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70 夏から秋へ、そして 11 向こうでは何が

いらしてくださり、ありがとうございます。

===

華眼師かげんしでない美花子がどうしてこうなったのか。

美花子の父そしてたくの祖父である重蔵じゅうぞうの話は続く。

「確かに、美花子には華眼師かげんしの力はない。だが華眼師の素質――遺伝子ではないが、乱暴に言うとまあ遺伝子みたいなものは、持ってるんじゃ」

 重蔵じゅうぞうは、点滴を打っていない方の手で(あご)(おお)った。


「ただ、わしと死んだばあさんの菊子きくこが持っている要素のかけ合わせで、娘の美花子は、華眼師としての力が表には出ない仕様になっとる。拓、お前、メンデルの法則は学校で習ったか? 」

「いや」


「そうか。例えば、緑の豆がなるエンドウマメと黄色い豆がなるエンドウマメを交配させる――かけ合わせると、子の代でできなくても孫の代で黄色い豆ができることがある」

「あー、バラエティで見たことあるかもな。テレビの」


「ふむ。今話したことは、表に出ずとも子の代の豆に黄色い豆がなる遺伝子が引き継がれているからなせることなんじゃ。実際はもっと複雑な要素が絡み合っていて、こんなに単純ではないが」


 重蔵は、じっと拓を見つめた。

 目の光はあいかわらず鋭い。が、その中にも、重蔵が花や野菜の世話をするときのような(いつく)しみが拓には感じられた。


「つまり、じいちゃんもおふくろも俺も、豆、だと……」

「いやいや、お前は何を聞いてるんじゃ! 」

「冗談だよ。おふくろに華眼師の素質が引き継がれてるから俺にもそれが伝わった、ってのはわかったって」


 重蔵を制するように手を軽く突き出し、拓は笑った。

 それから辺りを見回した。花の精らしきものは、見えない。

「けど表に出ねえ素質なんだろ? 植物に人間を支配させようとするやつらが連れてったところで、なんか役に立つのか?」

「いくらでもとは言わんが、ある」

 重蔵は、管が刺さっていない方の手を握りしめた。


「まずは洗脳じゃ。洗脳して、目覚めたときに自分たちの思いどおりに動かせるようにしたり、彼らの傀儡(かいらい)となった人間の子供を産むように仕向けたりする。華眼師が生まれる可能性があるからな」


「子供を産む!? 今から!?」

「医療技術は日々、発達しているからな。不可能ではない」

 眉根にしわを寄せ、ふう、と重蔵は息を吐き出した。


「じいちゃんもやられたのか? その……洗脳」

 拓は、おそるおそるたずねた。

「まさか!」

 即答だった。


「わしはこれでも父親、つまりお前のひいじいさんに(きた)えられたからな。洗脳には耐え抜き、逆に担当者の考えを変えてやったわ。ただ――」

 腕を組みかけてやめた重蔵は、拓を凝視(ぎょうし)した。


「知らぬ間に何かされていたりしたら、わからん」


「そう、なのか」

「いいか拓、この先もし、わしがこれまで話したりやってきたりしたことと矛盾(むじゅん)するようなふるまいをしたら、そのときはどんなことをしてでもわしを止めろ。決して、ためらうな」

 えっ、と見つめ返した拓の目の奥まで、重蔵の目の光が刺さってくるようだった。


「なんとなれば殺してもかまわん」

「いや俺、刑務所行きたくねえし」

「ふむ、そうか。じゃあ、うまくやれ」

 唇の端は上がっていても、重蔵の目は笑っていない。


「あとは、美花子がどれだけ頑張ってくれるかだが」

 トーンを落とした重蔵の言葉を聞き、拓の頭をよぎったもの。それは、誘惑に弱い母、美花子の姿だった。


 ダイエットを始めた翌日、

「おせんべいは甘くないから、スイーツじゃないわよね!」

 と早くも食欲に負ける美花子。

「甘くなければいいということじゃねーし。ってか、おふくろの頭がスイーツすぎるだろ!」


「あと五分……」

 休みの日に目覚まし時計のスヌーズ機能と戦い続け、十回以上の死闘(?)を繰り返したあげく夕方まで爆睡(ばくすい)する美花子。

「なんのためのスヌーズだよ! 目覚まし時計に謝れ」


「今月はもう、服は買わないからね!」

 キリッと宣言していたにもかかわらず、

「目が合っちゃって。この子がわたしを呼んだのよね」

 とカットソーを買ってきてしまう美花子。

「いや気のせいだから。運命の出会いみたいに言うのやめろ!」


 すぐ誘惑に負ける美花子を、拓はそのたびに叱っていた。

 親子が逆転しているようだと感じ、自分の母親ながら、よく会社員がつとまると溜め息をついたものだ。

 洗脳に耐えられるとはとても思えない。


「くそっ! 止めればよかった!」

 知らないうちに拓は奥歯を()みしめていた。


「俺が、じいちゃんとおふくろを二人きりにしてやろうなんて、よけいな気をまわしたから……だから、こんなことに。俺とおふくろで来てれば、花の精が見える俺だけ連れていかれてたかもしれないのに!」


「何を言っている!」

 重蔵の声が急に太くなった。


「お前がなんと言おうと、美花子は一人で来たはずじゃ」

「えっ!?」

 拓の握りしめたこぶしが、思わずゆるむ。


「わからんか? お前を守るためだ」

「守る?」

 拓はのどがひりつくのを感じた。

 重蔵は、ゆっくりと首を縦に振った。


「あれなりに考えて、自分の身を犠牲ぎせいにしてでもお前に危害が及ばぬようにしたんじゃよ」

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。

よろしければまたお越しください。



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