサンゴジュの精の体を通り抜けたということだった。
――わかったぁ? これが真実ってやつ。
戻ってきたリッピアは肩をすくめた。
――……つまり、お前は幽霊にでもなった、ってことなのか? 花の精の。
――人間が呼ぶ名前だと、それが一番近いのかもね。ほかの花の精は知らないけど、あたしたちチューリップの精の場合、消えそこなった、あるいは次のフェーズに行きそこなった、ってところかなぁ。
――元々、人間と違って肉体があるわけじゃねえしなあ。へぇー、花の精がなあ。
拓の目には、リッピアは以前とまったく変わらぬ姿で映っているのだった。
――お経読んだら成仏する、とか、なんかそのちゃんと消える方法はねえのか?
――人間が死ぬみたいに、血や肉みたいな実体が消滅してそれで、ってのとは違うからねぇ。ってか、会っていきなり「消えろ」ってこと?
――そういうわけじゃねえけど。お前の後任のチューリップの精、あれ、なんつったっけ……あいつにも見えねえのか?
――チュリエ? ぜんっぜん。
――同じようなやつに会ったりは?
――全然。まったく。一人も。やんなっちゃう。
リッピアは、拗ねたように口を尖らせた。
――そうか。けどお前、このあいだ消える直前に俺らのことをフェイントかけてだました前科があるからなあ。しおらしいことを言っても、まぁた上司だか誰だかの命令で、俺やじいちゃんやおふくろをどうこうしようっつう気なんじゃねえのか?
――ごめん。悪かったよぉ。
リッピアは、何度かまばたきをしたあと、拓を上目づかいで見た。
――でも大丈夫。仮にあたしに指令を出していた方がいたとして、その方にも今のあたしは見えてないんだもの。
リッピアの顔に、寂しげな翳りが生じた。彼女は、白い縁取りがある赤い花と、ウェイビーで長く尖った葉とを髣髴とさせるショート丈ワンピースの裾をぎゅっと掴み、指を少しずつ動かした。
――大丈夫、ってのも妙な言い方だけどさ。まあ、あたしは「消えた」扱いだから、任務はもうなくなってるんだぁ。拓のお母さんが意識不明になってるのも、あたしは関係なし。信じるかどうかは、拓が自分で決めなさいよね。
妙に吹っ切れたような、さっぱりした言い方だった。
任務がなくなれば、俺の命だかエネルギーだかは奪わなくていいということか。
こいつがやりたいことは、いったいなんなんだ。
おふくろのこととは本当に関係ねえのか。
さまざまな疑問が拓の胸のうちに湧いてきた。が、リッピアが正面から答えるとも思えない。
――で、なんでここにいるんだ?
とだけ、拓は訊いた。
――わかんない。気がついたらいた。
ものすごい棒読みで、リッピアは答えた。
そして、
――じゃあね。あたしはこっちに行くからさ。
と、拓が帰るのと反対方向に歩き出した。
――待てよ。お前、帰るところあるのか。
――大丈夫。ホテルのスイートルームでもきれいな庭園でも、どこでも入り放題だしぃ。
体をひねったリッピアは、満面の笑みで拓に手を振った。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。
皆様、良いクリスマスと良いお年をお迎えください。




