07 二度目の春が来て 7 急ぎ花壇へ
いらしてくださり、ありがとうございます。
今回はちょっと長めです(対自分比)。
――大変だよぉ、拓!
――お前、チューリップの精か!?
拓は恭平の方を気遣いながら、心内語で話しかけた。手は止めず、目の前を通る新入生に機械的にチラシを渡す。
――うん。名前はリッピア。それはともかく早く花壇に来て!
高めな声で少女は言い、腰を曲げ両膝に手をやるとがくっと頭を垂れた。息が切れ、背中が大きく上下している。
――何があった!?
――説明してる暇ないよ! いいから早く!
彼女は顔を上げ、再び走る姿勢をとった。
恭平は、二人の会話にまったく気づいていないらしく、先ほどと変わらぬ様子でチラシを配っている。
それもそのはず。
花の精が見えるというのは、拓が持っている、ほとんど、いやまったく役に立たない特殊能力なのだ。
大抵の人間には、花の精は見えず、その声も聞こえない。
けれども拓の母方の先祖は、祖父である高天原重蔵の代まで、古来「華」と言われていた「花の精」が見える「眼」を持ち、「華眼師」と呼ばれていた。
彼らは花の精と話すことにより、農作物の出来不出来に関する情報や、台風や日照りといった天候の情報などを得、それを村人たちに伝えて状況の改善などに寄与していたのだった。
祖父の話ではほかにもまだ仕事があるようだった。だが、今や入院して寝たきりの彼に、詳しい事情を聞くことは不可能だ。
ちょっと用事を思い出した、と恭平には言い、拓は花壇へと急いだ。
「何するの。やめなさい」
「それはこっちの台詞です!」
拓の目に飛び込んできたもの。
それは、花壇に入り込んで縦横無尽に花ばさみを振り回し、反対の手に既に何本かチューリップの花を持っている青い髪の女生徒と、彼女の手から花ばさみをもぎ取ろうとしている茜、そして女生徒の腰に抱きついて茜の助太刀をしている薫の姿だった。
女生徒は長い髪を振り乱し、素早く大きく腕を伸ばして弧を描いたり、しゃがみ込み鋭い直線状に空を切ったりしながらなおもチューリップを刈り取る。眦がシャープな目がらんらんと輝き、唇は固く結ばれている。
「くっ……!」
茜はポニーテールを激しく揺らし飛び上がったりしているものの、彼女の腕をなかなかとらえることができない。逆に肘鉄を食らわされてすっ転んだりしている。
薫は歯を食いしばって女生徒の腰に抱きつき彼女を花壇から出そうとしている。が、大木に子ザルがしがみついているようなものでまったく効果がない。
まっすぐに茎を伸ばし咲き誇るチューリップの中で、人為的に花が失われ、短い茎と葉だけになってしまったものを見ると、拓はみぞおちが背骨ごとえぐられるような心地がした。
だが茜ですら、おそらく、花を踏み潰さないようにという配慮からだろう、動きに遠慮が感じられた。
もっと体が大きな自分は、いわんやをやだった。
同様に、背の高い女生徒が花壇に倒れ込まないようにしなくてはいけない。
――ねえ、なんとかしてよぉ! このままじゃ花壇がめちゃめちゃだよぉ!
リッピアは頬に両手を当て、震えている。
――わかってるって。
答えながら拓は茜たちのそばに回り込む。薫に女生徒の腰から離れるように言い、すかさず
「やめろ!!」
と女生徒を羽交い絞めにした。
そのまま彼女を花壇から引きずり出そうとした。が、細い体のどこにそんな力がひそんでいるのか、彼女の体はほとんど動かない。
油断すると拓の方がずるずる引っ張られてしまう。彼は足を踏ん張った。
なおも振り回される花ばさみの刃先が、拓の頬を何度もかすめる。その度に彼は頭を動かし、よける。
「刃先を人に向けちゃならねえとか、そんな基本的なことも知らねえで花ばさみを使ってるのかよ!」
「不可抗力よ。花に向けていたのに、あなたが向きを変えさせたんじゃありませんか」
拓はちらっと茜に目配せをした。それから、女生徒の耳元に話しかけた。
「ほう。なぜ、チューリップを切った?」
「ここで咲いていても、本来の美を発揮できない花があるからです」
自由自在に動いているときも今も、女生徒の声はずっと、凛としてちょっと冷めた感じで落ち着いている。
「本来の美? そんなもの、どうしてわかるんだ。てか花壇で咲いてりゃ、充分きれいだろ!」
「あなたがたには見えないからわからないでしょうけど、わたしには見えるんです」
冷ややかな声のうねりの中に、気位の高さとほかの者を見下すような響きがあった。
珍しく、多少、アクション回でした。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。